ギルド受付嬢は男の娘♂ですが最強の魔女です!
今日も冒険者ギルドに、仲間を求めてひとりの冒険者の男がやって来た。
「……パーティを追加したいんだけど」
ギルドの受付には、ピンクブロンドをツインテールにし、フリフリエプロンを身に着けた受付嬢・アリエルが立っていた。
受付嬢はその男を見るなり、少し警戒の色を露にする。
「……どのような職業の方を追加なさいますか?」
「……魔女を」
「申し訳ございませんが、現在登録済みで空きのある魔女はゼロです」
ギルド受付嬢の言葉に、やってきた男戦士は激高した。
「何だと!?広範囲を攻撃出来る魔法なしにどうやって魔物を討伐しろって言うんだよ!」
「ないものは出せませんので……」
「はぁ!?」
男戦士は受付嬢をねめつけた。
「お前、女だよな?」
「……」
「ギルドの受付嬢なら、誰しもステータス・オープンかヒールを使える程度の魔力を持ってるはずだろ?」
「……」
「金なら出す。俺のパーティに加われ」
受付嬢はヤレヤレと首を横に振った。
「それ以上無茶をおっしゃるなら、ペナルティを受けていただきますが」
「あ?ペナルティ?」
「はい。一か月間、ギルドの利用を停止させていただきます」
「……けっ。使えねーギルドだぜ」
「それから……ライオネル様には様々な魔女からNGが出されていますが」
「えっ……はぁ?」
「お心当たりはございませんか?」
受付嬢の問いに、男戦士は怯んだ。
「ねっ、ねーよ!」
「どちらにせよ、ご紹介出来る魔女はおりません。お引き取り下さい」
男戦士は舌打ちをすると、ギルドから出て行った。
受付嬢はため息を吐くと、腕組みをして呟く。
「お前らみたいなセクハラ野郎のせいで、ギルド全体まで損失被ってんだよ……」
ギルド長は一連の話を受付嬢から聞き、同じくため息を吐いた。
「そんなことが……アリエル、大変だったな」
「ええまあ。ああいう奴が下手なちょっかいかけるせいで、魔女はおろか、こうやって受付嬢にまで逃げられて俺みたいな男を配置しなきゃならなかったんですから、ねぇ?」
ギルド長は弱ったように笑う。アリエルは凄んだ。
「……笑い事じゃねーッスよ」
「あはは。アリエルは背が低くて線が細いし初見じゃ男に見えないぐらいの美人だから、女装させたら受付嬢に適任かな〜と思って」
アリエルは褒め言葉には滅法弱い男であった。彼はそれを聞き、より深く満足げに椅子に腰掛けて見せる。
「まぁ自分でも適任だとは思いますけどね!」
「ノリノリでやってんじゃねーか!」
「でも正直不安はありますよ。この世で魔力があるのは女だけだし、その中でも魔女学園で特別な修行を積んだ者しか魔女になれないんですよ?ステータス・オープンやヒールごときの低級魔術すら使えないギルド事務員の俺に、よく受付嬢を任せましたね?」
「お前の調合した傷薬は評判がいい。〝受付嬢にお薬をヌリヌリしてもらえるギルド〟という口コミで隣国の冒険者もこっちに流れて来ているくらいにはな」
「……この大陸にはセクハラ野郎しかいないのか?」
「私もこの状況は看過できないと思っている」
ギルド長は名簿を取り出した。
「これを見ろ」
アリエルは名簿のページを繰って、絶望の表情を浮かべた。
「……来月限りで、全ての魔女がギルドを退会……?」
「余りにセクハラが横行し過ぎて、魔女が寄り付かなくなってしまった。最近はギルドを介さない野良冒険者が増えているが、この状況はむしろ女性冒険者にとって非常に危険だ。眠っている時や詠唱の途中で腕力で来られたら、どうにもならないからな」
