いくら何でも、掘りすぎでしょう! でも、掘った!
書院の廊下を見て、士呂はあきれる。
「マリオ、よっぽど急いでたんだね。廊下にタイヤの跡がついてるよ……」
二人はタイヤの跡をたどって、奥へと進む。
「畳にもくっきり……。ボク、あとでお掃除するね」
60畳の和室には、床の間に向かって一直線にタイヤ痕が走っている。
「ダッシュで掛け軸につっこんだんだね……」
盛大に曲がった掛け軸を横にずらしながら、利人が口を開いた。
「ユダたちが何を探しているかなんて、簡単すぎる話だ」
壁には畳ほどの大きな穴が、ぽっかりと開いている。
「く、暗くて怖いんですけど……」
士呂がビビる。
「うちの先祖が作った逃げ道だ」
「利人のご先祖さまって、忍者だよね?」
「本業は僧侶だ。兼業で忍者をしていた」
「兼業忍者……。ねえねえ、兼業忍者ってコトバと、兼業農家って似てない?」
「『兼業』が同じだけだ。似てない」
「ボクんちは、忍者と農家の兼業」
「兼業農家の忍者」
「だから兼業忍者で、兼業農家なの」
「同じ意味だろ」
「そうなの?似てるんじゃなくて、同じなの?」
「言葉は違うが、意味は同じだ」
「そっか。ご先祖が忍者っていうのは、甲賀あるあるだもんね」
利人が穴に足を踏み入れた。ゴツゴツした岩肌がLEDライトで明るく照らされる。
「ご先祖様、ライトまで付けたの⁉」
「アホか。俺が設置したんだ」
ライトの下で、急な下り坂がまっすぐに伸びている。
「道が……長いんですけど。どこまで続いてるの?」
「行けばわかる」
2人は歩き出した。
「利人、なんか言った?」
「言ってない」
「なんか声が聞こえたんだけど?」
「気のせいだろ」
「ヘンだな……」
「ヘンなのは、お前の耳だ」
士呂が、通路にズラリと並んだオイル缶を指さす。
「コレ、なに?」
「草刈り機の燃料」
「草刈り機の燃料って、ほとんどガソリンでしょ?こんなところに置いといていいの?」
「いいから、進め」
しばらく進むと、下り坂は平地になった。白い袋がいくつも積み重ねられている。
「利人、コレなに?」
「塩化カルシウム」
「なんに使うの?」
「一般的には、道路の融雪剤」
「融雪剤って、雪を溶かすヤツ?こんなに重いの、道まで運ぶの⁉」
「運ばない」
「ここで使うの?」
「さあ」
「なんでごまかずのさ?」
「べつに」
「ほかの使い道があるの?」
「ないこともない」
「なんに使うのさ?」
「お前、うるさい。とっとと歩け」
数分後。
「利人、なんか言った?」
「またかよ。何も言ってない」
「ヘンだな?なんか声が聞こえた気がするんだけど……。ねえ、もうずいぶん歩いてるんだけど、まだ歩くの?」
「黙って歩け」
「ご先祖様、固い岩をこんなに長く掘るなんて、すごいね」
「先祖が掘った穴は、せいぜい10mだ」
「えっ⁉ボクたちが歩いたの、ずっと長いよね⁉」
「今1・6㎞」
「長っ!」
「短いとおもしろくないから、俺が長くした」
「手で掘ったの⁉」
「まさか。機械を使ってだ」
「それにしても、長すぎるでしょ……」
「このクソ田舎にスポーツジムは無いからな。運動したい時に掘っていたら、こうなった」
「いつから?」
「俺が8歳の頃から。重機を導入したのは、数年前だ」
「じゃあ9年も掘ってるんだ……。なんか、コワイよ……」
「重機は自分で買ったし、誰にも迷惑かけてない」
「いやいやいや!こんな長い穴、勝手に掘ったらダメでしょ⁉」
「国の許可は取っている」
「国の許可を取るより、スポーツジムを作ったほうが早かったんじゃないの?」
士呂の質問は無視して、利人は話す。
