出会うときは、出会う。クソ田舎でも。
「はあぁぁぁ。ダメとわかってたけど、やっぱり凹む……。父さんと母さんの謎がとけたのは、良かったけどさぁ~」
見事(?)7回目のバイト面接に落ちた士呂は、4両編成の草津線に乗り込みながらつぶやいた。席に座って、足をパタパタさせる。ふと見ると扉に、金髪の男性が張り付いていた。大きなリュックを背負ったまま座りもせず、外の風景をスマホで撮影している。
(座ったほうがラクなのに)
士呂の視線に気づかず、男性は目を輝かせて画面を見つめる。
(田んぼしかナイのに、撮影してる。バックパッカーの人かな?)
真っ青な空の下、小さな電車は二人を乗せて、緑の田んぼをトコトコ進んでゆく。
電車は、スピードを落としながら油日駅に進入した。扉に張り付いていた男性は、デニムのポケットから切符を取り出す。士呂は席を立つと、男性の後ろに立った。
電車は停止した。しかし、扉は開かない。外国人男性はとまどっている。
(田舎の電車は、ボタンを押さないとドアが開かないんですよ)心の中で士呂がつぶやく。士呂の念が通じたのか、男性は手を伸ばした。
(そうです。そのドア横のボタンを押すのです)士呂の心の声に応えるべく、男性は……、
ガシ!
扉に両手をかけると、力まかせに扉をこじ開けようとした!
「ちがぁ~うっ!」
士呂はあわてて、ボタンを押す。
「ボタンです!ボタンをプッシュです! 」
扉が開いた。
「Gratias tibi!」
男性はラテン語で礼を言うと、まばゆいグリーンの眼でニコリと笑い、電車を降りた。
「ど、どういたしまして……」どもりながら士呂も、男性の後から電車を降りる。
男性は喜々として、せまいホームの撮影を始めた。
(田舎の小さな駅が、珍しいのかな?)
電車を降りると、五歩で改札口だ。士呂は男性を横目に見ながら、改札を抜けた。
駅前は、今日も無人だ。士呂は駅舎から歩いて16歩の駐輪場に向かう。風で自転車が倒れて、10台ほどの自転車が将棋倒しになっている。その中に、士呂の自転車があった。
「今日はツイてないなぁ~」
自転車をガチャガチャいわせながら、一台ずつ立ててゆく。ハンドルがからまって苦労していると、後ろから白い手が伸びてきて、隣の自転車を押さえてくれた。さっきの外国人男性だろう。
「ありがとうございます。助かりま……!!」
振り向いてお礼を言いかけた士呂は、フリーズした。
「天使っ⁉」
目の前に、子猫くらいの大きさの女の子が浮いている!
「っっっっっ⁉」
小さなちいさな女の子はニッコリ笑って、背中の白い羽を揺らすと消えた。
「なにっっっっっ⁉」
士呂はボーゼンとした。思わずハンドルから手が離れ、自転車はガチャン!と倒れる。
「ouchie(痛い!)!」 男性が声をあげる。
「ごごご、ごめんなさい!こここ、ここにいま、天使がいませんでした?」
「テンシ? エンジェルですか?」
「いえ、なんでもないです! 気のせいです!」
「ダイジョウブですか?」 男性は心配そうに尋ねる。
「だだだ、大丈夫です!うえっ、あ、ありがとうございます!助かります!」
二人は協力して、士呂の自転車を救出した。
「ありがとうございました!」
士呂は、ぴょこんと頭を下げた。
男性はスマホを振りながら、目をキラキラさせる。
「どういたしまして☆おしゃしんしてもいいですかっ?」
「おしゃしん?あ!写真ですね?ボクの写真ですか?」
「そうです☆あなた、マンガコミックの『怒涛学園』みたいです!寝グセと学ランが、アンテナくんにそっくり!超Cool☆」
「あなたもドトラーですか⁉ ボクもドトラーです!」
「OH! 仲間です☆」
「ボクなんかでよかったら、いくらでもお写真してください!」
「ありがとう!アンテナくんの決めポーズ、お願いします!」
「こうですね!」
「メチャメチャイイです! アンテナくん、サイコー☆」
日中の油日駅前で、突如として始まる撮影会。しかし見ているのは、スズメだけだ。
士呂は、ポーズを決めながら言う。
「怒涛学園、大好きです! 新刊はもう読みましたか?」
「アホアホ大冒険でしょう⁉ まだなんです! ソッコーでポチりましたが、すでに売り切れでした」
「めっちゃおもしろいですよ!」
「早く読みたいです☆」
「怒涛学園のゲームはしてますか?」
「どとるっちですね⁉ やり込み中です!見てください!」
彼はTシャツの中から、ペンダント型のゲーム機を引っぱり出した。
「すごい! 白色のどとるっち! レア色です! 白色を見るのは初めてです!」
「エヘヘ☆ レベルは、10025まで行ってます☆」
「すごい!ボクまだ9014です」
「どとるっち、大好きです! 怒涛学園も大好き☆」