ギルドを介さなければ、そういったトラブルはさらに増えるだろう。
「ただでさえ魔物が発生して社会が混乱してるっていうのに、セクハラ野郎のせいで余計に社会が混乱すんのかよ……!」
「だが魔法が使えなければ、近年増え続ける魔物を一掃することは難しい」
「一体どうしたらいいんだろ」
「そこで、私もちょっと考えたんだ──セクハラ野郎を一掃する方法を」
アリエルは頷いた。
「それは、どのような方法で……?」
「アリエル。お前、今度は魔女になれ」
アリエルは怪訝な顔をした後、「ほーお」と感嘆した。
「やっぱギルド長がギルド一番の変態ってことでオッケー?」
「話は最後まで聞け。私にいい考えがあるんだ」
ギルド長が受付嬢に何事か耳打ちすると、彼はようやく合点が行ったというように頷いた。
「……それぐらいのことなら協力してやってもいい。俺だってこのギルドが無くなったら無職になっちまうからな。その計画、乗ってやる」
「当ギルドと提携関係にある魔女学園が作る最新鋭の魔道具を使えば、行けると思うんだ」
「ところで俺がいない間、受付嬢はどうする?」
「清掃員の爺さんでも据えとくよ」
「は?女じゃなくていいのかよ!ってことはこの衣装……まさかギルド長の」
「ただの趣味だ」
「何だろう。そっち方向からのセクハラ、やめてもらっていいですか?」
「冗談だ。本当はお前を女装に慣れさせてから、この計画を遂行しようという手筈だったんだ!」
「ぜってー適当なこと言ってる……」
しかしアリエルは、ギルド長の案に一縷の光を見出していた。
ギルド崩壊はすなわち、ギルド事務員アリエル自身の失職を意味する。なるべく早くセクハラの横行を阻止し、ギルドの平穏を取り戻さなければならない。
一か月後。
魔女学園長の最高位魔女から直々に最新の魔道具のレクチャーを受け、アリエルは完璧な「魔女しぐさ」を手に入れていた。
魔女が持つ杖には学園長の魔力が込められており、詠唱と共にスイッチを押せば、火炎魔法を発動させられるようになっている。一種類の火炎魔法しか使えないわけだが、昨今回復魔法の役を嫌い攻撃魔法を重視する若い魔女が増えていることもあり、それほど不自然には見えなかった。
もうひとつ、空飛ぶ箒もある。何かあればこの魔力の宿った箒で空へと飛び立つことも可能である。これもスイッチを入れれば、ギルドまで一直線に飛んで行く。
ギルド長曰く、計画としてはこうだ──
アリエルが「魔女」を求める様々なパーティに加わり、冒険しながらセクハラの有無を確認。
不届きな行為があったパーティはギルドの出入りを禁止。
その流れを重ねて行き、不届き者たちを排除して行く。
こうして安心安全になったギルドには、再び「魔女」が戻って来るだろう。
魔女に扮したアリエルは、ピンクブロンド(地毛)をポニーテールに結い直し気合を入れた。ギルド長直々に進呈してくれた、両サイドに深いスリットの入ったぴっちりと体に沿う魔女コスチューム(ギルド長のハンドメイド)を身にまとい、気分は魔女だ。
「おーし、セクハラ野郎を根絶するぜー!」
杖のスイッチを押せば、大きな火の玉が瞬時に魔物の瘴気に反応して飛んで行く。こんな心強い飛び道具もあるし、何かあったら箒で逃げればいい。
