悪役令嬢は死にたくないので、学園を中退してスローライフを始めます~敵対していた商家の息子やメインヒロインが押しかけてきてくる~
全部で五千文字前後の短編です。
楽しんでいただければ幸いです。
魔法学園に通うファティームは、ふとしたきっかけでこの世界が好きだった乙女ゲームの世界であると気づいた。
しかも彼女が転生したのは、そのゲームの悪役令嬢、ファティーム・ヴァンドールというキャラクターだ。
ファティームは物語の終盤で、主人公と彼女の恋人たちによって追い詰められ、悲劇的な運命を迎えることになっていた。
「こんな結末、絶対に味わいたくない!」
決意したファティームは、物語のメインストリーから外れて静かに生きる決意を固める。
彼女は学園を中退し、遠くの村で平和に暮らすことを決めるのであった――
――新しい生活が始まった。
彼女は継母から譲り受けた小さな家で、ハーブの栽培やポーション作りを始める。
「前世では仕事ばかりだったからこんなスローライフに憧れてたのよね」
日々は平和で、ゲームの中での恐ろしい運命からも遠ざかった――
――はずだった。。
ところがある日、その平和な生活が一変する。
家のドアをノックする音が鳴り響き、ファティームがドアを開けると、そこには意外な人物が立っていた。
ゲームの中でファティームの宿敵とされていた、ダークマジシャン・アルトだった。
「やっと見つけた」
そう言って微笑むアルトにファティームは固まってしまう。
しかしアルトの目は、ゲームで彼がファティームに向けていた厳しい視線ではなく、柔らかで穏やかだった。
「君がいなくなってからずっと探してたんだ」
「……どうしてあなたが私を探してたの?」
ファティーマが警戒しながら尋ねると、彼は照れたようにはにかんだ。
「僕はファティーナに好意を抱いているんだ」
アルトの言葉にファティームは驚きのあまり言葉を失った。
ゲームの筋書きには、こんな展開は絶対になかったから。
「どうして……? たとえそうであったとしても今の私は学校をやめてしまったし、こんな私なんて……」
彼女は力なく返事をする。
しかしアルトは微笑みながら言った。
「僕はあなたが何者であろうと関係ない。 心からファティームを好きになったんだ」
この突然の展開に、これからの物語が、どのように変わっていくのか、原作を知っいるファティームすらも予想ができなかった。
〇
アルトの突然の告白に、ファティームは混乱していた。
彼女はゲームの中で、アルトがファティームの敵として登場することを知っていたから。
しかし、彼の表情に嘘のようなものは感じられなかった。
「アルト……あなたは本当に私のことを……?」
「信じて欲しい、ファティーム」とアルトは穏やかに言葉を続けた。
「あの学園を出てから、僕は君のことを考え続けていた。 そして、ここで再会できたことは、運命だとすら思っているんだ」
ファティームはアルトの情熱的な言葉に少し心を動かされるものの、ゲームの記憶が彼女の心に影を落としていた。
しかしアルトは彼女を急かすことなく、村での彼女の生活を勝手に手伝い始める。
そうしてファティームはアルトを突き放すことも出来ず、近くの宿に泊まって毎日ファティームの元へ通うアルトと少しずつ仲を深めていく。
彼は特にハーブの栽培やポーションの作成に熱心で、その手際の良さにはファティームも驚いた。
「アルト、あなたはどうしてこんなにポーション作りが得意なの?」
ファティームの質問に、アルトは微笑みながら答えた。
「実は私の家は代々、薬草を扱う商人の家系なんだ。 その知識を活かして、ファティームを助けたいと思ってる」
ファティームはアルトの温かさや誠実さに触れる度に、彼への警戒心が少しずつ解けていった。
そして、二人は毎日を共に過ごすうちに、自然と互いに深い絆が生まれていった。
そんなある日、ファティームの家にまたもや来訪者が訪れる。それは、ゲームの中で主人公の幼馴染として登場する、エリーザという名の魔法使いだった。
「ファティーマ、あなたを探していたわ!」
エリーザはファティーマと一緒にいるアルトの姿を見て驚いた顔で言った。
「あなたが学園を去った理由、そしてアルトと一緒にいる理由を知りたいの」
エリーザの言葉に、ファティームは再び過去のゲームの記憶と現実の狭間で揺れ動く。
アルトとの新しい関係や、エリーザとの今後の関わり方、そしてゲームの運命から逃れるための方法を模索するファティーム。
彼女の前には、さらなる試練が待ち受けていた。
○
エリーザの突如の登場に、ファティームは過去のゲームの出来事を思い出した。
