03.聖女といふもの
私が生まれた村は貧しかった。その日食べるのがやっとで、日用品を買うお金なんてほとんどの家がなかった。
物心がつき、前世の記憶が浮上した私は、まず衛生観念が許せなかった。ここは森の中且つ肥やしという概念はなかったのもあって、ためた糞尿は各自が村の外に捨てに行く。
風呂などどの家にもなく、たまに井戸の水で体をふくのがせいぜいだった。
そもそもこの村の近くには川がなく、村に三つほどある井戸が命綱。干上がってしまったら村総出で隣山の向こうの池に水を汲みに行くのだ。
私は水の精霊王ミレーネに頼んで、村のそばに泉を作ってもらった。その泉から用水路を作り、畑にいきわたらせる。
精霊王の泉はそんなことで水が枯れるはずもなく、水が余っていたので、村の井戸に水を流し込みパイプをつないだ。
それをまた各家にひき、台所から水がすぐに取り出せるようにした。パイプや蛇口は岩の精霊王アレクシィルに製造を頼んだ。
そうなれば下水も必要になるので、土の精霊王クエイガに頼んで村の地下には下水を通した。
行きつく先を森の数か所にし、そこで枯葉と共に堆肥を作ることにする。
上下水が整ったので、村には共同浴場を作った。
当番制で風呂をたく作業をしているが、水は豊富に出てきているし、温かいお湯につかることで体がほぐれて調子が良くなったし、においも無くなったことで女性に大人気で皆積極的に参加してくれてすぐに定着した。
それで満足していたのだが、用水路によって水がいきわたり、堆肥によって作物の成長が促進されたため、村の畑は町に野菜を売りに行くほどに収穫できるようになった。
はじめはそれでもよかったが、やがて野菜は割と競合先があることに気が付いた。
そこで目を付けたのが、薬草だった。
この世界は魔法があるだけあって魔物が住んでいる。そうともなれば冒険者がいるのだ!
私は、その冒険者になっていくのだと思っていたものだが・・・・・・。それは置いておいて、そんなこんなで薬草をギルドに卸すようになってから村の財政はどんどん潤っていった。
この世界、どうやら村の外は割と物騒なのである。まぁ、知ってたんだけどね。
だって聖女は、魔王と戦わなくてはいけない運命なのだ。
この世界では、聖女は精霊に寵愛され、ありとあらゆる魔法を操り世界に平和と調和をもたらす存在。この世の宝と言われている。
しかし、その存在の真の理由は人々が知る事はない。
この世界には精霊がいる。なんというか、日本の八百万の神とか、付喪神に近い部分がある。何でもかんでも精霊がいるのだ。
そんなわけで、この世にはもの凄い多くの精霊が住んでいるのだけれど、精霊を見たり話せる人間はそんなにいない。
話せたとしても、小さな精霊とがせいぜいだったりする。
しかし、聖女は桁が違う。
この世界にいる精霊王たちから愛される存在なのだ。
私も生まれた瞬間に精霊王に祝福された。その時に精霊王たちと話したのが私の前世の記憶というか魂というかだった。
身目が眩しいほどに麗しい方々に囲まれた私はたじろいだが、皆優しい面持ちでこちらを見ている。後で知ったが、ここにいたのは一部の精霊王だけだったが、それはまぁいい。
「初めまして愛しいわが子。私たちはあなたのもう一つの家族。あなたに私たちの全ての力を与えてあげる。でも、その分働いてもらわなければならないの。」
優しくも有無を言わさぬ物言いに、私はごくりとつばを飲み込み頷いた。
「あなたにはこれから出現する魔王と戦ってもらうことになるの。ごめんなさいね。でも、私たちが護るから、頑張ってね。」
軽い感じに頑張ってねとおっしゃる麗しい方々。その優しい笑顔が逆に怖くなってくる。
「負けたら死ぬんですよね?というか、平和ボケといわれる日本で生きていた私が戦えるとは思わないんですが、なぜ私なのでしょうか?」
そんなことするのなら兵士とかしているガチムチマッチョさんを転生させるべきだと思う。なぜ三十路過ぎのごく一般的な日本の女に声をかけるのか?