ギルドのバックルームで待機していると、早速男がひとり受付にやって来た。戦士風ではあるが、体つきは痩せている。
受付爺からすぐに声がかかった。
「アリエル、出番だ」
「おう」
アリエルは立ち上がると、少し演技がかったしなを作って戦士の元へと歩いて行った。
そんな彼(彼女)を見た戦士の顔が心なしか輝き始めていることに、正直アリエルは嫌な予感しかしない。
アリエルは討伐依頼書を眺める。妙に人気の少ない山道での、農民たちからの鹿の駆除依頼。そこまで負担感の大きい依頼ではなく、初心者向けの簡易な魔物討伐依頼である。
山に入るなり、アリエルの悪い予感は的中した。
「アリエルちゃんは……」
いきなりの「ちゃん」付け。更に、アリエルの細い肩に腕が回される。
「僕が守るから……ネッ☆」
アリエルは半笑いで男を見上げると、声を低くして告げた。
「お前、ギルド出禁な」
戦士は少し首を傾げてから更に言った。
「出禁?何で?守ってあげるって言っただけだよ?」
「言っただけ、だと?……無自覚なセクハラとは、また業が深い」
アリエルが警告ついでに詠唱を始めると、戦士はヘラッと笑ってアリエルの杖を持つ手を殴って来る。
杖は地面に転がった。
「……」
「女の子は杖を持ちながらの詠唱があるから、攻撃は間に合わないよ。僕の言うことを聞きなね」
アリエルはその物言いに憮然として男を睨み上げたが、急にニヤリと笑った。
「……それはどうかな?」
アリエルは地面に転がっている杖を爪先で踏んだ。すると瞬時にスイッチが作動し、火の玉が地面をバウンドするように跳ね返る。戦士の顎を炎が包み、それが一気に彼の髪まで燃やし出した。
「なっ……ぐわあああああ!」
「女だからって甘く見てんじゃねーよ!魔法開発もお前が思うより進んでるっつーわけ」
戦士は炎を払い落としながら歯ぎしりした。
「貴様……まさかこれほどの攻撃魔法を無詠唱で……!」
「あー?言われてみりゃそうだったな。詠唱忘れてた」
「……!?」
「まだごちゃごちゃ言うのか?てめーのセクハラにより、パーティは解散だ。依頼をどうするかはてめーで決めろ」
アリエルはそう言いながら杖を拾い上げ箒に跨ると、自動操縦ですいっとギルドに向かって飛び立つ。
戦士は空飛ぶアリエルを見上げながら、呆然と呟いた。
「なんだあの魔女……めちゃくちゃ強え……」
このようなおとり捜査を繰り返した結果、ギルドの利用者は半分にまで減った。
「本当にヤベーやつばっかりだったなぁ……」
それ以降アリエルはいくつものパーティに参加したが、セクハラが思いのほか蔓延しており、彼自身おとり捜査を繰り返すのは肉体的にも感情的にもきつい状況になって来ていた。同時に暴力や脅しに屈して来た魔女たちのことを我が身に置き換えて考えては、いたたまれない気持ちになる。
「まあいいじゃないか。段々ギルド内も平和になって来たし」
ギルド長は不届き者が減ってほくほく顔だ。アリエルは事務作業の傍ら、そんな上司の様子を横目に見て悪態をついた。
「けっ。人の気も知らねーで……」
しかし出会い目的の冒険者が減ったあたりで、新たな問題が始まってしまった。
名うての冒険者たちが、大挙してこのギルドに押し寄せる事態となってしまったのである。
「このギルドに〝最強の魔女〟がいるという噂があるのだが、本当か?」
清掃員の受付爺は「さあ」ととぼけるふりに勤しんでいたが、顔は焦りに震え、誤魔化し切れていない。ギルド長とアリエルはそれをこっそりと眺め、顔を見合わせた。
