12.刺繍の先生
久しぶりに学園に来た。刺繍を提出に来たのだ。
授業は始まっていて、廊下には誰もいない。
提出だけなので、外には馬車とシュレインさんが待っている。
刺繍の授業がない時をちゃんと調べてもらってからきているので、迷わず刺繍の部屋に来た。
ノックをすると、どうぞと声がかかる。入ると、先生はお茶を飲みながら本を読んでいたようだ。
「あら、クラージュさん。」
「お久しぶりです。ハンカチを提出しに来ました。」
「わざわざ持ってきてくれたのね。ありがとう。さぁ、こちらへどうぞ。見せて頂戴。」
先生にハンカチを渡し、向かいの椅子に座る。
「まぁ、これは・・・・・・。」
細かいところを見ながら、うんうんと頷いている。
「素晴らしいわ。これはピレトナとクレシュアの工房の技術を取り入れているのね。こっちは刺繍のフチに沿って布を断ったのね。こんなの見たことないわ!まるでレースみたいね!とても素敵だわ。」
この世界では刺繍のハンカチは普通に四角い布のままだったが、日本ではたまにふちが刺繍に沿ってるものを見たので、そうしてみた。時間があったからね。
「あの後、先生のおかげで自分で考えて学校に行くのを止めました。
私には、貴族社会は難しいです。後悔はないですし、別の事で勉強させてもらっています。」
「そうね。世界は広いもの。私もね、昔は色んな国へ行ったのよ。」
「そうなんですか?」
「えぇ。うちの夫はね、侯爵家の次男だったの。うちは伯爵家だけれど、私にもお兄様たちがいたし、夫の兄も弟も優秀な人で。だから二人して、楽しくやらせてもらったわ。」
「なんだかすごいですね。」
条件がそろわなくては、そんな生活できないだろう。お金があって責任がない。そんな状況はそうあるはずがないのだ。
「色んなことを学べたわ。それで両家にアイデアを出したりね。そのお礼をもらってまた別の国へ行くの。楽しかったわ。うふふ。
でもね、そうなると、この国の悪いところもたくさん気付いてしまったの。」
外を知ると、比較対象ができてしまう。今まで正しいとか、不満なく感じていたものが、実はおかしいのではないかと感じてしまったのだろう。
「もちろん自分たちの貴族という地位や自信も、外の国では何の役にも立たないのを思い知ることもたくさんあった。
だからね、この国はこの世界ではほんのちょっとでしかないことを知れたの。
あなたはこの国だけではなく、この世界の聖女様だもの。一国の勉強なんて、役に立たないことばかりよ。」
あ、同じ感覚の人だ。そう、そうなんだよ!
「私も、ここにいていいのかとても疑問です。実は、この間も元魔導士長様がやっておられる治療院で学ばせてもらいました。
特に深い考えがあったわけじゃなかったんですけど、私はこれから何をしたらいいのかとすごく考えさせられました。」
「まあ!もしかして、クリストハルト?」
「え?」
「あぁ、クリストハルト・ゲルステンビュッテルの事じゃない?白髪の痩せたおじいさんでしょ?」
「あ、た、多分そうです!」
「いやだわぁ。変なところで共通点があるものね。その子、私の弟よ。」
ええええええええええええ?!っていうか、子ってつけるところに凄く姉みを感じる。
「そう、クリストハルトに会ったのね。」
「聖女だとは言わずにお手伝いさせていただいたんですけど、ばれてしまいました。本当に凄くて、そして素敵な方です。」
「そんな風に褒めてもらえるなんて嬉しいわ。あの子も色々あってね。でも、自分をしっかり持った子よ。」
「先生もです。先生がああ言ってくれなかったら、もっとこの国の大人が嫌いになってました。
王都に来てから、皆あれをするなこれをしろって厳しくて、誰も私のいうことを聞こうともしてくれなかったし、聖女だとわかって取り入ろうとする子か、それを妬む子しかいませんでした。
あのときは、先生だけが私に意見を聞いて、好きにさせてくれたんです。本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げる私のその言葉に、先生は優しさあふれる笑顔をこぼした。
「私はあの子と違って特殊な才能は無かったわ。それにね、子供にも恵まれなくて、散々馬鹿にされたものよ。
でも、あなたにそんな風に言ってもらえたのなら、夫と見た色んなものや私の内面が評価されたようで嬉しいわ。こちらこそありがとう。」
やはり、先生も大変だったのだろう。貴族社会で跡継ぎを生まないことは相当辛い目に遭ったと想像できる。
「旦那さんが好きなんですね。」
「えぇ、凄く軽い人で、厳格な侯爵家の出だとは思えない人よ。でも、私を庇うために動いてくれたわ。
夫の希望で世界を飛び回る生活の為に、自分の意思で子供をもうけなかったと言ってくれてね。そうして本格的に色んな国を周ったの。
