15.名もなき農村
季節は夏。王都は涼しい方だとはいうが、山の中で育った私からすると王都も暑い。
今まで春用のワンピースを着ていたが、そろそろキツイ。
あ、私は冷気も出せるので、暑くて辛いわけではない。外に出ると目線が痛いのである。
新しく買ってもいいが、ギルドの仕事もそんなにできていなかったので、お財布が厳しいのだ。
そこで、家に帰って去年着ていた服をもらってこようと考えた。
シュレインさんとは普通に接してはいるものの、あの件以来若干距離があいたように思う。
というか、私が一歩引いてしまったのだ。
本人がどう言おうと、やっぱり自分の存在が足枷になっている現実は辛いものがある。
今も、村に帰るのに一声かけようか迷った。
でも、どうせすぐに帰ってくるのだ。一時間もかからないだろうし、それでもまだ昼食の時間でもない。
それならば、特に声をかける必要もあるまいと、転移した。
村の夏は生命力にあふれている。
目には青々とした木々。耳にはやかましいほどのセミの声。そして眩しい日の光。
私はくしくも前世と今世どちらとも夏生まれだ。だからなのか、夏が好きでたまらない。
日本のうだるような暑さとは違い、程よい湿度の風は心地よい。
「あれ?ねーちゃん!」
声の方を向くと、弟がこちらへかけてくる。
「ヤッホー。ひさしぶりー。」
「ヤッホーって、のんきなやつだなぁ。お前そんなんでちゃんとやれてんのか?」
お前呼ばわりとは生意気な弟である。弟のクルトは十二歳。一番上の兄マルクスから二歳違いでずっと生まれていた兄弟が、最後で三歳空いたことでいじられているというどうでもいいカルマを背負いし者だ。
「ちゃんとはできてないなぁ。」
正直に答えると、クルトは眉をしかめる。
「何しに帰ってきたんだ?まさか逃げてきたのか?」
若干当たってる気がしないでもないので、苦笑してしまった。
「夏服を取りに来たんだよ。いちいち買ってたらお金なくなっちゃうからね。去年のは大きめに作ったからまだ入るはずなんだ。」
私の言葉に、うんうんと頷く。あんた一体どこから目線で私を見てるんだ。
「今日は泊まるの?」
「そうしたいけど、すぐ帰るよ。」
「そっか。俺まだやることあるから行くわ。ちゃんとやれよ?またな。」
「はーい。頑張ってね。」
遠くに行った姉に対してあまりさみしさを感じてないようだ。なんちゅー薄情者か。まぁ、泣いて駄々こねられても困ってしまうからありがたいけれど。
クルトがせっせと草むしりをしているのを横目に畑の様子を見るが、順調に夏の薬草たちが育っている。
開墾や整備には魔法を使ったが、育てるのはちゃんと家族でやってきたから、私がいないところで影響はない。
私はいつか魔王を倒さなくてはいけない。この村を出るのはわかりきっていたから、村を発展させた後に私がいなくても維持できるようにしていこうと思った。
農業や維持は、村人たちにもノウハウを教えて村一丸となってやってきた。
養鶏や薬草畑は近隣の町にも卸せるほどになっている。あまりやりすぎると怪しまれるので控えていたつもりだったのだが、そのせいで役人が来たのだろうと思うから、結局はやりすぎてしまっていたのだろう。
村には馬も増え、私が村から出る直前には牛を飼うかの会議もあった。
かなり便利になってきているので、その内誰かが他からお嫁さんをもらったり、移住者が出たりともっと発展するかもしれない。
そんなことを考えつつ家に入ると、母がいた。
「ただいまー。」
「おかえり。もう帰っていいって言われたの?」
「さすがにそれはないわー。夏服取りに来た。」
「あら、そうなのね。クッキー焼いてあるけど、食べる?」
母も母で大雑把である。
「そういえばさ、ロルフ兄さんや姉さんて結婚したりしないの?」
「今のところ聞いてないけど。」
「ふーん。」
一番上の兄は結婚しているので、下の兄と姉さんの事を聞いたのだが、まだのようだ。
「その時は帰ってくるの?」
「さすがに帰るよー。」
「そう。じゃぁ、知らせださなくちゃいけないだろうけど、住所は?」
「うーん、城?」
「じゃぁ、やっぱりあんたが聖女だったのねぇ。」
お茶をすすりながらぽつりと言う母に、微妙な顔で頷いた。そう、ちゃんと言ったことはなかったのだ。
「まぁ、十中八九そうなんだろうとは皆で話していたのよ。」
「え、なんで?」
私の返事に、母は苦笑した。
「あなた、どうやって帰ってきてるのよ。馬もいないし、魔法で来てるんじゃないの?それに、村を見てみなさい。
薬草を売りに行く町よりも充実した生活じゃない。村の皆は前から、メリルの事を特別な子かもって思ってたのよ。」
「えええ?」
「メリルは自分の考えをあたかもお父さんが出したとばかりに村を整備していったけど、動きで誰が中心になってるかなんてすぐわかるわよ。」
まぁ、そうかもしれない。
「正直、聖女っていうものがどういうものかなんて知らないわ。でも、メリルはまだ大人に護ってもらう年齢よ。どうしても辛いなら、帰ってらっしゃい。」
「村に迷惑かけるよ。」
「メリルが村を出るのを嫌がったから、皆はあんたを護ろうとしてたでしょう?何かあったら、きっとまた村の人は皆であんたを護るから大丈夫。」
そう言われて、私が村を出ることになった事件を思い出す。
平和で充実したある日、村に役人がやってきた。私の記憶では役人が来るなど初めてだった。
そして、この村の豊かさを知った役人は、領主へ報告したのだ。
