04.さよなら学校
一週間我慢してみる。
私はそう思って学園生活を続けた。
翌々日には少し改善されたように思えた。多分全員に何か知らせがいったのだろう。
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、更に翌々日にはだんだんと調子が戻ってきてしまった。
それは、王子が私とちゃんと距離をとろうとしてくれたからだったと思う。
しかも、お触れが出たのは同じクラスの子にだけだったのかもしれない。
隣のクラスや先輩などが私に話しかけてくるようになったのだ。
そうなると、またクラスの男子が負けじと参戦してきてしまう。
結局、王子も私を護るべく参戦して、事態はさらに悪化することになった。
そうなればもちろん、女子からの風当たりがすごい。
一週間がたって、もう無理だった。
乙女ゲーを見て、なんでこんなにヒロインがモテるんだよ!なんて思ってた私はバカだった。
聖女という肩書があれば、全員がヒーロー候補になるのだ。
そして、女子はほぼほぼ悪役令嬢になるのであった。
耐えられっかこんな状況!
そして、最後のとどめがやってきた。
刺繍の授業。男子は剣術の授業となっていて、男女別なのである。
男子がまとわりついてこない代わりに、女子からの視線とヒソヒソ話が突き刺さる。
「信じられない。」「庶民が。」「男子に媚を。」そんな言葉がちょいちょい耳に入る。
私は無視するために、せっせと刺繍に取り組んでいた。
「私語は慎みなさい。」
おばーちゃん先生が何度もいさめるが、女子たちの話の花は摘み取れそうにない。
男子の目もないので、女子たちは言いたい放題状態だ。
針のむしろの一時間を耐え、道具をかたづけて教室に戻ろうとした時、先生に声をかけられた。
「クラージュさん、ちょっと手伝っていただいてもよろしいかしら?」
「はい。」
「ごめんなさいね。ちょっとこの箱を移動したいのよ。」
そう言って、一抱えもある箱をポンポンと叩く。
それを見ていた女子たちは、「庶民にお似合いな仕事ね。」と、クスクス言いながら教室から出て行った。
全員がいなくなったころに、先生がその箱をひょいっと持ち上げた。
「え?」
私がびっくりすると、先生は面白そうに、それを私によこした。受け取ると、そんなに重くはない。
「授業中うるさくてかなわないわね。あなたはどう思っているの?」
そう言いつつ、先生がまた箱をひょいっと机に置いたので、戸惑ってしまった。
「すみません。彼女たちは私の事が嫌いなようで・・・・・・。」
「そうじゃないわ。あなたはどうしたいの?正直に言って欲しいの。」
「私は・・・・・・静かに暮らしたいです。正直、ここにいたくないです。」
私は悔しいやら悲しいやらで、唇をかんだ。そんな私の頭を、先生は優しくなでてくれた。
「私は常々思うの。学校や貴族社会が全てではないわ。自分にちゃんと自信があって能力もあるのなら、バカみたいな状況にいつまでもいる必要はないと。
あなたには、両方あるでしょう?だったら、ここにいる必要はないわ。
これは逃げるんじゃないわ。次のステップに進むってだけよ。」
先生が箱のふたを開けると、そこにはハンカチときれいな刺繍糸が詰まっていた。
「いい材料をそろえたわ。次から授業に出る必要はないわ。でも、三枚は提出して頂戴。余ったものは好きにしてね。
あなたは誰よりも気高く生きれるはずよ。あの子たちの鼻をへし折ってやりなさいね。」
にっこり笑うおばーちゃん先生。先生も色々と苦労したのかもしれない。
「ありがとうございます。私、頑張ります!」
私はぺこりと頭を下げ、箱を持って教室へと向かった。目にじんわりと何かが滲んだけど、よくわからないや!
教室に近づいた頃、人の切れ間を確認し、私は自分に透明化の魔法をかけた。
そのまま教室に入り、机にぶら下げたカバンにも透明化の魔法をかける。持ち主がいない鞄には誰も注意を払っていない。
誰にも気づかれることなく、私はそのまま転移魔法を唱えた。
さよなら学校!私はもう付き合ってられないわ!
