初めて二人の意見が一致する。
「あのね、ボクずっと考えてたんだけど……」
士呂は遠慮がちに言う。
「駐在所、マヨネーズとかケチャップでグチャグチャになって、爆発で屋根も飛んじゃったんだよね?おまわりさんに気の毒だよ?あんな台所じゃあ、お料理できないよ……」
利人が言う。
「貼り紙を見たろ。あの駐在所は老朽化が進んで、取り壊しが決定している。天井が無くなったら、新しい駐在所になる時期が早まる。予定より早く新しい台所で料理ができるようになるんだから、俺たちは結果的に良いことをした」
「そうかぁ~!早くキレイなおうちになるなら、イイコトしたねぇ~!」
簡単に言いくるめられる士呂。
ユダは、ニコニコする。
「士呂さんは、優しいですね。ご自分のことよりも、おまわりさんのことを心配している」
テラが言う。
「確かに士呂は優しいけど、アンタより優しい人間は、世界に78憶8千万人いるんだから」
ユダは首をかしげる。
「テラさん?現在の世界人口は、約78億7千5百万人ですよ?テラさんが言うほど、多くありません」
「もちろん知ってるわよ」
「テラさんの言った数字だと、私は人類でないことになりますけれど?」
「だからさっきからずっとそう言ってるでしょ!」
「……私は世界人口のランク外ですか!テラさんはそうおっしゃいますけれど、良いところもあるのですよ?」
士呂が尋ねる。
「ねぇ……ボクたち、どうなるの?」
ユダは、あくびをする。
「さぁ?どうなるのでしょうねぇ?できれば士呂さんと利人さんにご協力いただいた後は、穏便にご退場願いたいのですが……」
「ボクと利人の協力って、なにさ?」
「テラさんと博士が喜んで力を貸してくれるように、士呂さんから説得していただきたいですね」
「力を貸してくれなかったら、どうなるの?」
「みんなが、困った羽目になりますね」
「もし力を貸してくれても、いろいろと知ってるボクたちはジャマでしょ?」
「そんなこと、ありませんよ」
「……ボクたち、殺されちゃうの?おじさん、人を殺したことある?」
「お、おじさん……。私はまだ若いつもりですが……」
「ねぇ、答えて。おじさんは、人を殺したことがある?」
「それは素手ですか?それとも武器を持っている状態ですか?」
「素手か武器かって選択肢はあるけど、殺してないって選択肢はないんだ……」
「正直に答えるなら、どちらもイエスですが」
「どっちもあるんだ……」
しびれを切らしたテラが割って入った。
「ろくでなしのアンタは、アタシにろくでもないことさせたいんでしょ⁉いったい何をさせるつもりなのよっ⁉」
「そうですねぇ。情報集めのお手伝いをお願いしたいですねぇ」
「それって、ハッキングでしょ⁉犯罪じゃない!」
ユダが笑顔を浮かべる。
「アクセス権限のないネットワークに侵入したいという点を厳密に表現するなら、クラッキングですね。ただテラさんにクラッキングができるかは、疑わしい限りですが」
「うるっさいわよ!ロクでもないことさせようとしてるのは、同じじゃない!」テラが鼻を鳴らす。
「残念ながら世界中に、私たちへ不法な攻撃をする輩がたくさんいますから。テラさんにご協力を仰ぐのは、あくまでも自己防衛手段の一つです」
「ど~だか!どうせ利人と士呂でパパさんを脅したように、アタシをタネにいろんな国を脅すんでしょ?」
「おやおや?テラさんはずいぶんと、ご自分を高く買っていらっしゃるようですね?」
「はぁ?」
「テラさんで国を脅すなんて、そんな大それた事ができるのでしょうか?お言葉を返すようですけれど、テラさんにそこまでの能力は無いかと。あ、お気に触ったら謝罪しますww」
利人が警告する。
「テラ、しゃべるな。挑発だ」
しかし頭に血が上っているテラに、利人の警告は聞こえない。
「はあぁ~っ⁉アンタ、なに寝ぼけたこと言ってんのよっ!アタシはどんなネットワークにも侵入できるし、まったく痕跡を残さないのよ!誰にも気づかれずにシステムをダウンすることだって、カンタンなんだから!」
ユダの目の色が変わった。