それから数日後には役人がまた来て、増税のお達しがされた。豊かになったのならもっと払えとおっしゃるわけだ。
悪い事は重なるもので、役人が一緒になって連れてきていた男たちの中に司祭が含まれていた。それで、私がこの村にそっと張っていた魔物除けの結界がばれてしまったのだ。
本当に偶然なのだろうが、その司祭、能力はあるものの素行が悪かったとやらで、辺境に左遷されたクソ司祭だった。
その司祭にかなりの能力者がこの村にいるということがばれたわけだが、誰も私だと言わなかった。まぁ、結界のことは誰も知らなかったから、私だって知らなかっただろうけれど。
それでも、魔法が使えるのはばれていたので、私しかいないはずなのだ。
業を煮やしたクソ司祭は、村長に詰め寄った。能力の高いものを連れて帰れば自分の加点になると思ったのだろう。
しかし、村長も私の事を言わなかったため、暴力に訴えて聞き出そうとしやがったのだ。さすがにそれは見ていられない。名乗り出るしかなかった。
「確かに、皆護ってくれるね。」
私はほほ笑んだ。村の人たちは皆あたたかい。
「そうよ。だから、無理はしないでね。」
「うん。」
今は大丈夫だ。でも、逃げることを許されるのはありがたかった。
「あ!そうだ。これ、学校の授業で作ったの。」
そう言って、ハンカチを出した。
売ろうと思ったものの、やっぱりせっかくなので家族にあげることにしたのだ。
「あら!すごくいい生地じゃない!しかもこんなに!」
「一応家族分。マルクス兄さん家の分もあるからね。護りの祈りを込めて縫ったから、できたら毎日持っててね。」
「まぁ!聖女様の祈り付きね!じゃぁ、ありがたくいただくわ。」
そんな風に言われるとこっぱずかしいが、最上級の守護魔法をかけてある。四肢欠損くらいなら一瞬で治るやつだ。チートハンカチだが、多分この村はずっと平和だろう。
魔王からは私が護るし、この村周辺には結界も張ってあるから大丈夫なはずだ。
「お休みができたらいつでも帰ってらっしゃい。」
「うん。またお土産持ってくるよ。何がいい?お金は心配しないで。」
「あら!そうねー。できたら生地が欲しいわ。ソフィアの服作らないとだし。」
「いいやつ?」
「できたら。」
「わかった。好きそうなの選んでくるわ。」
「お願いね。じゃぁ、行ってらっしゃい。」
にっこりと手を振って、あっさり別れる母に若干苦笑したが、それでいいと思う。
もし魔王討伐に出て死ぬとしても、最後に会った後はこんな感じに別れたい。
私は背中に荷物を背負うと、転移した。
部屋に着くと、特に変わったことはない。
荷物を降ろし、ハンガーにかけて虫干ししておく。穴が開いてないかなど見てみたが、大丈夫なようだ。
しばらくぼんやりとしていると、昼食の時間になった。
「聖女殿、出かける時はすぐ帰るようでも声をかけてください。」
「うぐ!」
飲みかけていたパンがのどに詰まって、危うく噴き出すところだった。
「ばれてましたか。」
「気配でわかります。」
さすが騎士というところだろう。決していつも私が騒がしいとかそういうことではない。・・・・・・ハズ。
ちなみに、食事は最近は三人でとっている。
初めに提案した時、二人は拒否した。しかし、ゴブリン事件があったすぐ後のある午後の仕事中に、アマンダさんのお腹が盛大に鳴ったのだ。
聞けば、昼を食べそこねたという。使用人用の食堂があるのでそこでとれるはずだし、どういうことだろうと深く聞こうにもアマンダさんは笑ってごまかすのだ。
不審に思えた私は、翌日シュレインさんを伴って、透明になってアマンダさんの仕事について回ってみた。
結果、頭カチカチのシュレインさんが、一緒に食事をとることを了解するほどには酷かった。
前にも雑用をさせられているとは聞いていたが、いじめのようなものだ。
城のメイドは貴族のお嬢さんがやっているようで、階級が低いものは嫌な思いをすることが多いらしい。
しかも、アマンダさんのお家はお金を持っている。それが気に食わない子もいるということだ。
私は学園の生活を二日で逃げたが、アマンダさんはかれこれ三年はこんなことをしていたというのだ。ばかばかしいにもほどがある。
「もうずっとこの部屋にいなさい。命令です!」
「侍女になさればよろしい。エスカルパ嬢もそれでよろしいですか?」
私の憤怒の横で、シュレインさんが静かに言った。でも、顔が若干渋いので、彼も怒っていると思う。
アマンダさんは私たちを交互に見て、涙目になりながら頷いた。
正直、メイドさんと侍女の違いが私にはわからないのだが、ずっとこの部屋にいられるとのことなので、そうしてもらうことにした。
そんなわけで、アマンダさんは二週間ほど前から侍女に昇格したようだった。
前にちらっと聞いていたにもかかわらず、もっとはやくに気を配れなくて、本当に申し訳なかったと思う。
そんなわけで、今も三人で食べている。
貴族といえど、こうやってどこかに勤めるということは大変だなと思う。
だからこそ、そのうっぷんからいじめが発生するのだろうが。
「午後はギルドに出かけていいですか?お金が入用なんですよ。」
聖女の飼い殺し現場在住民としては、マネー稼ぎが必要なのだ。
「わかりました。用意をしてきます。」
アマンダさんはお留守番ではあるが、侍女なのでこの部屋で待ってていいとのことだ。よかったよかった。
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