「うわ……〝冒険ガチ勢〟が魔道具を嗅ぎつけ始めたぞ?」
「まあ、あれは魔女学園が開発した未発売の最新鋭魔道具だったからなぁ」
「魔女の登録者はまだいないんですか?」
「残念ながらいない」
「魔女が集まるようになるまでは、どんなに優秀な野郎でも来ないで欲しいっすよ。俺もう、気力・体力の限界です」
「うーん……」
ギルド長はその時、名案を思い付いたように笑った。
「そうだ、戦わせればいい」
「?」
「女装したお前を奪い合って屈強な男たちが戦う……なかなかの絶景じゃないか?」
「……いやー、ギルド長って思った以上の変態だったんですね!見損なったなぁ!」
「話は最後まで聞け。優勝者にはその魔道具を買わせればいい。事情を説明し、魔女なんていませんでしたとネタバラシするのだ」
「俺がヘイト集めそうで嫌です……」
「私から説明するから大丈夫だ。全てはセクハラ野郎から端を発している。全てセクハラ野郎が悪い」
実はギルド長は最初から自分にあんなことやこんなことをさせて楽しんでいるだけではないか?と考えていたアリエルだったが、どうやらその通りだったようだ。
「ふん。いいぜ……ネタバラシも兼ねて、いっちょ最後に暴れてやるか……」
アリエルはやけくそになった。
「こんな上から下まで変態だらけのクソギルドには誰も近づかなければいいんだ!いやほんとに!」
「アリエル。本音は伏せろっ」
アリエルは器用なイラストレーション能力で、気合の入ったポスターを印刷した。
〝最強の魔女争奪戦☆参戦希望者はコロシアムに集合!〟
かくしてその日はやって来た。
コロシアムには人だかりが出来ていた。〝最強の魔女〟をひと目見たいという群衆と、彼女を仲間に引き入れたい冒険ガチ勢が集ったのである。
入念にオイルパックしたピンクブロンドをポニーテールにまとめ上げ、アリエルは魔道具を抱きながらコロシアム頂上から己を求めて集う男共を睥睨した。
「これが……俺を求める男共か……」
案外、気分は悪くなかった。
「ふふっ。殺し合えー☆」
「アリエル。本音は伏せろっ」
しかし、とアリエルは思い直す。
ガチ勢は面構えが違う。今まで散々セクハラをかまして来た男たちの目とは明らかに見ている先が違っていた。力を求める者の目は、アリエルを見上げる眼差しに一点の曇りもない。
アリエルは優越感にぞくぞくした。
(へー、能力を求められるってのも悪くないな……)
その屈強な男たちの中に、ひょろりと背の高い男が立っている。
(見慣れない奴がいるな……しかもヒョロガリじゃねーか)
黒い髪は短く切りそろえられ、なかなかの美男子である。群衆の女性たちは既に彼を発見し、熱いまなざしを送っている。
(誰が勝つか見物だな)
するとギルド長がアリエルの肘を小突いた。
「見慣れない奴ばっかりだな?」
「ああいう奴らがギルドに残ってくれればいいんですけどね。ま、今から騙しちゃうので全員去ることは確定ですが」
受付爺が、紙束を持ってやって来た。
「失礼致します。ギルド長、参加者の受付書類が揃いました」
「うむ。おい、アリエルも目を通せ」
アリエルは早速、例の美男子をチェックした。
「ふーん。カイ・シーラン。王立軍魔獣討伐隊に所属?スーパーエリートじゃん!」
「やべっ。王立軍を騙すことになっちまう……」
「うっせーわ。腹を決めろおっさん」
受付爺の説明が終り、屈強な男たちのアリエル争奪戦が開幕した!
