超越無双!! 一騎当千の八重ちゃん
ロボット物のSFに挑戦してみました。楽しんでもらえたら嬉しいです。
「応答せよ! 6時の方角から敵兵の機体出現。数はざっと100体!」
巨大ロボットの戦闘訓練中だった少女のヘッドセットにオペレーターからの緊急通信が届いた。
「オーケイ! だったら私が行く!」
少女は操縦する機体をくるりと反転させる。前方からは確かに100体ほどの機体がこちらに向かってきていた。
「ちょっと待ちなさい! あなた一人で行く気!?」
「ええ、あんなの私一人で十分よ!」
ここは隣接する大国に挟まれた小さな国。もうとっくに他国の侵略を許していてもおかしくはなかった。
未だに侵略を阻止できているのは1人の凄腕パイロットと1人の天才開発者がいるからだ。
少女はオペレーターの忠告を無視して敵兵機体に向かって突っ込んでいく――。
少女が帰還して真っ先に向かったのは開発室だった。
「失礼しまーす」
バツが悪そうに入室してきた少女に向かって、白衣を着た少年が睨みつける。
「てめえ……よくも俺の前にのこのことやって来れたな!!」
「だからそれを謝りに来たわけで……あわよくばー、ちゃちゃーっと直して欲しいかなあ……なんて」
「うるせえ!! 俺の大事な八重桜ちゃんをこんな風にしやがって、もう俺は金輪際お前の為には働かねーからな!!」
少年が指差す先、ガラス越しの向こうはピットになっていて、全身ズタボロの機体が眠っていた。
"八重桜" というのは少女が先ほどまで操縦していた機体の事だ。開発者である少年にとっては恋人であり娘のような存在であった。
「そこを何とか!」
少女が手を合わせる。
「無理。大体お前はいつもそうだ。一人で突っ込んでやりたい放題やりやがって、その度に俺が一体どんな思いで八重ちゃんを見送っていると――」
少年の長い説教が始まり少女は耳を塞ぐ。
周囲の開発者達はいつもの痴話げんかにニヤニヤしつつ業務の続きに取り掛かるのだった。
それからしばらくたったある日――。
「応答せよ! 6時の方角から敵兵の機体出現。数はざっと一十百……!? じゅ、10万よ!!」
少女のヘッドセットにオペレーターからの緊急通信が届いた。
少女はすぐさま開発室へ向かうと少年へ問い掛ける。
「今の聞いた? 八重桜の準備はできてる?」
「うるせえ! もうお前に八重ちゃんは使わせねーって言っただろーが!」
「今はそんなこと言ってる場合? 早く私が出ないと今度こそこの国は終わりよ!!」
再びオペレーターからの通信が届く。
「現在、自軍は押されいます。自軍の残り兵力は50%を切っています!」
少年は天を仰ぐ。
「もうこの国は終わりだ。そもそも今まで女一人で何とかなっていた事がそもそも奇跡だったんだ。見ただろ? あの敵兵機体の数を。お前が一人出て行って何とかなるレベルじゃねーよ」
「残り兵力は30%……20、10……もうだめです!」
「ああー! もう、いい加減にしなさい!!」
少女は少年の頬へビンタをお見舞いした。
「てめえ、何しやがる!!」
「私がいつ一人で戦ってるなんて言った!? 私はいつだって八重桜と……それからあなたと共に戦ってきた! 八重桜とあなたがいれば私は何だってできるし、何度だって勝ってみせる。ねえ……私を信じてよ!!」
少女の頬には涙が伝っていた。
「ああ? どの口が言ってんだ! サイコかてめえ。最初の方、読み返して来いよ!」
※"ええ、あんなの私一人で十分よ!" という部分の事である。
「あれは、そのう……そう、言葉の綾ってやつよ」
少年はため息を吐くと、壁の方向を指差す。
「もういい、好きにしろ。……鍵はあそこだ」
「ありがとう」
少女は八重桜を起動するための鍵を取って部屋を出た。
「八重桜、発進!!」
少女は機体で大空へ飛び出すと同時に目前の敵兵機体達を一気に切り倒す。
切られた機体は大破して直下の海へ落ちていく。
さらに八重桜は踊るような動きで攻撃を避けつつ確実に敵を仕留めていく。それはまさに機体の名前である八重の桜が華麗に舞い散るようであった。
しかし、次第に数に圧倒された八重桜は一つ……また一つと攻撃を食らっていく。
とうとう重い一撃を食らった八重桜の操縦席ではエマージェンシーを告げる警告音が鳴り響く。
少女も身体をどこかに打ち付けたようで、瀕死に近い状態だった。
オペレーターから通信が届く。
