フツーの生活。これが!?
※謝辞。
お読みいただいて、ありがとうございます。貴重なお時間を割いて読んでくださって、とてもとても感謝しています。(登場人物一同&作者より)
※お詫び。
このお話は、登場人物と作者がこよなく愛する実在のクソ田舎(誉めてる)の、のほほぉ~んとしたお話です。勇者も、妖精も、魔王も出てきません。転生とかファンタジーも、ありません。なんか、ごめん。
※ご注意1
お話の中に、なかなかの事象が出てきますけれど、けして真似しないでください。じゃないと死んじゃったり、顔が吹っ飛んだり、ロクなことになりませんから!
※ご注意2
このお話は、フィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係ありません。ありませんが、やたらと実在の人物、団体、施設などが出てきます。もしかしたらあなたは「本当の話なんじゃないか?」と、お考えになるかもしれません。しかし、フィクションです。どうかフィクションということにしておいてください。ええ、フィクションですとも!そうでないと目の玉が飛び出るくらい、叱られちゃいますから。フィクションということで、どうぞよろしくお願いします!たとえ本当の話だとしても。
ここは、クソ田舎。滋賀県甲賀市甲賀町。
学ラン男子高校生が、寺の本堂で泣いている。
「グスグス。十七面観音さま、萌香ちゃんから振られちゃいました。彼女のことはあきらめますから、なにとぞ7回目のバイト面接は受かりますように……!」
士呂は涙を拭いてご本尊に手を合わせると、ぺこりとお辞儀をして立ち上がった。
小高い山の中腹にある百夜寺からは、のどかに流れる櫟野川と、青々とした田んぼが一望できる。
「ほんと、なんにもナイところだよなぁ~」
まだ赤い目をした士呂がつぶやく横で、樹齢千年を超える沙羅の木が、おだやかに葉を揺らす。
「こんな田舎じゃ、彼女もバイトも見つからないよ……」
ため息をついて振り返ると、グレートデーンが襲いかかってきた!
「ワンワンワン!」
「ガブリエル!やめて~!ってかオマエお寺のワンコなのに、なんで天使の名前なの~っ⁉」
問いも空しくガブリエルの熱烈な歓迎で、士呂は地面に押し倒された。なんとか立ち上がったが、好き好き♡攻撃は止まらない。
「ちょっ!ガブ、危ないってば!」
大喜びのガブに飛びつかれて、派手にすっ転ぶ。
ガブは大きな耳をバタつかせ、しっぽをブンブン振りながら、士呂のまわりを跳ねまわっている。
「ガブ、ひどいよぅ~!」
士呂が半泣きで沙羅の樹のほうへ逃げ出そうと足を踏み出した瞬間、足元から地面が消えた。
「っっっ⁉うわああああっ~!!!」
絶叫しながら、士呂は大きな穴に落ちた。
落とし穴は深くて、出られる見込みはまったくない。ちゃっかり無事なガブリエルは、上からのぞきこんで心配そうに吠えている。
士呂は体操座りをして、穴の底で盛大にいじけ始めた。
「どうせボクなんか、落っこちる運命ですよ。バイトの面接には6回も落ちたし、萌香ちゃんにはフラれたし、テストは散々だったし、落とし穴にも落ちたし、どうせ今日のバイト面接も落ちて、来年は大学受験でも落ちるんですよ」
士呂がいじけていると、ガガガ……とキャタピラの駆動音がした。涙目の士呂が穴の中から見上げると、ショベルカーのアームが姿を見せる。背伸びをしてアームにつかまると、ショベルカーは静かに士呂を釣り上げた。
「お寺に、ショベルカー……。ぜんぜん似合わないんですけど……」
アームにぶら下がった士呂がつぶやく。
運転席に座った利人は、涼やかな顔で言った。
「士呂、そろそろ落とし穴に落ちるのはあきたらどうだ?」
士呂は釣り上げられた状態で、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「毎回まいかい落ちたくて、落っこちてるんじゃないのっ!利人こそ、あっちこっちに落とし穴掘るのやめてよ!」
利人はため息をついて言う。
「士呂は、わかってない。この穴は、鹿や猪を落とす穴だ。クソ田舎の寺には、必要不可欠。アイツらの好きにさせていたら庭も畑も食いつくされるし、本堂にまで上がりこんでくる。申し訳ないが、お前のために掘った穴じゃない。お前が落ちるたびに、助け出す俺の苦労もわかれ」
「ボクのための落とし穴なんて、いらないよっ!いくらなんでも、わざわざ重機で掘ることないだろ!クルマの免許も持ってないくせに!」
「17歳じゃ、運転免許の取得は無理だ。だが安心しろ。寺の敷地は公道じゃない。運転免許はいらん」
「ねぇ利人くん……。そろそろ地面に降ろしてくんないかな?ボク、腕がプルプルしてツライんだけど……」
「頑張れ。いま耐えることができれば、辛い受験戦争も乗り切れる。お前は、希望の大学に入れるだろう」