城の部屋に戻ると、荷物を置いて着替える。
この国は、よくある中世風ヨーロッパファンタジーの王道たる、貴族はいまだドレスを着ている社会ながらも魔法や魔道具で便利になっている感じである。
王都は上下水も通っているようで、三階にあるこの部屋にもトイレとお風呂がついているのだ。
部屋も三つほどくっついているし、多分王族かそのすぐ下クラスの客間なんだと思う。
この中の私の荷物は少ない。
連れてこられてすぐに採寸されてドレスなんかももらったのだが、すぐにひきこもったこともあり、それは奥のクローゼットに突っ込んだままである。
私が着ているのは、村から持ってきた二枚のワンピースと、農作業の時に着ていた動きやすいシャツとズボンだ。
今日は、そのズボンの方を着る。
リュックを背負い、また転移魔法を唱えた。
そして見上げるは、王都の冒険者ギルドだ。
前に通っていた町のギルドがいくつ入るのかというほどの立派な建物だ。
中に入ると、人がせわしなく働いている。なんだか役場を連想させた。
「あら、今日もいらっしゃったんですね。」
そう声をかけてくれたのは、亜麻色の髪に深緑の目をした受付のおねーさんだ。そばかすがチャームポイントである。
おねーさんのいうように、ここに来たのは初めてではない。城で引きこもりを始めてから、抜けだしては小遣い稼ぎにやってきていたのだ。ご飯抜きの時はそれでしのいだ。
「今日もあるだけ薬草の依頼を受注したいんですけど。」
「はい。じゃぁ、ココリ草百二十枚と、クレーネの茎を五十五本、シシルデ草を五十枚お願いします。」
私はメモ帳にそれらを書いていく。この国の文字ももちろん知っているが、つい日本語で書いてしまう。
「あと、同じ森の奥にあるテレア草を十枚っていうのがあるんですが、どうしますか?結構珍しい薬草なんですけど。」
「奥っていうと、どのくらい奥ですか?」
「モンスターが出るくらいにかかってしまうんです。時間だと入口から三十分は歩くと思いますね。やめておきますか?」
「一応武器も持ってますし、やばくなったら逃げるので受けるだけ受けてもいいですか?」
「えぇ。ダメでしたらキャンセルできますから大丈夫ですよ。」
「じゃぁお願いします。」
冒険者カードを渡すと、おねーさんはカードを石板の上に置いた。これで何か操作してるっぽいのだが、私にはよくわからなかった。
「では、受け付けましたので、よろしくお願いしますね。」
「はーい。」
武器なんて持ってないけれど、リュックを背負っているので、そこに入ってると思ってもらえるだろう。はったりで言っておいた。
私は人気のない路地まで行くと、転移魔法を唱えた。
転移魔法のいいところは、一度行った場所に瞬時に行けること。
転移魔法の改善したい点は、行ったことのない場所には行けないこと。
暇を見つけては、行動範囲を広げたいと思う。できたら乗馬を習いたい。魔法で姿を消しつつ空を飛ぶことももちろんできるのだが、堂々と移動できる方がいい。
王都へ連れてこられてから、目を盗んで城から抜け出し王都散策も結構しているのだが、さすがにまだ外にまでは足が伸びていないのだ。
私は実家の近くの森へ来た。王都近くの森は入ったことが無いので、仕方がない。まぁ、飛んでいこうと思えば行けるけども。
一番下のランクの依頼は見慣れた薬草たちばかりなので、苦労せず必要数を集めることができた。
しかし、テレア草はこの辺で見たことが無いものだった。
「ねぇパケマネ、この薬草どこにあるか分かる?」
そう言うと、私の後ろから樹の精霊王パケマネが私の持つガイドブックを覗き込んだ。これは、冒険者登録した時にギルドで買ったものだ。
樹の精霊王パケマネは、ライトグリーンの瞳と同じ色の長くてまっすぐな髪を持つ、中性的な顔立ちの美人さんだ。声からすると男だと思うけれど、表情が柔らかいのもあって女性に見える。
「あぁ、ここには生えてないね。もう少し北からが生息地になるよ。出す?」
「お願いします!葉っぱ十枚だって。」
「ん。」
パケマネは手のひらを出すと、そこに草が生える。ガイドブックのスケッチと同じ草だ。
「では、いただきます。」
手のひらに生えた草から葉を十枚採ると、手のひらから草が消えた。
「いつも本当にありがとう。助かります!」
「ん、いいよ。また何か欲しかったら呼んでね。」
「うん!」
元気に抱き着くとパケマネも抱き返してくれ、背中をポンポンと叩いて消えた。
私は薬草栽培もあって、パケマネと接することが一番多い。本当にありがたい存在だ。
あとはギルドに帰り報酬をもらうだけ。ありったけの依頼を受けたので、報酬もそこそこいい。
三日もすれば同じような数の依頼が出ているので、また来ようと思う。
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