災いは、来るときは、来る。
マリオは楽しそうだ。
「お二人は、とっても仲良しさんですね☆」
利人がげんなりする。
「どこを見て、そう判断した?」
「二人とも、すごく楽しそうです☆」
「俺は楽しくない」
「またまた~☆」
がっくりする利人をよそに、マリオはご本尊を見上げる。
「利人さん、この仏サマは、頭のところにたくさん顔がありますね。顔でできた帽子ですか?」
「帽子では、ありません。観音菩薩は衆生を救うため、その時々に応じた仮の姿を現わします。頭の上に頂く十七面はその姿を表現したもので、化仏と呼ばれます」
「ケブツ……。顔のスペアですか?」
「スペア……。まあ、そういう解釈もできますね」
「どの顔も、メガネをかけていますね」
「よく言われます」
「昔の時代に、メガネはありましたか?」
「ありません」
「なぜ、メガネを掛けていますか?」
「わかりません」
「ナゾですね~☆」
士呂が得意げに言う。
「この観音様はね、今は木でできてるけど、昔はぜぇんぶ!金でできてたんだ!」
「金⁉ゴールドですか⁉それはアメージング!利人さん、ほんとうですか?」
「村に伝わる言い伝えで、かつては黄金の十七面観音だったと言われています」
「でも今は、ちがうですか?」
「ええ。かつて足利家が村に攻め入った際、黄金の観音が足利を撃退して村を救ったと言われています。その後、黄金の観音は姿を消しました」
「どこかにhide(隠れる)したのですか?」
「おそらく盗賊に盗まれたのでしょう」
「この木の観音様は、どこからいらしたのですか?」
「村人たちが、ご本尊を偲んで木で彫りました」
「ずいぶん古い像ですね」
「X線の解析によると、安土桃山時代の作だそうです」
「この観音様も素晴らしいですが、黄金の観音様にも会ってみたかったです」
士呂がうなずく。
「みんな探してるんだけど、どこにも見つからないんだ」
本堂の案内が終わり、3人は庭に出た。ガブリエルが全力で走ってきて、マリオに飛びついた。
「OH MY GOODNESS~!」マリオは悲鳴をあげながら、地面に押し倒される。
士呂が慌てて、ガブにしがみつく。
「ガブリエル!ダメだよ!利人、ガブをなんとかして!利人、利人ったら!」
しかし利人は士呂の声が聞こえないようで、じっと遠くを見ている。
マリオは地面を転がりながら、ガブリエルの熱烈な歓迎を受ける。
「ワタシはダイジョウブです!イッヌは大好きです!」
地面に転がるマリオと、のしかかるガブリエル。士呂は、その光景を見てつぶやく。
「どう見ても、ガブに襲われているようにしか見えないんだけど……」
ひとしきり熱烈な歓迎会があり、ようやく我にかえった利人に引っ立てられて、ガブは裏庭へ連行された。
戻ってきた利人は、なぜか黙ってスマホの画面を見せる。
(マリオ、尾行に気づいていますか?)
「えっ⁉尾行っ⁉どういうことっ⁉」
驚いた士呂が聞き返すと、利人は鬼の形相で士呂のみぞおちにパンチを繰り出した。
「ゴフッ!」
崩れ落ちる士呂の胸ぐらをつかんで利人は、声は出さず唇を動かして(喋るな)と警告する。
マリオは気まずそうな顔で、自分のスマホに入力する。
(尾行は、気のせいかと思っていました。なぜ尾行がわかりましたか?)
(マリオが来たとき、遠くに白いハイブリッドカーがいました。今は、寺の下に停車中です)
(だから利人さんは『一人で来たのか?』と訊いたのですか?)
利人はうなずく。
(さっきガブが飛びついてマリオが大声を出したときに、車の中にいる男たちが飛び上がりました。音声を拾っていると思われます。尾行や盗聴をされる理由はありますか?)
マリオは一瞬迷うそぶりを見せたが、指を動かした。
(理由はあります。2人に迷惑はかけたくない。ワタシは去ります)
二人のやり取りを見ていた士呂が、首を横にブンブン振る。
(ダメ!一人で逃げちゃダメ!あぶないよ!)
マリオにすがりつく士呂に、ふたたび利人のパンチが炸裂した。
「ゴフッ!」
崩れ落ちた士呂を仰向けに転がすと、利人は手早く学ランを脱がしにかかる。
(なっ⁉なにっ⁉やめてっ……!)
脱がされまいと抵抗する士呂を、あっという間にパンツ一枚にする。
利人は脱がせた士呂の学ランをマリオに押し付けると、口だけ動かして、
(着替えて)と言い、庫裏(自宅)へ走っていった。
利人はすぐに戻ってきた。何も入っていないバックパックと、ロードレース仕様の自転車を抱えている。普段はインドア派の利人だが、琵琶湖を一周する「ビワイチ」だけは例外だ。本格的なレース仕様の自転車に乗っている。
マリオの荷物を、持ってきたバックパックに入れ替える。
士呂はワケがわからずパンイチで地面に転がって、目を真ん丸にして見ている。
利人はマリオの服とバックパックのジッパーやボタンを指さし、声には出さず(これは発信機、こっちは盗聴器)と指し示した。その数は、合計17ヶ所にもおよんだ。
利人が、スマホに文字を入力する。
(デバイスは?)
スマホやノートパソコンによる、尾行や盗聴の可能性を示唆した。
(そっちのセキュリティは、ダイジョウブです☆)
士呂の学ランを着たマリオは、ニコニコ顔だ。緊急事態にも関わらず、学ランを着ることができたので、嬉しくて仕方ないらしい。
(時間がない。逃げてください)利人は庭の端にある、玄関戸を開け放した建物を指さした。
(あの書院に入ってください。床の間の掛け軸の裏に、抜け道があります)
「OH~……!さすがニンジャ……☆」
思わずマリオは声を出したが、あわてて口を閉じた。
(感謝します。もしワタシになにかあったら、あとはヨロシクです)
思わず士呂が声に出す。
「なにかって?」
マリオは問いに答えずニコリと笑うと、バックパックをひっつかんで、利人の自転車で走り去った。