なんだか巻き込まれたらしい……。
利人が舌打ちをした。
「来るぞ」
士呂は子犬のように、プルプル震えながら問い返す。
「なにが来るのさっ⁉なんでボクが裸にされたのさっ⁉」
黒いスーツを着た屈強な男たちが5人、音もなく階段を駆け上ってきた。その動きは素早く、息切れひとつしていない。
士呂が怯える。
「だだだ、だれですかっ⁉」
ヒゲの男が利人に近づく。
「アノ男はドコへ行った⁉」ブルーの目で睨みつける。
「知らん」
利人は冷ややかに答える。
「知らナイはずはナイだろうっ⁉」
ヒゲ男はそう言うと、利人のボディチェックを始めた。
「ここは日本だ。お前みたいに拳銃は持ってない」
士呂がのけぞる。
「えっ⁉この外国の人、銃なんか持ってるのっ⁉」
利人は、ヒゲ男の手を振り払う。
「左脇。サイレンサーは嵩張るから、すぐにわかる」
「外国の人は、銃を持ってていいの⁉」
「いいわけあるか。違法所持だ」
ワシ鼻の男が、地面に横たわっている士呂に詰め寄る。
「オマエ、シラナイカ?」
士呂のパンツを脱がせにかかった。
「やめて~!」士呂が絶叫する。
「〇◇※△」
いつの間にか、6人目の男が立っていた。この男も金髪にスーツ姿だ。5人は飛び上がり、首を傾けて敬礼した。しかし男が軽くにらむとあわてて手を下げ、直立不動で固まった。
男は優しく士呂の手を取って立たせた。
「驚かせて、ごめんね」にっこり笑うと、紫色の瞳でウインクをした。
士呂が、ビビりながら聞く。
「おおお、おじさんは、だだだ、だれですか⁉」
男はショックを受けて、のけぞる。
「おじさん?もしかして、私のことですか?ひょっとして、『お兄さん』の間違いですよね?」
「おおお、おじさんは、お兄さんにしては、大人です……」
「……そうですか。まだ20代なのですが……」
男はガックリして、美しい瞳を閉じた。しかしなんとか立ち直ったらしく、目を開けるとニコリと笑った。
「私の名前は、そうですね……。ユダ、とでも呼んでください」
「ほんとの名前じゃないの?」
「私たちの業界で、本当の名前は使いません」
「どうして?」
「敵に殺されるから、ですよ」
ユダはそう答えると、口の端だけでニイっと笑った。
「一つ、お尋ねします。ユング博士から、何か預かってはいませんか?」
顔は笑っているが、紫色の目はまったく笑っていない。
「ユング博士?誰ですか?」
「今までここに、いらしたでしょう?」
「マリオのこと?なんにも預かってないです」
おびえた顔の士呂が答える。
「本当ですか?」
ユダは士呂の目の奥を、じっと覗き込む。
「どうしてボクが、ウソをつかないといけないの?」
まっすぐ返す視線を見て、ユダは納得したようだ。
「あなたには、訊いても無駄でしょうね」
背中越しに、利人に投げかける。
「わかっているなら、訊くな」
利人が答える。
ユダは金髪をかき上げた。
「私たちのお仕事を、邪魔しないでくださいね。これは、最終の警告です。二度目はありませんよ」そう言うと、踵を返して階段に向かった。お付きの5人が、あわてて後に続く。
車を急発進させる音が響き、静寂が戻ってきた。
「いったい、なんなの……???」
士呂は真ん丸な目で、男たちの消えた方向を見つめた。
利人はものすごい速さで、パソコンのキーボードを撫でている。厳密に言えば叩いているのだが、速すぎて撫でているようにしか見えない。
士呂は利人の服を借りて、裸族から文明人に戻ってきた。ベッドの上で体操座りをして、パソコンに向かう利人の背中を見ている。
「ねぇ利人」
「……」
「ねぇってば」
「……」
「さっきの人たち、いったい何だったの?」
「……」
「あの自転車、利人が大事にしてたヤツでしょ?ベンツより高いって言ってたよね」
「……」
答えはなく、利人の指先がキーボードの上でせわしなく動く。
「ねぇ……?」
「見つけた」
利人は、英語で書いてある画面を訳した。