早速、噂のカイ・シーランがやって来た。対戦相手は屈強な大男だが、風がたなびいたかと思うと、一瞬にして決着がつく。
カイが振り下ろす斜めの一閃。
その瞬間、血しぶきが地面を染めた。
アリエル含め、全員が目を疑った。剣の描いた軌道すら見えなかった。あの優男にどこにそんな力があるのか、早過ぎてまるで目で追えない。
一方のカイは、まるで何事もなかったかのようにその血濡れた剣を布で拭いている。アリエルはその違和感の正体に気がついた。
「……ん?剣から煙が……?」
なぜか剣から不自然な湯気が立っているのだ。ギルド長は「ほう」と呟いた。
「あいつ、何やら特殊な武器を持っているらしいな……」
「あいつもまさか、魔女学園から魔道具を?」
「可能性はある。だが王立軍所属だから、あれが魔道具にせよ、実力の方はお墨付きだろう」
「実力があるのに魔道具を?妙な男だな……」
カイは剣をしまうと、アリエルにいたずらっぽい視線を送って見せた。
アリエルは少したじろいだが、胸騒ぎがして頬を掻く。
「まさか……ね」
カイは順当に勝ち上がって来た。その剣の威力を見せつけるように軽快な勝ち方で。
カイがついにトーナメントを勝ち上がった時、その異様な強さに場内はざわめいていた。人間離れした攻撃に、その場にいた全員が奇妙な感覚を持ったのも無理はない。
アリエルは杖を抱えたまま、ギルド長と一緒にコロシアムの階段を下りて行く。
カイは剣を携え、ひざまずいてアリエルを迎えた。
近くで顔を見、アリエルは確信する。
「カイ……」
「お待ちしておりました、アリエル殿」
「あんた、女だろ」
それを聞いて、場内の女性たち数人が絶望の悲鳴を上げた。カイはにっこりと笑う。
「……バレてましたか」
「そんでその剣は、魔道具だ」
「はい。魔法効果を剣に付随させた魔法剣です。これを使えば男並みの筋力を要せずとも、スピードだけで彼らを打ち倒すことが可能です」
「ここへ何しに来た?魔道具のデモンストレーションか?」
カイは首を横に振る。
「結果としてはそうなってしまいましたが、あなたを訪ねた目的は違います。私はどうしても、あなたの力を借りなければならないのです」
アリエルは思ったのと違う反応が来て再び首をひねった。
すると業を煮やしたかのように、カイはアリエルの宙ぶらりんになっている片手をはっしと握って言う。
「アリエル殿、お願いがあります!私と一緒に……王立軍のセクハラを撲滅して下さいませんか!?」
アリエルは思わず上ずった声が出た。
「ふぁ?」
「噂は聞いています。あなたはギルドにおいて潜入捜査し、セクハラ加害者を次々追い出したのだと!」
「いや、これは仕事でやったのであって自発的なわけでは……」
「実は──我が王立軍も、現在セクハラ野郎のせいで運営の危機なのだ。私は王立軍セクハラ対策委員の一人」
「この国は上から下までセクハラ野郎しかいないのかよ!」
「先の大戦で、男だけで編成していたチームは大敗した。魔物の数も急増していて人手が足りない。これからは男女が協力し合う時代。魔力が腕力を凌駕するまでに増幅させられる技術はここでお見せした通りだ。男も女も同等の力を持つ社会で、君も私と一緒に……」
「待て待て」
アリエルは嫌な予感がして話を遮った。
「勘違いすんなよ」
カイはアリエルの手を握ったまま、きょとんとする。
「俺は──男だ」
一瞬の静寂の後。
カイはアリエルの手を振り払った。
「ぎゃー!変態!!」
「待て!これには事情が……!」
「うるさいっ。変態ポニテスリット男の事情なんて聞きたくないわ!」
「このスリットドレスはギルド長のお手製なんだ」
「いらぬ情報を……!触るな!殺す!」
その不毛な言い争いを見て、観客たちは囁き合った。
「あんなトチ狂った奴らが国のセクハラ対策委員なのかよ……」
「何かの間違いでセクハラ認定されたら、何されるか分かったもんじゃねーな」
「俺、別の国で傭兵やるわ」