「ボクも大好きです! あ、そうだ!アンテナくんのアホアホ大冒険、ボクの友達が持っています。たのんだら、貸してくれるかもしれません」
「ぜひ、貸してもらいたいです☆」
「たのんでみますね~!」
数分後。
「ありがとうございました!おしゃしん、良い記念になりました☆」
「いえいえ♪ ボクもドトラー仲間に会えるとは、うれしいです!今日は観光ですか?」
「そうなのです☆」
「甲賀には、旅行で来たのですか?」
「日本には、仕事で来ました。やっと休みが取れました」
「それは良かったですね~」
「良かったです☆ ワタシ、飛び出しぼうやと、櫟野寺に会いたいです☆」
「ああ、それでこんな田舎に来たのですか」
「田舎、サイコーです☆ テクテクして、時間どれくらい必要ですか?」
「テクテク? 歩いてということですか?」
「そうです☆」
「距離は2㎞くらいです。歩くと、時間がかかるかも……」
「一秒でも早く会いたいです☆」
「そうだ!駅にレンタサイクルがありますよ! もし自転車を借りたら、ボクが案内します!」
「チャリで冒険!イイですね☆」
しばらく後。
「OH~! めっちゃキモチイイです! 控えめに言っても、最の高です☆」
2台の自転車が、古い街並みをゆく。
男性は目を大きくして、キョロキョロする。
「ここはステキですね☆」
「あはは! なんにもない田舎ですよ~!」
「なんにもアリます! 古いおうちがたくさん! 超Cool☆」
「ありがとう~!」
「二人で、町を貸し切りです☆」
「あはは! 田舎だもん! だれもいないだけですよ~!」
角を曲がると、唐突にデカイ鳥居が姿を現わした。
「うわっ! 家より大きいです☆」
「これはね~鳥居です」
「めっちゃ赤いですね☆」
「めっちゃ赤いです~!」
「なんで赤いですか?」
「鳥居は神様の通る道だから、わるいヤツが通れないようにするためって聞いてます」
「トリイ、超デカイです! 日本の神様、家よりデカイですね☆」
「うはは! 神様、家よりデカイんだ~♪」
二人は満面の笑みで鳥居を見上げながら、くぐり抜ける。
「ワオ! 田んぼですね! 近くで見るのは、はじめてです☆」
「甲賀町は、田んぼばっかですよ~」
「めっちゃキレイです☆」
青々とした田んぼの中を二人は進んでゆく。真正面には、こんもりとした那須ケ岳が見える。
「チャリンコも、トリイも田んぼも、サイコーです☆」
「よかった~!」
「教えてくれて、アリガトウです☆」
「どういたしまして♪」
「ワタシのおなまえは、マリオ・マキシミリアン・ド・フルステンブルグ・ユングといいます」
「え⁉ マリオ・マキ?????」
「おなまえ、すごく長いです。まるで寿限無みたい」
「寿限無と言えば、落語ですか? かなり日本に詳しいですね」
「日本の落語もマンガも、おもしろいです!ワタシのことは、マリオと呼んでください☆」
「マリオといえば……ゲームの……」 思わず士呂が笑う。
「もちろんマリオブラザーズも、大好きです☆」
「ボクも大好き! ボクは、朝日 士呂といいます」
「士呂さん! はじめましてです☆」
「マリオさんは、どこから来たのですか?」
「バチカン市国です」
「バチカン? 聞いたことはありますが、よく知りません」
「チビチビの小さな国です。国民は、全部で900人くらい」
「少なっ! ボクの住んでる甲賀町でも1万人はいます。バチカン、人数少ないですね!」
「国土がとっても狭いですから。国を一周するのに、1時間もかからないです☆」
「日本へは、なんのお仕事で来たんですか?」
「おしゃべりのお仕事です」
「おしゃべりの仕事? マリオさん、芸人さんですか?」
「芸人さんになれるほど、おもしろい者だったら良かったのにですよ!」
「いや充分、おもしろいですよww」
「ありがとうです! 日本に来たのは、報告? 発表? 日本語でなんと言うのでしょう? そういうお仕事です」
「そっか~」
「でも本当の目的は、櫟野寺と飛び出しぼうやに会うためです! そのために、この仕事を受けました☆ 京都でゼッタイ行きたかった会社もありましたが、ソコは行けました☆」
「よくわかんないけど、行きたい会社に行けて、良かったですね。櫟野寺と、飛び出しぼうやが好きということは『見仏記』が好き?」
「大正解です!『見仏記』を読んで、ゼッタイ日本に来ようと決めていました☆」
「ようこそ、ようこそ♪」
マリオが目を輝かせる。
「あっ!ついに飛び出しぼうやを発見です! 実際に見るのは、生まれて初めてです☆ 飛び出しぼうやさん、初めまして!おしゃしんしても、よいですか?」
看板の代わりに、士呂が答える。
「いいよ~♪」
「year! hoo! やった~! です☆」
マリオは自転車から降りるとスマホを取り出し、喜々として撮影を始めた。