「マリオ・マキシミリアン・ド・フルステンブルグ・ユング博士。西暦2000年、バチカン市国産まれ。AI(人工知能)と材料工学が専門。AIの研究で、ノーベル賞と、イグノーベル賞をダブル受賞」
「マリオ、ノーベル賞の人なのっ⁉」
「らしいな。日本には、ノーベル賞の記念講演で来たらしい」
「すごい!マリオ、何したの⁉」
「人工知能を使った元素の指向性進化法開発」
「それ、日本語?イミわかんないんだけど」
「日本語だ」
「どういう意味?」
「AIを使って人類初の方法で、元素の抽出を可能にしたらしい」
「それも、日本語?」
「ああ」
「やっぱりイミわかんない。わかんないけど、マリオってすごいね」
「そうだな」
「イグノーベル賞って、なに?」
「大真面目で、馬鹿げた研究に贈られる賞」
「それも、イミわかんないよ。どんな研究したの?」
「マリオは『広義なマンガにおけるAI(人工知能)キャラの萌え度数値化』という研究で受賞している」
「何の研究かわかんないけど、マリオがヲタクっていうことだけは、よくわかるよ……」
「ノーベル賞の受賞を受けて京都大学で講演した記録がある」
「京都大学!すごいね!」
「京都アニメーションに、表敬訪問……」
「ゼッタイ行きたい会社っていうのは、京都アニメだったんだ……」
利人は、めまぐるしく画面を変える。
「マリオは甲賀に、何をしに来たんだ?」
「櫟野寺と、飛び出しぼうやを見に来たって言ってた」
「見仏記……みうらじゅんと、いとうせいこう……」
「二人とも、ヲタクの神様だねぇ」
「神の二人が見て廻っているのは、仏だがな」
「どうしてマリオは、尾行とか盗聴されてたの?」
「知るか。俺には関係ない」
「関係ないことないよ!利人、なんでマリオを一人で行かせたのさっ⁉助けてあげればよかったのに!」
利人はイスを回転させて、士呂と向き合った。
「お前がいなかったら尾行に気づいた時点で、マリオを寺から叩きだす。俺に被害が及ぶ可能性を、排除するためだ。ヤツが善人か悪人かは、どうでもいい。だがお前が助けたいと言うだろうから、逃げる協力だけはした。俺の大事な愛車『ケメコ号』は無償提供だ。文句を言われる筋合いはない。逆に感謝してほしいくらいだ」
「『ケメコ号』?あのベンツより高い自転車、そういう名前なの?ベンツより高いって、いったいいくらするの?」
「金額じゃない。ケメコは唯一無二の存在だ。それを貸してやったんだ。泣いて感謝しろ」
「ケメコって、どういう意味さ?」
「北大路公子の略だ」
「だれ?それ」
「ググれ」
利人はため息をつく。
「大事なケメコを貸すなんて、どうかしていた」
「マリオは友達なの!友達は、助けたいの!」
「だから逃がしてやっただろ。これ以上は関わりたくない」
士呂は唇をとがらせる。
「……ナニかって、なにさ?」
「なんのことだ」
「怖い人たち、ナニか探してたよね?ボクのパンツの中まで探してたから、よっぽど大事なモノだよね?」
「知るか。もう関係ない。ケメコの無事を祈るばかりだ」
「ふうぅ~ん。わかんないって、認めたくないんだぁ~!そうだよねぇ~。利人くん、プライド高いもんね~!」
「は?」利人は、剣呑な表情を浮かべた。
「利人くんは、プライドが高いから~、逃がして・あげた・だけ!で、もう、十分!だよねぇ~?」
「お前、俺にケンカ売ってるのか?」
「べつにぃ~。ヘンな人たちのことだって怖いし、わかんないほうが幸せだよねぇぇぇぇぇぇ~?」
士呂はニヤニヤしながら、利人の肩をポンポンと叩く。
「もう十分だよねぇ~?わかんなくても、仕方ないよねぇぇぇぇ~?利人くんは、フツーの、17歳だもんねぇぇぇぇ~?」
「お前……!わからないんじゃなくて、関わり合いになりたくないだけだ。そこは間違えるな」
「またまたぁ~!でも気持ち、わかるよぅ~。誰でもわかんないなんて、認めたくないもんねぇぇぇぇ~?」
「わからないとは、言ってない」
「じゃ、どゆことさ?」
利人はため息をつくと、
「ついて来い」と言って、部屋から出て行った。
「やった!」
士呂の作戦勝ちである。