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転生聖女は自由に生きたい  作者: 辻 壱
14/102

14.うやむや


 その日は寝れなかった。

 騎士団は夜になる頃には出発した。動きを索敵魔法で追跡すると、どうやら王都と森の間で野営しているようだ。


 作戦が失敗してしまえばいいなどと考えてしまう。皆が這う這うの体で逃げ惑う中さっそうと現れて、シュレインさんと二人で無双してやりたい。

 もちろんそんなことにはならないだろう。シュレインさんが正確に報告しているだろうから、的確な作戦が練られているはずだ。


 本来ならあの野営の中にいたであろう彼に、私は何ができるのだろう?


 今までと何も変わりなくするべきなのだろうか?

 品行方正に生きるべきなのだろうか?

 一緒に各地を周って調査でもするべきなのだろうか?

 それとも、いっそここから出ていけばいいのだろうか?


 何もわからない・・・・・・。



 次の日は、部屋にこもった。

 アマンダさんが心配して色々と世話を焼こうとしてくれたが、私がベッドでくるまって出てこないので、すぐにそっとしてくれた。

 でも、部屋から出すと雑用に駆り出されるだろう。なので、別の部屋の掃除をしてほしいと頼んでおいた。


 昼をもそもそと食べているとき、ふと外を見た。

「海に行きたい・・・・・・。」

「海ですか?」

「もう夏だし、青と白のコントラストの中で海に浮かびたい。」

 といっても、私はこの世界の海を見たことが無い。

 村の生活では、村から出るとしても、近くの町に行くくらいだった。

 だが、学校で地図を見たら、この国は北以外が海に囲まれていた。


「ここからだと、海ってどのくらいかかるんですか?」

「一番早いのは船で二週間ですかね。」

 さすが商人の娘。こんなことがすぐ出てくる。

 私の村から馬車で二週間かかったので、そんなものなのかという感じだった。

「行きたい!行きたいです!」

「では、ハルドリック様に聞いてみましょう。」

 アマンダさんが優しく言うが、私は口を尖らせた。

「やだ。アマンダさんと二人で行く。」

「聖女様が悔しいのはわかりますよ。ですが、ハルドリック様は悪くありません。騎士団という戒律の厳しい場所でわがままは通用いたしません。それはわかっていますでしょう?」

「・・・・・・うん。」

「聖女様は学校が嫌だと飛び出しましたが、あの嫌な貴族社会の本拠地がこの城なんですし、その中で学校よりも暮らしやすくなっているのは、きっと陰でハルドリック様がご尽力されているのではないですか?」


 アマンダさんのいう通りなのだ。シュレインさんはサラリーマンなのだ。会社の意志に反抗できない。

 大体、自分の出世のためにルールを無視したりすれば、いずれ自分に返ってきてしまう。最悪クビになるだろう。

 私もわかっているのだ。体に引っ張られているとはいえ、魂アラフィフが子供みたいに拗ねてるなんて、見苦しいにもほどがある。

 前世の私はのんべんだらりと人生を過ごしてきた。子供の頃は歳をとったら勝手に大人になるだろうと思っていたが、現実は大人になりきれていなかったと思う。


 ただ、分かってはいても納得できないのは、きっと私がシュレインさんを大切に感じているからなのだと思う。

 そして、それは隣にいてくれるアマンダさんにも感じている。

 城へ来てから、まともに接しているのがこの二人だけだからなのが大きいが、二人とも本当にいい人だというのが分かるから。


 本当は、こんなつもりではなかった。

 私は精霊王たちには大雑把な性格ととらえられているようだが、こんな風にグダグダと悩むこともあるのだ。

 それに、聖女としてちゃんと生きようと思ったらまじめに取り組んでしまうだろう。そして、周りの目を気にして自分を追い込んでしまう。

 もっと好きになってもらいたい。もっと役に立ちたい。もっと・・・・・・。もっと!

 そう思って頑張って、いつか自分を壊すのだろうと思った。

 やりたいこと、やれること、望まれることの狭間にはまってもがくのだ。

 だから、王都では誰とも親しくなんてしたくなかった。はじめから嫌われていたかった。


 でも、大切に思う人ができてしまった。


 刺繍の先生やおじーちゃん先生も好きだし、村の皆も好きだ。

 こうやって、大切な人が増えると、この国を滅ぼしてでも出ていけばいいとは言えなくなる。

 きっと、彼らにも大切な人がいて、その人たちにも大切な人がいる。そうやってつながっていく。人と生きるということはそういうことなのだ。


「わかってます。八つ当たりしてるって。でも本当は、申し訳ないんです。私がいなければ良かったのにって。」

 そして、消えたくなるのだ。それもまた、責任逃れだとわかっていても。

 どうしようもない。だから、環境を変えるべきなのかもしれない。

 刺繍の先生なら、逃げじゃなくてステップだって言ってくれるかな?