主人公の幼馴染であったエリーザは、物語の中盤でファティームを手助けするキャラクターだった。
「エリーザ、なぜあなたがここに?」
ファティームはが尋ねると、エリーザは深くため息をつきながら言った。
「リリアーナ、実はあなたが学園を去った後、学園で色々あって……何人かの生徒たちが突然消えてしまう事件がが発生しているのよ」
ファティームの心がざわつく。
ゲームの中でのそのようなエピソードは存在しなかった。
これは、彼女自身がこの世界に影響を及ぼしている結果なのだろうかとファティームは不安になる。
アルトは顔をしかめながら、
「それは大変だ。 しかし、それでなぜエリーザはここに来たのだ?」
そう問うと、エリーザは短く髪をかきあげながら、
「アルト、私は魔法使いとして、事の真相を解明しようとしているの。 そして突然学園を去って行ったファティームが何らかの形で関与しているのではないかと疑っている人もいてね」
ファティームは驚きとともに不安を感じた。
その事件の犯人として疑われていることより、自分が原因でこの世界の運命が変わってしまったのかもしれないという不安が強かった。。
アルトはファティームを励ますように手を取った。
「心配するな。 僕が一緒に真相を探る」
エリーザもうなずき、
「私も手伝うわ。 ただこれはここだけの話にしておきましょう。 本当に事件なのだとしたら目立つのは危険だから」
三人は手を取り合い、この新たな謎を解明するために協力し合うことを誓った。
その後彼らはエリーザに連れられて、学園の近くにある事件解決のカギとなる秘密の場所へと向かうことになる。
〇
エリーザの案内のもと、ファティームとアルトは学園の地下に眠る、古代の祭壇へと足を運んだ。
この祭壇は、かつて異世界との扉を開くための鍵とされていたらしい。
とはいえその話は都市伝説のようなもので、その祭壇を使えば使用する魔法の効力を何倍にも高めることが出来るという話だ。
しかし祭壇の存在は眉唾と言われており、話は聞いたことがあったがまさか実在するなんてとファティームは普通はひどく驚いた。
同時に疑問も浮かんでくる。
「エリーザはどうしてこんな場所を知っているの?」
「私は伝説や噂を聞くと納得まで探してしまう性格なの。 ここを見つけるのは骨が折れたわ……」
エリーザはそう言って息を吐くと、儀式用の杖を取り出した。
「この祭壇の力で、失われた生徒たちの行方を探る魔法を試みようと思っているの」
アルトは警戒しながらもエリーザを見守った。
「何か問題があれば、すぐに僕たちに知らせてくれ」
エリーザは杖を祭壇に向けて振り、呪文を唱える。
一瞬、祭壇全体が青く輝き――
――その後、黒い霧が立ち上る。
霧の中から、失われた生徒たちの姿や声が聞こえてきた。
「どこ…ここは?」
「誰か、助けて!」
「なぜ、私たちを…」
ファティームはその声を聞き、胸の痛みを抑えることができなかった。
自分が物語を改変したせいで、彼らはこんな運命を迎えてしまったのかもしれないのだから。
ファティームの様子が可笑しいことに気づいたアルトは彼女を励ました。
「大丈夫だ。 私たちで彼らを助けよう」
エリーザは霧が晴れると、祭壇の前に現れた黒い結晶を指し示した。
「これが彼らの魂を封じ込めた結晶よ。 私たちがこれを破壊することで、彼らは解放されるはず」
しかし結晶の近くに近づくと、突如として強力な力が三人を吹き飛ばした。
その時、影から一人の男が現れる。
彼はゲームの最終ボス、暗黒魔王ザルタンだった。
「これ以上、進むことは許さない」
三人は、ザルタンとの運命の戦いを迎えることとなった。
○
ザルタンの圧倒的なオーラは、祭壇の空間を暗く染め上げていった。
彼の目の奥には、深い闇と野望が宿っていた。
「なぜあなたがここに?」
エリーザは力を込めて尋ねた。
ザルタンは微笑むと、
「この学園、そしてこの祭壇の力を利用して、全ての世界を我が手中に収めるつもりだ。 そして、あの結晶に封じられた魂たちは、私の新しい力の源となる」
ファティームは必死に自分の恐怖を抑えつけた。
「私たちは、絶対にあなたの野望を許さない。」
アルトも杖を構え、エリーザとともに戦闘の構えを取った。
ザルタンは笑うと、闇の魔力を展開させ、三人に向かって強力な魔法を放った。
激しい戦闘が繰り広げられる中、ファティームは何とか結晶の近くへと近づき、封じられた魂たちの声に耳を傾けた。
そして決意と共に約束を口にする。
「みんな、私たちが助けるから! 少しの間だけ我慢して!」
その時、ファティームの胸元のペンダントが輝きを放つ。
