表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第2話


   ***



 ドゴッ、ボカッと音が響く。

 腹を蹴られ、山田は壁際に吹っ飛んだ。


「ハァ、ハァ……あースッキリした」


 さんざん暴力を振るった後で、峯田は両手をぶらぶらさせた。


「峯田ぁ……。さすがにやりすぎじゃね?」


 壁に背中をつけて動かなくなった山田に、友人がびくついた顔になる。


「は? お前、逆らうのかよ」

「そ、そういうわけじゃないけどさ。問題になったらヤバいだろ」

「こいつにチクる度胸なんてあるわけねーよ。なぁ、山田くん?」


 動かなくなった体を軽く蹴り、峯田が嫌な顔で笑う。


「まあ、チクっても問題ないけど。あとでひどい目に遭うのはお前だしな」

「……チクらないよ、別に」


 その時、普通に山田が答えた。


「な、山田!?」

「気を失ってたんじゃねーのかよ。なんだよお前……」


 むくりと起き上がった山田に、彼らがぎょっとした顔になる。


「チクらないから、もう行っていい? 教室に戻らないといけないんだ」


 硬直した彼らの横で、山田は制服の汚れをはたく。よく見ると、その体には傷ひとつついていない。


「てめえ……ふざけやがって!」


 峯田が殴り掛かろうとした時、「こっちです!」と声がした。


「こっち、こっちです、早く!」

「お前ら、何してる!」


 厳しい事で有名な体育教師が駆け寄ってくる。

 彼らは「やべ」と呟くと、脱兎のごとく逃げ出した。その後ろを体育教師が追いかけていく。


「山田くん、大丈夫?」

「藤崎さん……」


 どうやら教師を連れてきてくれたのは彼女らしい。

 山田が無事だと知ると、ほっとした顔になる。


「間に合ってよかった。怪我、大丈夫?」

「平気だよ。ありがとう」


 彼女の息は上がり、額に汗がにじんでいる。

 自分が連れて行かれてすぐ、あちこち駆け回ってくれたのだろう。

 やっぱり彼女は天使だ。むしろ聖女かもしれない。


「……藤崎さんは、なんでそんなに俺のことを気にしてくれるの?」

「え?」


 びっくりした顔になったが、彼女は素直に教えてくれた。


「山田くん、いい人だもん。気になるよ」

「……それは、どういう」

「あ、って言ってもね? 変な意味じゃないよ? 助けたくなるだけ。だっていい人って、無条件で手を貸したくなるでしょう?」


 だからだよ、と。


 屈託なく笑う少女は、なんだか少しまぶしく見えた。


「……なるほど」


 ところでと山田は問いかけた。


「最近、何かいいことはあった?」

「え、なんで分かるの?」

「なんとなく」


 水を向けると、彼女は嬉しそうに話してくれた。

 なぜか青信号が続いたり、読みたかった本が偶然借りられたり、電車やバスで席が空いたり。


「ひとつひとつは小さいんだけど、すっごくツイてるの。まるで、魔法でもかけられたみたい」

「……そうだね」

「山田くんにもいいことがあるといいね。それじゃあ」


 手を振って去っていく彼女に、山田は背後から呟いた。


「……君に幸運がありますように、藤崎さん」



    ***



 教室に着いたのは午後四時ぎりぎりだった。


 いつも通り、不自然に人の姿はない。教室にいるのは山田ひとりだ。

 誰かに見られる危険はない。あとは時間を待つだけだ。

 その時、四時を知らせる時計が鳴った。



「……()()



