嫌な予感しかしない。
テラが、ユダを見上げる。
「最後に言いたいことがあるの」
「なんですか?」
「秘密の話よ。アンタの他に、誰にも聞かせたくないわ。耳を貸して」
「こうですか?」
ユダはテラのほうに身体を傾けた。
テラが消え入りそうな声でささやく。
「……アタシが犠牲になるから、誰も殺さないで……」
そして大きく息を吸い込むと……、
「なぁんて、言うわけあるかアアアアアア!!!!!」
衝撃波が、ユダを直撃した。驚いたユダは、思わずテラを取り落とす。
「みんなのためにガマンすればなんてクソぬるい平和主義は、クソくらえよ!アタシもみんなも助かるために、とことんジタバタしてやるわよ!アンタたちも、ジタバタしなさいよ!」
「アーメン!」
利人は祈りの言葉を叫ぶと、地面に這いつくばってテラのチェーンをくわえた。大きく首を振って反動をつけて放すと、テラは沙羅の木の根元に落下した。
「誰もいないじゃない!なんでこんな大事な時に、外すのよっ⁉ヘタクソっ!」
体制を立て直したユダが言う。
「テラさんも利人さんも頑張りましたが、勝利の女神は微笑んでくれなかったようですね。とくに利人さん。仏教徒のあなたが神にまで祈ったのに、神はあなたを見放したようです」
「…………」
ユダは部下に目配せをした。メガネは頷いて、テラを回収するため樹に近づいた。突如、男は地面から姿を消した。
「っっっ⁉」
メガネが消えたことに動揺したワシ鼻の手が、一瞬ゆるんだ。その隙ができるのを待ちかまえていた士呂が、ワシ鼻に体当たりを喰らわせる。ワシ鼻は、メガネの後を追って、地面から消えた。二人は利人の掘った落とし穴に落ちたのだ。
ユダが感嘆する。
「まさか落とし穴があるとは!忍者とは、ずいぶんと用意周到な種族ですね!」
勢いづいたテラが叫ぶ。
「負け惜しみ言ってんじゃないわよ!敵はあと4人よ!」
ユダは、ため息をつく。
「何度も言わせないでください。大人の仕事の邪魔をする子どもは嫌いです。ヴァイキングは気が短いのですよ。テラさんと博士さえ手に入れば、利人さんと士呂さんは不要です。前もって警告はしておいたのですから、責めるならご自分を責めてください。私は利人さんを処分します」
ユダが坊主頭の部下に目配せをした。マリオの後ろにいた部下が、無表情で士呂のところへ行く。
マリオが嘆願する。
「なんでもします!なんでもしますから、2人は殺さないで!」
「どうぞ良い旅を」
ユダと部下が、銃を上げた向けた。
利人が叫んだ。
「伏せろ!」
どっか~ん!
大音響とともに、地面が揺れた。目がくらむ閃光と、爆風が襲ってくる。真っ黒な煙が立ち上り、真っ青な空めがけてどこまでも上ってゆく。鳥肌の立つような異臭が、鼻腔を刺激する。降ってきた土砂が、あたりを真っ暗にした。
部下たちは爆風を直撃して吹っ飛んだが、ユダはヒゲ男が盾の役目を果たしたせいで、ダメージを受けたようすもない。
ユダは、スーツに付いたホコリを払う。
「教えていただきましょうか。この爆発は、いったい何ですか?」
宙にのぼってゆく黒煙を見上げる。
「まるで黒いドラゴンのような煙です。利人さんは爆発が起きるのを知っていたようですね。利人さんの祈りがこの爆発を起こしたのですか?」
立ち上がりながら、利人が答える。
「まあな」
「どうやって?」
「………………俺の身体からスマホが離れると、保安装置が警戒モードになる。その後に90デシベル以上の音がすると、装置は起動する」
「さっき利人さんが士呂さんにキスしたのは、起動装置のためですか?てっきり犬を呼ぶためかと思っていましたが、本当の目的は士呂さんに90デシベル以上の大声を出させるためだった?」
「そうだ。あとは俺の声紋で『アーメン』という声を感知すると、爆発する」
「仕組みはわかりました。それで?この爆発を起こしたのは、爆弾ですか?この平和な日本で、爆弾が手に入るとは思えませんが」
「………………警戒モードになったら、地下道に川の水が流れ込む。川の水は地下道に置いてある融雪剤と混ざり、塩水ができる。塩水に照明の電気が通電して、電気分解が始まる。電気分解で、水素が発生する。水素は地下道に充満する。アーメンという言葉で火花が散って、水素爆発が起こる」
「なるほど。水素爆発ですか!しかし水素爆発で、あんなに黒煙が出るのは不思議です」
「………………水素爆発で、地下道に置いてある草刈り機の燃料に引火した」
「草刈り機の燃料ですか?」
「オイルとガソリンの混合物。クソ田舎の滋賀では、たいていの家に草刈り機がある。だから燃料も置いてある」
「黒煙の正体は、ガソリンですか!一見平和な滋賀県ですが、意外と危険なのですね!ご丁寧な解説を、ありがとうございました。利人さんは色々と工夫するのがお上手ですね!」
「お前に誉められてもても、嬉しくない」
「まあまあ、そう言わず。子どもは褒められてこそ、伸びるものです。たしかに寺のご子息である利人さんが日常会話で『アーメン』と発する機会はありませんね。呪文としては気が利いている。そもそもあなたからスマホを取り上げたのがこの結果とは、残念なかぎりです」
倒れていた部下たちが立ち上がった。落とし穴に落ちていた二人も、穴から這い上がってくる。
ユダは、にっこり笑う。
「振り出しに戻る、ですね。敵は4人から再び6人になりました」
「………………」
「それで?これからどう反撃するのですか?ここまで大掛かりな仕掛けを使ったのに、あなたがたの形勢はずいぶんと不利ですよ」
利人が悔しそうに言う。
「………………こんなはずじゃなかった………………」
「言い訳ですか?残念ですね。あなたはもう少し賢明な人だと思っていました。爆発は見事でしたが、その後にノープランというのは、いただけません」
「………………」
「私たちは仕事をしているのです。子どもに首を突っ込まれるのは、迷惑です。利人さんには、大人の邪魔をしてはいけないと学習してもらいましょう。残念ですが学習して頂いても、活用できる時間はありませんが」
士呂が弱々しい声で訊く。
「やっぱりボクたち、死ぬの?」
誰も答えない。