それは原作ゲーム上でファティームがいつも付けていたアイテムだった。
ペンダントから放たれる光は、まるで浄化するかのように結晶の黒を透明に変えていく。
ザルタンはその光に驚き、一瞬動きを止める。
その隙をついて、アルトとエリーザが彼に強力な魔法を放った。
ザルタンは大きな傷を負い、苦しみながら次第に闇の力を失っていった。
「これで、終わりだ!」
アルトが決め手の魔法を放つと、ザルタンは消え去った。
戦闘が終わると、祭壇の結晶も消失し、失われた生徒たちが元の姿に戻った。
彼らは感謝の言葉を述べ、学園へと帰っていった。
「やったわ、ファティーム!」
エリーザは喜びの涙を流していた。
ファティームはアルトの方を向くと、
「ありがとう、アルト。 あなたがいなければ私たちは勝てなかった」
三人は互いに感謝の言葉を交わし、学園の地下から出て、新しい日々を迎えることとなった。
〇
学園の地下の戦いから数週間が経った。
平和が戻った学園では、失われていた生徒たちも日常を取り戻していた。
ファティームは復学し、アルトとエリーザとともに、新たに学園の魔法研究クラブを設立した。
彼らの活動はファティームの現代知識を元に、魔法の新たな可能性や力を探求するものとなった。
ある日の放課後、研究室の窓から夕日を見ながらファティームは言った。
「あの時、私はこの世界を恐れていた。 でも今はここにいることが幸せだと思えるよ」
ファティームはアルトにだけはこの世界がゲームであること、自分にその物語の知識がることを伝えていた。 そしてアルトは受け入れてくれていた。
そんなアルトはファティームの手を握り、
「僕もだ。 君と出会えたこと、そして一緒に過ごせるこの時間は、僕には何にも代えがたい幸福なんだ」
エリーザは二人を見て微笑んだ。
「私もあなたたちと仲良くなれて本当に嬉しいわ。 これからも私たち三人で、新たな冒険や発見を楽しんでいきましょう」
夕日が地平線に沈む中、三人は固く手を握り合い、これからの未来への期待と希望を胸に笑い合うのであった。
○
日が落ちる前の学園の中庭。
アルトは少し緊張気味にファティームを待っていた。
今日は二人にとって初めてのデートの日。
アルトは長い間、この日を楽しみにしていた。
「アルト、待たせた?」
ファティームは軽やかな足取りでアルトのもとへと近づいてきた。
彼女は普段の学園の制服とは違い、淡いブルーのドレスを身に纏っていた。
「大丈夫だよ。 それに、そのドレス、とても似合っている」
アルトは少し照れくさい笑顔を見せた。
ファティームはうれしそうに微笑んだ。
「ありがとう。 行こうか?」
二人は手をつなぎ、学園の門を出て、街へと足を運んだ。
初めてのデートということで、アルトは特別な場所を選んでいた。
それは街のはずれにある小さな湖。月の光が湖面に映し出される、美しい場所だ。
湖畔に着くとアルトは小さなバスケットを取り出し、湖畔にブランケットを広げた。
「実は……自分で夕食を用意してきたんだ。」
ファティームは驚きの表情を浮かべた。
「こんなサプライズを用意してくれていたのね。 ありがとう、アルト」
アルトが用意したのは、彼の得意料理であるサンドイッチやフルーツ、そしてファティームの好きなハーブティーだった。
二人は夕日に照らされる湖畔でピクニックを楽しみながら、これまでの学園での思い出や、これからの夢について語り合った。
「アルト、私たちはこれからどんな冒険をするのかな?」
ファティームが夢見るように問いかけると、アルトは優しく彼女の手を握った。
「どんな未来が待っていても、君と一緒ならどこへでも行けるよ」
アルトの言葉に、ファティームの瞳はきらきらと輝いた。
夜が更けると、二人は湖の中央に浮かぶ小さなボートに乗り込み、湖の中央で月を眺めることにした。
湖の静寂と月の美しさに包まれながら、アルトはファティームに小さな箱を手渡した。
「良かったら受け取って欲しい」
ファティームが箱を開けると、中には二つのペンダントが入っている。
その二つは重ね合わせると美しい月の形になった。
「これは……」
「君との時間をいつも側に感じていたい。 だからこのペンダントを選んだんだ」
ファティームは涙を流しながら、アルトに感謝の気持ちを伝えた。
「本当にありがとう、アルト。 これからもずっと一緒にいてね」
二人は湖の上で、月明りに照らされれながら永遠の約束を交わすのであった。
終
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