 もう慣れたこの感覚。


 空気が渦を巻き、教室の中央に魔法陣のような模様が浮かび上がる。

 山田の体がふわりと浮き、魔法陣の中に吸い込まれた。


 周囲の色が目まぐるしく変わり、光の洪水が押し寄せる。

 太陽と星が浮かんでは消え、昼と夜が入り混じる。乗り物酔いをしそうなので、いつもは目を閉じている。

 空間を渡る時はいつも、ファンタジーだなと冷静に思う。


 次に目を開けた時、見慣れた世界は一変していた。




「おいでになられたぞ! 勇者ヤマダ様だ!」




 耳をつんざくような歓声が沸き上がる。


 きらきらした目でこちらを見つめる、人・人・人の数。

 その中には人間だけでなく、動物の耳を生やした者や、トカゲや蛇の顔をした者もいる。

 みんな簡素な服装だが、現代日本とはかけ離れている。


 その中でひとり、ひときわ美しい衣装を身にまとった少女が駆け寄ってきた。


「ヤマダ様! よくおいでくださいました」

「姫様……人前で抱き着くのはおやめくださいと、あれほど申し上げたはずですが」

「だってだってだって! 寂しかったのです。ヤマダ様は短時間で帰ってしまわれるし、次にお会いできるのは七日後なんて! 長すぎます、どうにかして!」


「それはあっちとこっちの時間がねじれてるからで、俺としては毎日放課後に来ているつもりなんですが……」

「それでも嫌なのです!」


 ぎゅうっとしがみつく美少女に、山田が困った顔になる。


 輝くような金髪に、深い湖のように澄んだ瞳。

 自分と同い年くらいだが、ここでの一年は数え方が違うので、生まれてから何日と数えた方が手っ取り早い。

 それを見ている者の中から、「やれやれ」と声がした。


「相変わらず、姫様はこらえ性がないですわね。ヤマダ殿が困っておられるではないですか」

「……オーレリア」

「わたくしなら、ヤマダ殿を困らせるような真似はいたしませんわ」


 赤毛に赤目、眼にも艶やかな甲冑を身にまとった美女が、色っぽい流し目を向けてくる。

 甲冑と言っても、急所を守る以外は素肌で、なまめかしいラインが強調されている。さりげなく胸を押しつけると、オーレリアと呼ばれた美女は微笑んだ。


「そんな子供体型の姫様ではなく、わたくしと将来を誓ってくださいません?」

「オーレリア、またそんな!」

「恋愛は早い者勝ちです。まして、魔王を倒した勇者ヤマダ殿でしたら、国中の女性が夢中ですわ」

「……いや俺はそんなつもりは」


「お二人とも、何をなさってるんですか」


 その時、氷のような声が周囲を凍てつかせた。


「またそんないやらしい恰好で! ヤマダさんもヤマダさんです。何鼻の下を伸ばしているんですか!」

「誤解です、エステラ」

「何が誤解ですか。どうせ私は色気もないし、胸だってない、しがない魔法使いですよ! ヤマダさんも私じゃなくて、そっちのお二人の方が好きなんでしょう!」


 泣きそうな顔で杖を振っているのは、これまた雰囲気の違う美女だった。

 透けるような銀髪に紫の瞳、たおやかな容姿はスミレのようだ。なんとも儚くて美しい。


「エステラの魔法授業には感謝してます。あと、色気は必要ありません。勇者の業務には不要なので」

「……そうなのですか?」

「はい、もちろん」


 彼女の涙が引っ込んだところで、「あー、来てたのヤマダ!」と元気な声がする。


「おかえり、いらっしゃい! げんきだった?」

「元気だよ、ピスト」


 飛びついてきたのは幼稚園くらいの少女だった。頭に獣の耳が生えている。


「会いたかった! ねえ、ピストおよめさんになれるくらいに大きくなった? ヤマダ年下好き? 獣人族好き? きょにゅう好き?」

「どこでそんな言葉を覚えてくるのか知らないけど、お嫁さんには小さいかな。年はどっちでも。獣人族は好きだよ。巨乳はノーコメント」

「じゃあもっと大きくなったら考えてね!」


 栗色の髪と瞳を持つ愛らしい少女は、ぐりぐりと頭を擦りつけた。



 ――勇者ヤマダ。



 この世界に初めて召喚された時、呼ばれた名前だ。


 魔法陣を囲む魔法使いと賢者、そして国王に、あなた様は勇者ですと宣言された。

 えぇー…と思って抵抗したが、帰る方法も手段もなく、仕方なく魔王を退治した。