はじめは理由付けの為だったのかもしれない。でも、必死で色んな物を吸収してくれたんでしょうね。領地改革のアイデアも、かなり採用されたし。
それがあって、親戚から私への当たりも弱くなったわ。
本当に夫と結婚してよかったわ。あの人には物凄く助けてもらったの。」
そう言いながら、遠い目で外を見る。亡くなったのかもしれない。そう思った瞬間、
「今は気楽に家でゴロゴロしながらたまに翻訳や通訳の仕事をしているわ。歳のせいで長い旅ができないからストレスが溜まってるのか、グチグチうるさいわよぉ。」
そうコロコロと笑った。生きてたのか。よかった。
馬車に行くと、シュレインさんが外で待っていた。
あのあとお茶もいただいて話し込んでしまったが、律儀に待っていたようだ。
「お待たせしてすみません。」
「いいえ。楽しまれたようで。」
シュレインさんはそう言って、少し口角を持ち上げた。
「聞いてくださいよ!刺繍の先生って、おじーちゃん先生のおねーさんなんですって!」
「おじいちゃん先生・・・・・・ゲルステンビュッテル伯爵ですか?」
「そうそう!」
「おじー・・・・・・まぁ、えぇ。」
いや、そこを気にするやつじゃないから!おじーちゃん先生今までで一番レベルで名前難しいし、眉をひそめないでほしい。
「しかし、そんなこともあるものなんですね。」
「姉弟だからこそ考え方が似てるのかもしれないですね。貴族らしくないっていうか、貴族を妄信してないっていうか。」
「そうですか。」
少し上がっていた口角がスッと元に戻る。貴族様に言うことじゃなかったようだ。
「シュレインさんも、変わりましたね。」
「何がですか?」
「前は無表情か眉をひそめるかの二択でしたよ。なじんでくれてありがたいですよ。」
「聖女殿に毒されているようでしたら、騎士としてもっとしっかりしなくてはならないと思います。」
そう無表情で言うが、これはこの人なりのジョークなのだと思う。
「いや、前からなんだかんだと私の意を汲み取ってはくれていましたよ。
刺繍のおばーちゃん先生も、治療院のおじーちゃん先生もですけど、シュレインさんとアマンダさんにはもっと感謝してますよ。いつも本当にありがとうございます。」
「・・・・・・そうですか。」
引き続き無表情で前を向いているが、なんとなく表情が柔らかくなったので、私も満足して外を見た。
六月も終わりが見えている。初夏の空は青かった。
二日後、乗馬の練習へ行こうと部屋を出ると、シュレインさんが扉の真ん前にいた。
「うあ!どうしました?」
「ギルドでの活動の許可が出ました。」
「お、やったねおにーちゃん!」
「どこがですか。」
「言うことをちっとも聞かない小娘の見張りでじっと立ったり座ってるよりは、いうことをちっとも聞かない妹の御守りで魔物退治の方が騎士様的にはいいでしょうよ。」
「ちゃんと言うことを聞いてくださるのなら、どちらでも構いませんよ。」
いうねぇ。
「配置換えとかないんです?やっぱり申請してるくちですか?」
「第一部隊は王族の護衛ですからね。めったに配置換えはないです。」
遠くを見ながら言うところに哀愁を感じる。本当にババ引いてる感凄い。
「ならもうパンドラの箱は開けられたと思って、最奥の希望にたどり着くためにずぶずぶの関係におぼれて底を目指しましょう。」
「なんですかぱんどらの箱って。ずぶずぶにもなりませんよ。」
通じなかった。
「やっぱり、シュレインさんて本来なら将来有望だったりするんです?」
「・・・・・・それなりに努力はしてきましたよ。」
「かわいそうに。」
そう言ってあげれば、半目でじっとり見てきた。慰めてあげたのに不満そうなのが納得できない。
「そうだ。せっかくですし、今日もギルドに行きませんか?」
「わかりました。昼食の用意をしますか?外で食べますか?」
「うーん、昼食が外に持ち出せるものに変えれるかですかねー。煮込みとかになってたら無理でしょうし。」
「では確認してみましょう。馬も用意いたしますので、用意出来次第呼びに来ます。」
「お願いします。」
私は部屋で練習着から冒険用の服に替えた。
そういえば、オーク退治の報酬はちゃんと半々にした。シュレインさんはかたくなに拒んだけれど、乗馬の時にもらった練習着代だと思って受け取って欲しいとお願いしたら渋々だが受け取ってくれた。
結局、私が得してるのは変わらないのだが。
そのお金で、私は革鎧を買った。武器は短剣でも買おうと思ったが、必要ないのでやっぱやめた。
私には、最終手段のライトなセイバーがある。多分使わないけど。
さて、今日はどんなクエストを受けようか。
評価、ブックマークしていただけると喜びます!




