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月と太陽  作者: もちっぱち


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第20話

テーブルの上に100円ライターが置いてあった。



 さとしはおもむろに何度も火をつけた。




 タバコが無くなった。



 電子タバコの充電も無くなった。



 お腹が空いていたが、冷蔵庫の中にはミネラルウォーターのペットボトルしか無かった。



 加奈子と一緒に暮らして約半年。



 バリバリのキャリアウーマンは、家に帰ってこない。



 出張や接待だと行って家で食事することはほぼなかった。



 帰ってくるのは1ヶ月に一度。



 体の相手をして終了。



 こんな状態でおれは幸せなのか。



 仕事は、行くどころではない。



 体が思うように動かない。



 昼夜逆転の生活になり、



 その状態になって半年。解雇された。



 妻の加奈子の判断で、仕事はやめることになったのだ。



 唯一、残されたのはこの高層マンションの一室。



 生活居住スペースと、リビングのテーブルに置かれたひと束のお金。



 100万円あるかないか。



 半年前に置かれたまま、そのお金に手をつけていない。



 食材は自分のポケットマネーで菓子パンやらおにぎりやら買ってくる。



 食事にも喉が通らない。



 無職の俺には何もできない。



 そう思っていた。



 この状況、この感覚、どこかで誰かが陥っていた。



 十数年前のあの人と同じだ。



〝落ちるところまで落ちたらあとは這い上がるだけだ〟と言っていた。




 顎や頬には生やしたことのない髭が長く生えていた。



 髪の毛も仙人みたい。



 それでもダイヤの原石のように内側から秘めた何かが漂わせている。




 ぼんやりとトイレから戻ると気づかなかった茶色いテーブルの上に手をつけていない100万円の札束一つと緑色の用紙が置かれていた。



 加奈子の名前と住所がハンコと共に記入されていた。



 いつの間に置いてあったのか。



 さとしは気づかなかった。



会話一つなし。



ライン交換もない。



仕事の関係から断ち切って、必要無くなったらしい。



これで晴れて自由の身になれると思った。




 慌ててボールペンを探して自分の書く欄を書いた。



 カレンダーを見ると今日は日曜日。



 とりあえず、月曜日を待ってから提出することに決めた。



 何日も外出してなかったため、身だしなみが崩れていた。



 久しぶりにクローゼットからお気に入りの服を取り出した。



 ジーンズのパンツにパーカートレーナー、黒いジャケットを羽織った。


 