 魔王は峯田にちょっと似ていて、性格も相応に悪かった。おかげで討伐には力が入った。


 ようやく魔王を倒すと、帰り道が現れた。

 それでお役御免だと思っていたら、ふたたび魔法陣が現れた。


 魔王を倒した勇者は、国を譲り受けるのが習わしだという。

 さすがにそれは勘弁してほしかったので、あれこれ協議を重ねた結果、毎日一回、放課後の三十分だけ異世界に行く事を承諾した。


 あちらでは三十分だが、こちらでは三日に相当する。


 だが、帰れば山田の時間は戻る。

 体感で言うと、ちょうど三日分の時間が巻き戻される感じだ。

 その割に、翌日こちらの世界に向かうと、七日の時が流れている。

 まあそんなものだと思う。異世界なので、深く考えてもしょうがない。


 進む時間が違うので、永遠に一緒にいる事はできない。

 だから山田はできる限り、この国のためになる事をしようと思った。


 本を持ってこられれば手っ取り早いが、そういうズルはできないらしい。一度やったが、本だけが元の世界に置かれていた。メモリやデータは言わずもがなだ。

 なので、この世界に知識を持ち込もうとした場合、とにかく自分が勉強するしかない。


「今日は人体の仕組みと、怪我や病気の手当てについて。こっちには獣人や竜人もいるから、全部同じだとは思わないでほしい。怪我の手当ても同様で、あくまでも知識の一環として、頭の隅にでも入れておいてください」

「分かってますよ、ヤマダさん」


 エステラと呼ばれた儚い美女が、力強く頷く。


「ヤマダさんのおかげで、この国はずいぶんよくなりました。天体、地学、堤防や運河、街や城の防御まで。異世界の知識はすごいですね。知らなかったことばかりです」

「あっちでは書物も充実してるし、ボタンひとつで検索がかけられるので、便利と言えば便利ですかね」

「本当に魔法のようですね。魔法使いがひとりもいないなんて、信じられない」

「科学って言うみたいですよ」


 俺も詳しくないんですがと言いながら、覚えた知識を書き留めていく。


 こちらの文字ではないが、互いに勉強した結果、ある程度の読み書きはできるようになっている。

 今回は図がメインなので、いつもよりも分かりやすい。


「ここが心臓で……こっちが腎臓。血液がここを通って、全身をめぐって帰ってくる……」

「回復魔法で一発ですが、こうしてみると不思議ですね。より理解が深まります」

「できれば死刑囚の解剖や、病気で亡くなった方の解剖を行えば、もっと正確なデータが取れます。昔はそうしていたみたいですよ」

「なるほど……。考えておきます」


 剣と魔法の世界でも、病人は出るし死人も出る。


 なまじ魔法が使える分、そうでない人間は力が弱い。勇者とはいえ、山田自身も魔法が使えるわけではなかったから、最初はものすごく苦労した。

 エステラによる特訓の結果、簡単な初期魔法だけは使えるようになったのだが、魔王討伐には役に立った。あれがなければ負けていたかもしれない。


「そういえば、エステラに教わった特殊魔法。あっちでも使えました。ありがとうございます」

「それはよかった。幸運の魔法ですよね」

「まさかあっちの世界で魔法が使えるとは思いませんでした。まあ、使うこともありませんけど」

「ヤマダさんの力なら、ほとんど自力で叶いそうですもんね」


 身体のダメージはほとんどない。

 魔王討伐に当たり、防御魔法を徹底的に習得したのだ。

 それだけでなく、地道な修行の成果も出た。峯田にやられたくらいではびくともしない。


 異世界と言われて戸惑ったが、慣れれば悪くない世界だった。

 この世界に暮らす人々が、幸せであってくれればと願う。


「……ヤマダさんは、いずれ異世界に定住するんですよね」

「そうですね、異世界人なので」

「こちらにいてくれるわけには……いえ、なんでもないです」


 首を振り、エステラは話を打ち切った。


「異世界の知識をすべて吸収したいと思います。ヤマダさん、今夜は寝かせませんよ」

お読みいただきありがとうございました。勇者ヤマダ。こっちの世界ではモテモテ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