「マリオはこの道を、自転車で突っ走ってる。できればモノは、誰にも渡したくない。しかし持っていれば、敵に奪われる可能性がある」
「敵って、あのヘンな6人のこと?銃を持ってたって、本当?」
「ああ」
「なんでわかるの?」
「スーツの左脇に、シワが寄っていた」
「あの人たち、なんなの?」
「最初の5人は、ロシアの軍人あがりだ」
「どうしてわかるの?」
「ユダが現れたとき、とっさに敬礼をした」
「それだけでロシア軍とは、わからないんじゃない?」
「ユダが話していたのは、ロシア語だ」
「そうなの?」
「敬礼でアゴをユダに向けたし、手のひらが下を向いていた。ロシア軍の典型的な敬礼だ」
「軍人あがりって、軍人じゃないの?」
「ユダがにらんだら、あわてて敬礼をやめた。クセで反射的に敬礼したんだろう」
「ユダも軍人あがり?」
「ユダは違う」
「どうちがうの?」
「軍人とは、筋肉の付き方が違う」
「じゃあ、なんなの?」
「わからない」
「そもそも銃とか軍とか言ってる利人って、いったい何者なの?」
「俺は17歳の、いたいけな引きこもりだ」
「いたいけって、利人に一番似合わない言葉じゃないの?」
「いたいけは、もういい。マリオから、ずいぶんと話が逸れた」
「いたいけの意味から、話をそらしたいんだ?」
「俺は24時間、年中無休でいたいけだ」
「なんだか、いたいけの意味がわかんなくなってきた……」
「ゲシュタルト崩壊か。見なくても聞くだけで崩壊するとは、珍しいヤツだな」
「崩壊?なんのこと?」
「気にするな。話を戻す。アイツらが探していたことから、モノは物理的に実体があると仮定する。おそらくマリオが持ち歩いていただろう」
「ユダたちは、ソレを探してたんだよね」
「おそらく。マリオはダッシュで逃げた。わざわざ途中で立ち止まって隠すとは考えにくい。それにできれば自分で持っていたいだろう」
「そだね」
二人は歩き続ける。道はゆるやかな上り坂になった。
「……ここに大事な物がある。持ち歩けないが、奪われたくない。お前ならどうする?」
「……誰かにプレゼントするかなぁ~……」
「プレゼントして、どうするんだ」
「ちがうの?じゃあ……隠す?」
「そう。どこかに隠す。もし敵に捕まっても物が無ければ、交渉に持ち込める」
「いったい、どこに隠したんだろう?」
「そう。問題は、隠した場所だ」
「どこなの?」
「これ以上は、持っていくのが危険なところ」
しばらく進むと小型の重機があった。重機の向こうに上り階段が見える。階段は床から天井まであり、そこで道は終わっている。階段の横にはレインコートやカサが掛けられていて、床には工具箱がいくつも並び、雑然としている。
士呂が、重機を指さす。
「これで家からココまで掘ってきたの?」
「ああ」
「レインコートとかカサとか、たくさんあるね」
「出口だからだ。外出するのに、いろいろと必要だろ」
「???出口?でもココ、行き止まりだよ???」
「アホか。行き止まりだったら、逃げ道の意味がない」
利人が階段を上がり、天井を軽く押した。すると天井が横にスライドして外気が流れ込み、朱色の大きな柱が見えた。
「えっ⁉大鳥居っ⁉ここ、油日駅の近くなのっ⁉」
士呂が驚いている間に再び天井がスライドして、静かに外界と遮られた。
「……利人の家から大鳥居まで、掘っちゃったの?途中に櫟野川があるはずだけど?」
「俺たちは、川の真下を通ってきた」
「川の真下…………」
「まさか川の下に通路があるとは、誰も思わないだろ」
「思わないし、知りたくなかった……。これバレたら、めちゃくちゃ怒られるんじゃないの?」
「国の許可は、取ってる」
「国の許可って、そんなにカンタンに取れるものなの……?」