「俺も」
その会話に耳をそばだて、ギルド長は深く頷いた。
「いいぞ……それでいい」
かくして、ある日を境にアリエルのギルドは魔女で溢れ返ることとなった。
あれからすぐにこのギルドは魔女専用となった。魔女学園があるのだから魔女専用ギルドがあっても確かに不思議ではない。むしろ今までなぜ誰も作ろうとしなかったのか疑問ですらある。
アリエルはギルドのマスコットと化し、女装をしたままギルドの受付嬢兼用心棒を続けている。彼はここで、女より可愛い男見たさにやって来る魔女たちを惹きつける撒き餌のような役割を果たしていた。アリエルはそんな自分を割と気に入っていた。女装の才能が女性に認められるのは素直に嬉しい。
ばたん、と扉が開き、再びカイがやって来た。
「久しぶりだなアリエル殿!早速の相談だが、魔女を王立軍に融通して貰いたい──」
「前にも王立軍の要望で募集かけたんだけど、脳筋たちのセクハラ激しかったらしいからみんな行きたくないんだってさ」
「……はー……」
カイは絶望のため息を吐きつつ、首を横に振った。
「……魔道具があれば男でも魔法の真似事は出来るのだが……やはり生まれつき魔力を有している女の全力魔法には劣るのだ」
「ここより給料出してくれるなら、俺、王立軍に潜入して捜査に加わってもいいけど?」
カイの目が、変態を見る目から助っ人を見る目に変わった。
「……本当か!?」
「女の子は本当に恐怖だろうからさ。俺の素性がバレてないようならセクハラ野郎を排除するのに使ってくれてもいいよ。まともに仕事をしている人間にとってはセクハラ野郎がいると、物事が進まなくて迷惑だろ」
「……かたじけない」
「カイは大丈夫なのか?セクハラ被害は」
「ん?ああ……そういう奴らは片っ端からブチのめして監獄送りにしてるんで大丈夫だ」
カイは例の魔法剣をニコニコ顔で撫でさすった。アリエルは納得の表情で微笑んで見せる。
「つまりセクハラ野郎は、力のある奴にはセクハラなんかしないんだよな」
「そうだ。相手を下に見ているからつけあがる。だから私は詠唱を省けるようにする魔道具や魔女の腕力を男並みに上げる魔法を開発し、デモンストレーションも兼ね、あえて目立つ場所で使用しているのだ」
「へー。そういうことか……」
カイは話を真面目に受け止めているアリエルを物珍しそうに見つめてから、赤くなって少しうなだれた。
「……あの日、君を変態と罵ったこと、許してくれ」
「別に何とも思っちゃいないよ。ところでこのフリフリエプロンもギルド長のお手製だ。カワイイだろ」
「……なぜそこまでアリエル殿は自分の可愛さにこだわるのだ?」
「そりゃ、自己満足だ。だからこそ、気まぐれに他人の自己満足を踏み潰しに来るセクハラ野郎が許せねー。カイもそうだろ?俺の女装を変態と罵ってたが、カイの鍛え上げられた筋肉や男装も自己満にしちゃ大概だぞ」
「……私も騎士のようにカッコよく振る舞いたいだけで軍に入ったのだ」
「それを邪魔されるのが嫌だからセクハラ対策委員やってんだ?なら、カイも変態じゃん」
「……ぐうのねも出ない。さかしらにしていたが、私も君と同類だった」
しかしその時、奇妙な沈黙がおとずれ──
本音をぶつけ合った女装男と男装女は、互いに健闘を讃え合うかのように同じタイミングで手を差し出した。
握手をするかと思いきや、互いの手のひらをバチンと叩き合う。
「……セクハラに変態をぶつけて行こうぜ!」
「こうなったらとことんやるか、変態を!」
お互いの変態性を完遂するためにセクハラを根絶することで、二人の意見は一致した。
ギルド長はその光景を事務室からそっと微笑ましく眺めてから、今日も裁縫に精を出す。
「今度はアオザイ風の衣装がいいかな……アリエルのすね毛も年々濃くなって来てるし……」
誰もが変態性を追求出来る社会を目指し、変態たちは明日もセクハラと戦い続ける。
お読みいただきありがとうございました!