 景気付けに最後だと思い、テーブルのお金に手をつけた。



 床屋で髭を綺麗に剃ってもらい、脱毛エステに行った。



 仙人のような長い髪は、美容院に行き、パーマを軽くあてて、ブラウンカラーに染めて、小栗旬みたいにお願いしますと頼んだ。



 男性美容師さんからはそんなこと言わなくてもそのままでも充分かっこいいですよ!とお褒めの言葉をもらって上機嫌になった。



 行ったことのないブランドのアパレルショップに立ち寄って、服をコーディネートしてもらった。



 そのままランウェイを歩いても良いようなスタイルになった。



 自己肯定感が上がりまくった。



 大きな紙袋を肩にもち、粋なサングラスをして、外に出た。



 店の前を出てしばらく商店街を歩くと、声をかけられた。




「あ、あ? さとし?」




 この世のものとは思えないようなリアクションの表情をした。



 さとしはサングラスを外した。



「え?ごめん、誰?」




 同い年くらいの背格好、話しかけられ方も年上には見えなかった。



 革ジャンを着て向こうもすかしてる。



「石川だよ。石川祐輔。」



「は? マジで? すごい久しぶりだな。なにしてた?」



「さとしこそ、何で、こんな格好してんだよ! これから撮影でもあるの?」




 シェイクハンドをして喜び合った。



 高校3年間一緒の部活に打ち込んだ仲だった。


「は?何の撮影だよ。俺は芸能人かって。んな訳ないだろ。 ちょっと気分転換だよ。色々あってな。今から暇?飲み行こうぜ。」



「撮影じゃないのか。てっきりそう言う活動してると思ったよ。今から?悪い、先約あって。申し訳ない。んじゃ、ライン交換しよう。次の休みに飲もう。」



 さとしと祐輔は、ラインを交換し合った。



一緒に飲みにいけないことに物凄くがっかりしたさとしだ。



 口を尖らせている。


 スマホをいじりながら



「えー、誰と行くんだよ。彼女?俺の知っているやつ?」



「まあ、彼女みたいないもんかな。お前の知らないやつ。ダメだ、お前と一緒だといつも彼女取られるからな。頼む、来ないで。必ず飲みに行くから!」



 祐輔は自信なさそうだった。



 モテモテのさとしと一緒に行って、女子に勝ったことはなかったからだ。



「ちぇ。分かったよ。必ずな。はい、ライン登録完了。んじゃ、またな。お幸せに~。」



 ぷーっと口を膨らませた。



 子どものような対応をしていた。



足元にあった小さな石ころを転がして、立ち去って行く。



 祐輔は冷や汗をかきながら、彼女と思われる人との約束の場所へ急いだ。


会わなくて良い人と会ってしまったなあと内心、ドキドキしながらさらりと交わしていた。



祐輔は、ふぅとため息をつくと待ち合わせのイタリアンのお店の前に行った。



ジャケットを着直して、口に口臭エチケットスプレーをかけた。準備万端に待ち構えた。


午後6時、待ち合わせ時間ぴったりになった。



「お待たせ。ごめんね。忘れ物取りに行っていたら遅くなった。寒かったんじゃない?中で待っててもよかったよ?」



 祐輔は顔がにやけて何も言えなくなった。来てくれたことが嬉しくてたまらなかった。



「ん?聞いてる? ほら、石川くん。中入ろう。お腹すいたよ。」


「お。おぅ。そうだな。」


 緊張しすぎて声がぎこちない。


 イタリアンのお店に入っていく姿を立ち去ったとされるさとしがのぞいていた。



 彼女だという女性は遠くから見て割と可愛い子だなと思いながら、諦めて最後のお金100万のうちの80万を散財しようと今まで入ったことないネオンとジャラジャラと聞こえるパチンコ屋に吸いよせられていく。



 さとしはもうやさぐれていた。



 顔をしっかりと見ておけばそこで何かが変わったはずだった。



 多分、何ヶ月も経って色々疲れていたのかもしれない。チャンスを逃していた。



「紗栄は何頼むの?」



 席につくとすぐにメニューを開いて見せた。パスタとグラタン、ピザなどの絵が描かれていた。



「うーん。そうだなぁ。半熟卵乗っけたカルボナーラかな。石川くんは?」



「そっか。んじゃ、俺は…なすとトマトソースパスタかな。頼むね。すいません。」



 祐輔は率先して店員に注文する。


その仕草はスマートだった。InstagramやYouTubeで何度も調べた恥ずかしくないデートの仕方。


 これでデートは3回目。


 お互いにフリーであることを確認してここまできた。



 失敗したくない。さとしには絶対教えたくなかった。



 高校の時、本当は自分が紗栄と付き合うはずだったと陰ながら苦虫をかむようにやりすごしてきた。



 祐輔は中学の時からずっと片想いで誰とも交際したことない純粋な人だった。



「そういや、仕事どんな感じ?転職したばかりなんだよね。」



「そうなんだけどさ。まだまだ勉強不足で…レッスンに通っているんだ。姿勢よく歩く練習。頭に辞書とか置いてまっすぐ歩けるかとか、ヨガとか、ピラティスに週3回通って体づくりが基本かなぁ。体重の増減もよろしくないみたいだから、運動して鍛えてたよ。石川くんは?」



 モデルの仕事を初めて数ヶ月。



 紗栄は東京と宮城を行ったり来たりしている。


 今はちょうど休暇が取れて仙台で過ごしていた。



「結構大変そうだね。アスリート並みだ。……俺は、仙台市役所の窓口応対。土日は休みだけど、仕事内容は濃厚だよ。時々休日出勤もあるけどね。いろんな人来るからクレーム応対が辛いかな。」



「え?すぐそこの? そうだったんだ。私もここ数年は仙台に住んでいるから何回か見られてたかもしれない?」



「そうかもね。でも、職員はたくさんいるから分からないもんよ。あ、紗栄のパスタ来たね。先に食べな。はい、フォーク。」


小さな細長いカゴからフォークを取り出し渡した。



こういうことぬかりなくする。



「あ、ありがとう。石川くん、よく気がきくよね。彼女とかすぐできそうだよね。羨ましいよ。そんな風にすぐ気がつくの。私は鈍感だから、本当、その力分けてほしいわ。」



「えーそんなことないよ。当たり前のことしただけだし。俺は彼女いたことないよ。」



 目を丸くして驚いた。その瞬間に祐輔のパスタが来た。紗栄は慌てて真似してフォークをさしだした。



「はい。今度は私の番。そんなに優しいんだからすぐ彼女もできるって。」



 笑顔で話す紗栄を見て、ドキッとする祐輔。優しさを返されたことがなかった祐輔は嬉しかった。



「ありがとう。んじゃぁ食べようか。いただきます。」


 ふと、ゆったりとした時間が流れた。


 ほっこりと食べたパスタが美味しかった。


人前で緊張せずに食べられるのはいつぶりだろう。


ホッとした瞬間だった。


その日は特に進展することもなく、食事をしてそれぞれの家に帰宅する。



 2人は恋人同士にはなっていなかった。



 時々食事をする関係で止まっていた。



祐輔は慎重になりすぎて、その先をどう進めればいいか、悩んでいた。



 紗栄は案の定、好意を抱かれていることに鈍感で未だ自信が持てず、良き友達と思っていた。

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