02.聖女の憂鬱
城での私は、典型的な引きこもりだった。
部屋には結界魔法を施し、誰も入ってこれないようになっている。
食事は部屋の前に運ばれ、置いて行ってもらう。
それをササッととって食べ、また返す。そんな本格的な引きこもり生活なのだ。
こんなひどい生活をする羽目になったのも、仕方がないとわかってもらいたい。
名もなき農村に生まれた私は、マナーなんてみじんも身についていない。
そんな少女が十五歳にして王宮に上がったら、地獄しか待っていないのだ。
頼んでもいないのにマナーを叩き込まれそうになり、ダンスや詩まで詠えという。
こちとらつい数日前まで鍬を振り下ろしていた身である。どんなに愛くるしい顔だろうが、がさつく手に大地を踏みしめる足になっている。
窮屈なドレスを着てヒールを履かせられ、ダンスなんてとてもじゃない。
その後の食事のマナーで、おばさん家庭教師に手をはたかれた私は、城でのすべてを即ボイコットしたのである。
なんか細い棒で叩かれたんだよ。許せるわけがない。
色んな人が猫なで声で扉を開けようとしたものの、私はかたくなに開けなかった。
はじめは食事すら抜きだったのだが、私は魔法が使える。城を抜け出しご飯を食べて帰ってきていたのは内緒である。
三日目にして、食事を扉の前に置いてくれるようになった。
私は勝利の味をかみしめたが、農村出身の庶民には味が濃すぎてくどかった。
もう少し減らしてもらうように言って、どうにかこうにか二週間が過ぎた。
入学式も引きこもろうと思ったが、メイドさんたちの「クビになるのでお願いします!」という泣き落としに負けて学校へは行くことになったという感じだ。
そんな私が、学校に対して乗り気なわけがない。
今日もイケメン眼鏡騎士に連行されてきた学校は、まぶしいほどにカラフルだ。
この世界、髪の毛の色が十人十色。コスプレ会場なのかと思うほどに様々な髪の毛が揺れている。
目がチカチカする。
私が教室に入れば、和やかだったクラスがシンとなる。このクラスは高位貴族たちが集まる教室。皆顔見知りだ。
そうなると、私は異物でしかない。聖女だということはプラスにもマイナスにも作用しているだろう。誰もかれもが様々な理由で私を見つめる中、うんざりしながら自分の席に座った。
「メリル嬢、おはよう。一緒に来ればいいのに、なぜ拒むんだい?」
声をかけてきたのは、王子だ。王子と一緒の馬車なんて息がつまると言いたいが、言葉を呑み込んでおく。
「慣れない用意に時間がかかって遅くなってしまうこともあると思いますし、ご迷惑をおかけするわけにもいきませんので。」
私がそう言うと、ヒソヒソ声の中から「まぁ、王子に意見をしたわ。」と聞こえた気がした。
貴族社会というのは面倒くさいだろうという予感はあったが、本当にそのようだ。
はやく先生が来て授業が始まって欲しいとか、明日はもっと時間ギリギリに来ようとか思いながら、何とか朝を過ごすのだった。
今日も午前で終わりとはいえ、授業の合間の休み時間が辛い。
一時間目の後の休み時間では、男子生徒が席の周りに集まってきた。
口々に自己紹介を言っていくが、皆名前が難解で覚えられるわけもない。
しかも、女子生徒は冷ややかな視線を投げてくるのでいたたまれない。
二時間目の休み時間は、たまらずに教室から出た。しかし、王子と護衛騎士がすっとついてきたのだ。
「あ、あの、トイレに・・・・・・。」
特に行きたくもないが撒こうとそう言うと、手招きされる。ついて行くと、職員用トイレだった。
「君はこちらを使うように。」
そう言って、すっと離れていく。が、見える場所で待機する。
特に行きたくもないが、行けば行ったで出るのがトイレ。
用をすまして外へ出ると、王子たちが近づいてきた。私はそっとため息をつき、王子たちと合流した。
次の休み時間も、教室の外へ行こうとすると王子たちがついてくる。
「あ、あの、一人で大丈夫なんですが。」
「いや、何かあったらいけないからね。」
そうにこやかに言うが、たまったものではない。
「何もないですよ!私魔法が得意ですし、自分の身も守れますし。」
そう言ったが、王子はにっこりとしているだけだ。怖い。
ふと見ると、遠巻きに他の生徒たちもついてきている。
もはや恐怖である。大人しく教室へ帰るしかなかった。
帰りの馬車の中、私はうつろな目で外を見ていた。
二日目にして、自分が思った以上にこの立場の危うさを感じたのだ。
ここは乙女ゲームか何かの世界なのだろうか?
男子はやたらとまとわりついてきて、女子は遠巻きにヒソヒソしている。
きっと、王子と金髪ドリルちゃんが婚約しているのが大きいのだろう。
男子は今の内に聖女を家に迎えようとし、王子もその内それに参戦するのじゃないだろうか?