「ほう!そうですか!博士はテラさんのことを『高性能のAI』としか教えてくださらなかったのですよ。テラさんの能力を活用できればと思っていましたが、まさかそこまでできるとは……!」
利人が横で、頭を抱える。
「お前、高性能のバカだろ?」
車が停まった。
外からドアを開けたのは、不機嫌な顔のヒゲ男とワシ鼻だ。髪の毛はチリチリに焼け焦げ、スーツは漂白されて斑になり、見るも無残な姿になっている。
車を降りた士呂が、目をパチクリさせる。
「あれ?ここ、利人んちだ」
ヒゲ男とワシ鼻はポケットから手錠を出すと、士呂と利人を後ろ手にして手錠をかけた。
ユダが言う。
「申し訳ありませんが、ここから先は手錠で拘束させていただきます。万が一の警察検問を考えて、移動中の拘束はしませんでした。いたいけな日本の少年に手錠をかけていたら、言い逃れできませんからね。しかし先ほどの爆発で、警察は駐在所に殺到しています。もし助けが来るとお考えでしたら、その希望は捨てたほうがよいかと」
利人は振り返り、自分の手錠を見ながら顔をしかめる。
「無線傍受か。盗聴は、お家芸らしいな」
「ヴァイキングだった先祖は物を略奪していましたが、現代に生きる私の宝物は情報です。先祖は生身の人間をさらっていましたが、私が欲しいのはAIのテラさんです。時代は移り変わるものですね。さあ、テラさんをお預かりしましょう。それから、利人さんと士呂さんのスマホも」
「イヤよ!2人のスマホは渡すけど、アタシは士呂から離れないんだから!」
利人があきれる。
「お前いったいどういう権限で、俺のスマホを渡そうとしてるんだ?」
「うるっさいっ!」
ワシ鼻とヒゲ男が手早く2人のスマホを回収して、テラに手を掛けた。
「だからアタシは、士呂と一緒にいるって言ってるでしょっ⁉アンタのその耳は、飾りなのっ⁉」
背後から声がした。
「テラの意思を尊重してください」
一同が振り向くと後ろ手に手錠をかけられ、3人の男に取り囲まれたマリオがいた。
「テヘっ☆捕まっちゃいました!」
テラが叫ぶ。
「パパさん~!会いたかった~!」
「テラちゃん~!ワタシも会いたかったよ~!みんな無事かい?」
「こっちは大丈夫~!」
「この状況の、いったいどこが大丈夫なんだ?」利人が不機嫌な顔でツッコむ。
マリオがしょんぼりする。
「ごめんなさい。ワタシのせいで迷惑かけて」
士呂はブンブン首を振る。。
「マリオは悪くないよ!悪いのは、この人たちだもん!」
テラは、マリオの顔をのぞきこむ。
「パパさん、乱暴なことされなかった?撃たれたりとかしてない?」
「大丈夫です」
「どこで捕まったの?」
「コンビニです」
「コンビニっ⁉どうしてコンビニっ⁉」
「このお寺から逃げ出して、甲賀駅に行きました。油日駅は近すぎて、すぐ見つかると思ったからです。甲賀駅に、ワザと自転車を放置しました。自転車があれば、この方たちはワタシが、電車で逃げると考えるでしょう?」
ユダが頷く(うなずく)。
「そうです。だから甲賀駅を見張っていました」
「でもホントは電車に乗ると見せかけて、テラを迎えに行くつもりでした。暗くなったら、闇にまぎれて」
「パパさん、アタシを迎えに来てくれるつもりだったの?」テラは、半泣きになる。
「テラは大事な愛しい娘ですからね☆暗くなるまで、お寺の近くで、待つつもりでした。長い時間待つことになるから、コンビニでトイレットしてから、お寺に行こうと……」
「そしたらコンビニで、待ち伏せされていたのね?」
「いいえ。どなたもいませんでした。もしすぐに店を出ていたら、捕まらなかったと思います。でも……」
「でも?」
「品切れだった、アホアホ大冒険のコミックがあったんです!嬉しくなって立ち読みしてたら、捕まっちゃった☆テヘっ☆」
利人は、深いため息をつく。
「命が危ない状況で、立ち読みの欲求に抗えないとは……。お前の父親は、死ぬほどバカだな」
テラが、げっそりした顔で頷く。
「反論したい気持ちはあるんだけど、今回に限ってはアンタとまったく同じ意見だわ」