「ここ、がんばるところじゃないって……。うぁぁ、ムリ!ムリだってばぁ~っ!」
士呂はふたたび、落とし穴の中へ消えていった。
「コレ、ありがとう。おもしろかった!」
士呂はポリ袋に入れたコミック本(怒涛学園☆アンテナくんのアホアホ大冒険の巻)を、パソコンの横に置いた。
「前から気になってたんだが」
利人はゲーミングチェアに座り、士呂を見上げる。
「お前、この漫画の主人公に似てるって、学校でいじめられてないか?」
士呂は頭頂部の寝グセを手で押さえた。しかし強情な寝グセは、手を放すとピコンと立ち上がる。まるでアンテナのようだ。
「アンテナくんのこと? 寝グセと学ランだから? みんなからアンテナくんって呼ばれてるけど、いじめられたりはしてないよ」
言いながら利人のベッドに座ると、ご機嫌さんで足をパタパタさせた。
「それなら、いいが」
利人は、袋からマンガを取り出した。
「前もって袋に入れて持ってくるあたり、落とし穴に落ちる気まんまんだな。穴に落ちさえしなければ汚れないんだから、わざわざ袋に入れる必要もないんだぞ」
「アホか。落とし穴に落ちるかもなんて、ぜんぜん考えてないよ。チャリで傘はさせないでしょ? もし雨が降っても、マンガが濡れないようにだよ。バイトの面接が何時になるか、わかんなかったし」
「またバイトの面接に行くのか?」
「うん」
「何回目になるんだ?」
「今日で7回目」
「お前はバカみたいに素直だし、俺の下僕にしたいくらい働き者なのに、なんで採用されないんだ? バイトの面接に落ちるのが趣味なのか?」
「趣味じゃないよ! バカ素直とか下僕って、なんなのさっ⁉」
「素直で働き者だって、誉めてんだよ。何でそんなに落ちるんだ?」
「よくわかんない……。でも、ボクが原因じゃないみたい。面接でエライ人から『士呂くんのお父さんって、あの熊辰さん? 熊辰さんのお子さんなら、採用はちょっと……』って断られたことある」
「6回も不合格だった理由が、全部おやっさんのせいじゃないだろ?」
「そうなんだけど、母さんも関係あるみたい。他の面接で『士呂くん、採用だよ!いつから来られる?』って聞かれたのに、ボクの母さんの名前が『きや乃』ってわかった途端に『あのキャノンさんの息子さんっ⁉ ムリムリ!ゴメン!』って断られたこともある」
「キャノンさん? なんだよキャノンさんって?」
「母さんに聞いたら昔からのアダ名で、大砲って意味なんだって。きや乃と大砲だから、キャノン。でもなんでキャノンなのか、理由は教えてくれなかった」
「お前の両親って、何したんだ? なんで二人とも『あの』って定冠詞が付くんだ?」
「わかんない。子どもは知らなくてイイコトもあるって」
「謎だな」
「そだね」
「バイトの面接、何時からだ?」
「2時から。利人も一緒に面接受ける?」
「受けない」
「高校に行かないで、毎日なにしてるの?」
「いろいろ」
「なんで高校に行かないの?」
「言いたくない」
「バイトでもしたら?」
「金には困ってない」
「さっきのショベルカーも自分で買ったの?」
「そうだ」
「もしかしてガブのご飯も?」
「ドッグフードだけじゃない。予防接種もフィラリアの薬も」
「どうやってお金稼いでるの?」
「安心しろ。合法だ」
士呂がため息をつく。
「危ないことは、しちゃダメなんだからね」
「わかってる」
「将来はどうするの?大学には行くの?」
「気が向いたら、僧侶の大学に行く」
「お寺のムスコだから?」
「ああ」
「利人、神さまとか信じてないのに、お坊さんになるんだ?」
「アホか。俺は寺の跡取りだぞ。神は信じてないが仏のことは、信じてる。そしていつか、黄金の十七面観音を見つけだして、隣の櫟野寺を超える」
「それ、ムリでしょ。黄金の観音さまって、昔からたくさんの人が探してるのに、見つからないんでしょ?それに櫟野寺さんには、重要文化財の十一面観音さまがいるんだよ」
「それならうちの十七面観音に、国宝になってもらうまでだ。顔面の数では、こっちが勝ってる」
「そういうことじゃないでしょ」
「オリジナリティも、こっちが上だ」
「そりゃ、そうだけど」
「独創的なだけでなく、顔もカッコイイ」
「それは主観によるよ。あ、カッコイイで思い出した。萌香ちゃんが『カッコイイ利人くんによろしく♡』って」
「萌香? 誰だ?」
「おぼえてないのっ⁉ ボクらの中学校で、一番かわいかった子だよ!」
「おぼえてない」
「はぁぁぁぁ~。利人は前からそうだよ。こんなに失礼なヤツなのに、女子はキャッキャッ言うんだから」
「そろそろ面接だろ」
「はいはい。行ってきます」
「神のご加護があらんことを」
「利人、寺のムスコだろっ!神さま出して、どうするんだよ!」
「フォースと共に」
「宗教でさえなくなってるよ!」