王子は周りの男子を若干けん制している。金髪ドリルちゃんは、それを苦々しげに見ている。
これ、先の展開がありありと分かるじゃないか。
私はゲームオタクではあったが、乙女ゲームというやつをやったことが無い。
イケメンに興味がないわけではないけれど、王子や貴族と恋愛したところで、面倒くさそうというイメージだし、やっぱり捨てられる悪役令嬢がかわいそうだと思う。
あの金髪ドリルちゃんも、きっと小さな頃から王族になるための教育を受けているのだろう。
それを差し置いて王妃になるとか、その役目を果たせる気が一切しないし、人としてどうなんだ?
大体、私は前世の年齢を合わせたらアラフィフである。どんなにイケメンでも、さすがに十代は子供にしか見えない。どう頑張ってもキャーキャーできないわい。
あ、そういう界隈の方をディスってるわけではないです。すみません。
虚ろな目で車内を見ると、無表情なイケメン眼鏡騎士さんが座っている。
「あのぅ、明日から学校行きたくないんですけど、どうにかなりませんかね?」
私の覇気のない声に、騎士さんがこちらを向く。
「勉学は自分を助ける武器になりますよ。」
そういうことじゃないんだよー。
「いやぁ、人間関係がすでに破綻している気がして・・・・・・。とても居づらいんです。」
「聖女という地位はとても尊いものですし、皆さんお近づきになりたいのでしょう。」
まぁ、そうなんだけど。
「そういう生易しい感じじゃなくて、男子がまとわりついて女子がすごい目で見てきて。私もう無理です。」
しくしくと泣きまねをすると、騎士さんは眉をハの字にした。
「多感な時期ですし、お辛いでしょうが・・・・・・。私から上に報告しておきます。改善がされるのをお待ちいただければと。」
改善してもらえるか不安なやつである。私は嘘泣きを止めて、また外を見た。
うららかな春の午後、馬車の向こうで華やかな王都の街がきらめいている。
「あのぅ、ちょっと外歩いて行ってもいいですかね?」
「私がついて行きますが、それでもよろしければ。」
あっさりと了承してくれてびっくりしたが、お言葉に甘えて街の広場にやってきた。
平日でも、広場にはマルシェが出ていて活気がある。
きらびやかな装飾や瑞々しい野菜まで色んなものが売られており、目に入る景色が気分を上げてくれる。
しかも、今日はお小遣いを持ってきているのだ!
「おねーさんジュースくださーい。」
私が露店のジュースを買おうとしたので、騎士さんが慌てて止めてきた。
「おやめください。飲み物が必要でしたら、知っている場所にご案内いたしますので。」
「えええ?ここのジュースおいしいですよ。騎士様もいります?」
「・・・・・・ここをご存じなのですか?」
あ、しまった。と、その時、露店のおねーさんが私に声をかけてきた。
「あら、お嬢ちゃんその制服!あんた貴族だったの?!」
私は目線をそらしたが、騎士さんが無表情でこちらをじっと見てくる。怖い。
「ここをご存じなのですね?」
もっかい聞くのやめて欲しい。私は仕方なく、こくりと頷いた。
「えへへ。たまに飲んでます。おねーさんオリアジュース二つお願いしまーす!」
「はーい。毎度ありー。」
おねーさんにすかさず注文すると、騎士さんがでかいため息をついた。聞こえてますよ。
「いつの間に街に出てらしたんですか?」
噴水のフチに座ってジュースを飲んでいるときに、目の前に仁王立ちして真顔で聞かないでほしい。
あ、ジュースは騎士さんが買ってくれました。騎士さんの分は断ってたけど。
「実は、引きこもってる間にちょこちょこ。」
「あの部屋は三階ですが、窓から出たんですか?」
「えへへ。山育ちで身軽なんですよぉ。」
本当は別の手段で出ているのだが、とりあえずはごまかしておこう。
「上に報告させていただきますので。」
「えええ!見逃してくださいよ!」
「駄目です。」
見た目からそんな気がしていたが、かなり真面目なようだ。
「だって、こんな遠くに連れてこられて、ずっと部屋に閉じこもって。マナーとか言って棒で叩かれたりとか私こんな生活無理です!息抜きくらい必要じゃないですか!」
私はまたしくしくと泣きまねを始めた。
「先程もやっていましたけど、嘘泣きしても無駄ですよ。」
しまった。さっきすぐに泣き止んだからばれてしまった。いや、初めからばれていたなんてことは決してないと思う!
「いけずーいけずー!」
「息抜きが必要とおっしゃるのなら、きちんと話を通してください。一人で出歩かれたら困ります。」
「別に大丈夫ですよ。私魔法が得意なんですよ!」
私はドヤッと胸をそらした。
「そういう問題ではないです。何があるかわかりませんからね。」
子供を諭すように言われてしまった。全然信用されていないのである。
「監視されてるみたいで嫌です。というか、できたらお城から出たいです。街に部屋借りるとかできませんか?」
「無理ですよ。後、そういう話はこういうところでなさらないようにお願いいたします。」
「ぶーぶー。」
私のブーイングに、騎士さんはまた大きなため息をついたのだった。
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