「どうしても相性というのがあるの。これだけの人数がいるんですもの。どの子が良いかで揉めるのよ。で、皆で一致した魂ってそうなかなかいなくてね。今回はあなたが良いかなーって感じで。」
なんだか雑さを感じるが、考えないようにしたい。
「あまりにも神経質な子だと面倒でしょう?それに血気盛んだと逆に世界を滅ぼしかねないし、権力に無頓着なのに神経ずぶとくて物おじせず、何事も割り切れるタイプの子が良いなーって。」
何だろう、普通に悪口だよねこれ?
「あの、魔王っていつ復活するんですか?」
気になったので聞いてみる。
「あなたが成長するくらいの余裕はあると思う。
毎回、世界の魔力が急激に増えると復活するのよ。
今回もその兆候が出たから、あなたを呼んだの。
でも、細かい時期はわからないわ。復活すればわかるから、大丈夫よ。」
何をもってして大丈夫なのかはわからないが、とりあえずすぐに現場へ行けると言いたいのだろう。
まぁ、長い年月を生きてるだろうし、数年くらいは誤差くらいに感じるだろうから、細かい年月は計るのが難しいのかもしれない。
「怖いとかあると思うけど、そこはこうチョチョイッと感じにくいようにしておいたから大丈夫よ。」
語尾に星が見える。怖いって危機管理能力でもあるだろうし、勝手にいじらないでほしい。でもまぁ、決まってしまったら仕方がない。
そう思ってしまうのも彼らにとって都合がいいのだろう。
「正直に言えば、あなたも魔王と同等の力があるわ。国を亡ぼすのなんて簡単よ。別にそれを止めたりもしないわ。好きにやっていいわよ。でも、ひとつだけ約束して。」
「はい?」
「精霊が楽しく生きていける世界のままで保ってね。」
結局、この方々は人間そのものには興味がないんだと思う。
この世界が精霊あふれる豊かな世界ならば、人間が滅んでもいいということなのだ。
「わかりました。おっしゃる通り権力にみじんも興味がないので、ひっそり暮らしときますけど、その時が来たら頑張りますんでよろしくお願いします。」
そう言ってぺこりと頭を下げたら、皆様にっこりとほほ笑んでらっしゃった。
そんなわけで、私には大小様々な精霊が見えるし、話すこともできるけれど、なるべくそれをつかわず暮らしていた。
人に紛れた方が、ゆっくりと過ごせるのだ。結局見つかって、王城にとらわれてるわけだし、それは間違っていなかった。
というか、権力を持つことはその分義務も増える。そんなものはいらない。こちとら魔王を倒さないといけないという誰よりでかい義務を背負っているのだ。人のことなんかにかまけていられない。
だから、ギリギリまで村にいたかったのだが・・・・・・。
今日も扉の前に置かれたワゴンを部屋の中に引き入れる。
扉の外にはいつものイケメン騎士さんが立っている。この人が私の護衛騎士ってことだろう。
というか、実は今まであまり気にしていなかった。
確かここへ来た翌日に挨拶された気がしなくもないが、長い横文字の名前に未だに慣れないし、人の顔覚えるの苦手なんだよね。
私はワゴンの上に載ったご飯をテーブルに移しつつ、明日からのことを考えた。
正直に、すでに限界な気がする。
そもそも、勉強をさせられるのも苦痛なのに、なぜ人間関係が大破綻している状態のところにいないといけないんだろう?
望んでここにいるわけではない。その気持ちがとても強い。
私はあの村で過ごすことで十分幸せだった。
四つ上の兄も、二つ上の姉もまだ結婚していないので、二十歳が平均的な結婚年齢のこの世界でも、まだのんびりやってられたし。
勉強は面白いものもある。薬草学や調合学は意欲を持って勉強できそうだ。
でも、歴史や神学は習って何になるんだろうと思ってしまう。魔法なんて習う必要は全くないし、詩やダンスが学校でもあるのは苦痛以外の何物でもない。
ありがたくも精霊王たちのおかげで、この世界の語学は読み書き含めすべて習得済みだという。
だから、庶民として普通に生きる分には、どこでもやっていける気がするし。
騎士さんの顔を思い浮かべながら、彼が報告してくれることによって何かが変わるのを期待するしかない。
未だくどいと感じる城の食事をとりながら、私は先の見えない不安に、そっとため息をつくのだった。
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