「でも、聖女様がいなかったら、ハルドリック様はギルドにはいかなかったと思いますよ。そうなれば、今頃ゴブリンが攻めてきていたかもしれません。」

「そうですけど・・・・・・。」

「私もこの国の住人です。脅威を先に取り除いてくださってありがたいです。ハルドリック様にも、騎士団にも感謝しています。

 もちろん、聖女様にも。護っていただいて、ありがとうございます。」

 そう言って、アマンダさんは恭しく頭を下げた。


「そんな風に言うのはずるいです。

 私が気が付いたわけでも、討伐したわけでもないのに、手柄だけもらっている気分になります。

 でも、確かに私がギルドへ連れて行って、偵察もしたんだ。それは事実なんだ。っていうのも感じました。」

「うふふ。あー、そうだ。トウワ料理のことだって、同じですよ?」

「え?」

「私が買ったわけでも、持ってきたわけでも、作ったわけでもないですけど、見つけてもらうよう手配しました。それに感謝してくれたのと一緒です。」

「うー。」

「それに、私が人を手配するように、聖女様も騎士団を使ったと思えばいいですし、気が付けないのなら、気がつける人を置けばいいんです。

 ハルドリック様が気が付けるわけですから、ハルドリック様といればいいんです。ハルドリック様にとっても、聖女様といることで気が付けることがあるんです。

 両者にとっていいことがあるなんて、とてもいい相棒じゃないですか。」

 そんなこと言われたら頷くしかないじゃないか。アマンダさんも手強い。


「でも、すぐにそれを納得して飲みこむのは難しいですよね。それはそれ、これはこれ。ですし。だから、今はゆっくり拗ねて、後でちゃんと仲直りしましょう?」

「はい。」

 二十歳に行くか行かないアマンダさんの方が、私よりもよっぽど大人だった。



 夕方、城が騒がしくなった。しばらくするとノックされ、シュレインさんの声が聞こえた。

「聖女殿、ゴブリンの件は無事に片付きました。ご助力いただきまして、ありがとうございました。」

 扉を開けずに、それだけ報告する。声の通り具合から、律義にお辞儀もしたようだ。

 私の表情が硬くなったのを見て、アマンダさんが背中をさすってくれる。

 アマンダさんを見ると、優しく頷いている。私も頷き、扉を開けた。


「シュレインさん、お茶しませんか?」

「はい。」

 部屋を振り返ると、アマンダさんがお茶を入れ始めてくれている。

 全員が座って一口お茶を飲んでから、私は切り出した。


「海に行ってみたいです。」

「海ですか。」

「はい。アマンダさんに聞いたら、二週間で着くとのことなんですけど。」

 そう言うと、シュレインさんがいぶかしげな顔でアマンダさんを見る。すると、アマンダさんが視線をそらした。なんだなんだ??

「二週間といいますと、多分それはエスカルパ嬢のご実家が荷を移動させる時間ではないでしょうか?船の種類によりますが、旅船なら最短でも三週間はかかりますよ。普通だと一ヶ月は見ていただかないと。」

 アマンダさんを再び見ると、テヘみたいな顔している。

「ちゃんと宿場町に寄ってしまうと、余分に時間がかかるのは仕方がないですよ!でも、船なら常に移動できますからね。船で寝れば問題ないです!」

 家業から若干ブラックなにおいがしてきているが大丈夫だろうか?

「あと、行きは川を下れますからいいですが、帰りは馬車なので更にかかりますが、大丈夫ですか?」

「え・・・・・・。あ、まぁ、帰りは大丈夫だけど、そんなにかかるもんなんですね。」

「はい。」

 今から出ると、日本基準ならクラゲが出てきてしまう時期にかかるが、夏真っ盛りにはつけそうである。


「クラゲとか出ますかね?」

「クラゲは年中いるんじゃないですか?」

 アマンダさんがキョトンとしている。

「えええ!じゃぁ泳げないんですね。」

 私がしょぼくれた声を出すと、アマンダさんは更にびっくりした顔になる。

「泳ぐつもりなんですか?!」

「え、あ、はい。海っていったら海水浴じゃないんですか?」

「えええ・・・・・・。」

 すっごく引いた顔をするので、不安になってシュレインさんを見ると、眉をハの字にしている。


「え?もしかして、泳ぐのって一般的ではない?」

「いや、まぁ、泳ぐ人もいますが、海でですよね?」

 え?何この反応。二人とも考え込んでいる。

「遊泳地があるかですねぇ。私はそういった理由で行ったことが無いので。」

「私もですね。現地の人間が漁で潜っているのは見たことがありますが。」

 どうやら、あまり海で泳ぐといった文化がこの国にはないようだ。魔物がいるからなのだろうか?それとも、ただ単に文化なのだろうか?とにかく浜辺で海水浴って感じではないのは確かである。


「じゃぁ、諦めます。」

「行ってみたらやってるかもしれませんよ!ダメでもまぁ、どこか人気の無いところで馬車を入れれば・・・・・・いや、でも安全面が分からないですね。」

 アマンダさんが唸る。というか、馬車???

「馬車で入るって意味が分からないんですけど、どういうことですか?」

「え?だって、遊泳するのなら必要ですよね?」

 何を言ってるんだろうか?

「なんだか、私とアマンダさんたちの泳ぐって同じ事じゃない気がします。私が考えてるのは、水着を着て海の中を潜ったり、波に漂ったり・・・・・・。」

 そこまで言って、そういえば浮き輪なんてこの世界にはないだろうなと思った。だからかも?

「いえ、一緒みたいですけど。」

「えええ?でも馬車なんて使います?」

「あー!もしかしたら、そう、多分聖女様のは漁と同じことなんですかね?」

「あぁ。」

 なぜかシュレインさんも納得する。

「申し訳ありません。あの・・・・・・貴族の感覚で考えていました。」

 アマンダさんが言いにくそうに謝ってくるので、何ともいえない気分になる。


「いやいや。貴族の人は馬車も必要なんですね。」

「水泳用のドレスではそこら辺を歩けませんので。」

 いや、水泳用のドレス????ドレス着るの????

 そう思ったが、確かに我々庶民ですら足を出さない。そう考えたら、ビキニなんて下着どころか裸みたいなのだろう。

 そう思ったら、この国の感覚と日本の感覚ではかなりの違いがありそうだと、やっとわかった。

 海水浴はいつかきっと南の島にでも行って楽しもう。そうしよう。


 そんなたわいない会話をして、喧嘩というかなんというかはうやむやになったのだった。


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