「どうしたの! 応答しなさい! 応答しなさい!」
「大丈夫……まだ八重桜は動く……でも、もう……」
少女は意識が朦朧としながらも答える。
「応答しなさい! 応答しなさい!」
どうやら少女の声はオペレータへ届いていないようだ。ヘッドセットの送信機能が損傷しているらしい。
「応答しなさい! 応答…………ちょっと借りるぞ」
その時、ヘッドセットの向こうの声が変わった。少年の声だった。
「聞こえてるか? こちらにお前の声は届かないが、俺の声は届いているとみなして話を続ける。いいか……八重桜に万が一の事があった時の為に切り札を用意した。操縦パネルの左端の赤いボタンを押せ」
「赤いボタン? これを……押せばいいの?」
少女はボタンを押す。
すると突如として八重桜が自動で動き始めた。
「半オートパイロット機能だ。敵の動きを感知し、攻撃を避ける動作は自動で行う。完全にオートとまではいかないが、お前の操縦スキルだったらこれで十分なはずだ」
「何よ……言って……くれるじゃない!」
少女は力を振り絞る。ここから八重桜の反撃が始まった。
ようやく敵兵機体を1000体ほど倒したが、徐々に相手のスピードが上回っていく。
今度こそ終わりかと思ったその時、またしても少年の声が届く。
「八重桜のスピードが落ちているようだ。こんな事もあろうかと、とっておきの秘策がある。操縦レバーのてっぺんにある小さなボタンを押せ」
「こんな所にボタンがあるなんて気づかなかった。これを押せばいいのね」
すると八重桜の周囲を囲むように半透明のシールドが現れた。
「八重桜の周囲に超真空フィールドを展開させた。理論上スピードは1000倍に跳ね上がるはずだ」
圧倒的なスピードで敵を翻弄する八重桜。
「凄い! まるで瞬間移動しているみたい……勝てる!!」
敵兵機体は残り100体程度。少女は勝利の見込みを感じ始めていた。
だがその思いも束の間、超真空フィールドに亀裂が入る。
八重桜の動きが徐々に鈍くなっていくと、とうとう痛恨の一撃を食らってしまう。
八重桜の片腕が落とされた。
「八重桜!!」
少女が叫ぶ。と、同時にまたしても通信が届く。
「聞こえるか……いや、それは野暮だったな。八重桜の片腕を落とされたのが見えた。だが落ち着け……最後の奥の手がある」
「え!? まだ何かあるの! 一体どんだけ盛り込んでるのよ。ってかもっと早く教えなさいよ!」
「操縦席にあるボタン全てを同時に押せ」
ボタンの数は全部で500個ジャスト。
「いやいやいや、こんだけあるボタンをどうやって同時に押せっていうのよ! ああーもう! これで……どうだ!!」
少女は身体全体を使って何とかボタンを押す。あられもない姿はご愛敬である。
すると、耳がおかしくなるような音と共に周囲の機体が静止する。
さらにその機体はただの鉄の塊になったように次々と落下していった。そしてとうとう最後の1体が直下の海へ消えていった。
「超電磁波動だ。これで周囲の機体は例外なく強制シャットダウンする。チェックメイトだ」
「なるほど、まさに奥の手ってやつね。……ん? ってことはもしかして……」
少女の思惑通り、八重桜の機能も全停止する。そして間も無く重力に従い始めた。
「ああぁぁぁあああ!! やっぱりー!!」
少女は悲鳴をあげた。またもや少年の声が届く。
「今頃悲鳴をあげている頃だろうが、まあ落ち着け。頭上から紐が垂れ下がっているはずだ。それを思いっきり引けばスペシャル奥義が発動する」
「スペシャル奥義!? なによそれ! 考えてもしょうがない! えーい、ままよ!!」
紐を引っ張ると、何やら良く分からないカラクリが起動し、操縦席の足元に自転車のペダルが出現した。
「こうなってしまっては流石の八重桜もただの鉄の塊だ。最後はお前の体力に掛かっている。必ず帰還しろ! 俺の八重ちゃんを大破させたら許さないからな」
通信が途絶えた。
「スペシャル奥義ってこれかよ! ざけんなチキショー!!」
少女は必死にペダルを漕ぐ。
やがて機体はゆらゆらと飛行し始めた。
「ふん、ふん……あの野郎、ふん、ふん……私とロボットの……どっちが大事だって、ふん、ふん、ふん……言うのよ……絶対一発……ふん、ふん……ぶん殴ってやるんだから!!」
少女は鼻息を荒くしながら気合でペダルを漕ぎ続ける。
夕日をバックに舞う八重桜はとても清々しく美しかった。