コーヒーを飲む速度
過去に書いてたものを放置していたので、投稿しました。
途中で視点が変わります。
「暑かったねぇ」
そう言って、私はアイスコーヒーを口に運んだ。コーヒーが減るにつれ、カランっと涼しげな音が鳴る。その向かいでは、大翔がホットコーヒーをゆっくりと啜っている。
ホットコーヒーなんて、暑くないのかな……
そう思っていると、大翔はコトンっとソーサーにカップを置き、私を見つめ呆れたように言った。
「寒かったよ。琴乃が厚着しすぎなんでしょ」
今日は東京で積雪の予報があるほど、寒い日だ。結局のところ大して積もることはなかったが、街中はなんだか人が少ないようだった。
そんな中、私と大翔は渋谷まで買い物に来ていた。雪も大したことないし、と街中をうろうろしていたのだが、歩き疲れてきたところでカフェで休憩をとることにしたのだ。
お店の中は暖かいし、それにあれだけ歩き回れば、暑くもなるわよ。
そう思いつつ、私は渇いた喉を潤すように、コーヒーを半分ほど飲みきった。
「最近は研究、どう?」
ふぅ、と一息ついたところで、大翔がそう尋ねてきた。その言葉に、私は思わず泣きそうな顔で大翔を見る。
「聞いてよー、実験の結果が想定と全然違っていて、悩んでるの。これから出てくる結果もあるから、まだ確実なことは言えないんだけど――」
私と大翔は都内の大学院に籍を置いている。
私が自分の研究について愚痴を言い始めると、大翔は嫌な顔1つせず、うん、うん、そっか、そっかと相槌を打ちながら聞き続けてくれた。こうやって時々話を聞いてくれることは、有り難いといつも思っている。
話を聞きながら、大翔は時折コーヒーを口にするが、その所作が私と違って優雅に見え、いつも感心してしまう。
「大翔はどうなの?」
私が一通り話し終わりすっきりすると、今度は大翔の話を聞こうと尋ねた。
「俺はまぁ順調かな。来月は学会に参加することになってるから、そのアブストとか、ポスターの作成に忙しかったくらい。琴乃と中々会えない方が俺には問題だね」
そう言って大翔が笑うと、私は思わず顔を赤らめた。恥ずかしくてどうしていいかわからず、手元にあるコーヒーのグラスをゆっくりと回す。カランカランと氷のぶつかる音が響く。すると今度はそれが気になってしまい、残りのコーヒーを一気に飲み干した。そしてそのまま氷だけになったグラスを手で持っているのも恥ずかしくなり、そっと机の上に置く。
相変わらず微笑んでいる大翔を見ると、私よりずっと大人だな、と思った。あまり愚痴を言うことがなく、私の話を聞いてくれる。懐が広い。
加えて、惜しげも無く気持ちを伝えてくれるのだ。その愛情を感じるたび、私は大翔を更に好きになっていく。
その後は、2人の近況を話しつつ、今後デートで行きたいスポットを言い合い、予定を立てた。1日遊べそうなのは、次は大翔が学会から帰ってきてからかぁ、なんて残念に思いながらも話に夢中になっていると、大翔がふと時計を見て言った。
「カフェに入ってから、もう2時間になるね」
えっと思い、大翔に時計を見せてもらう。驚いた。こんなに時間が経っているとは思っていなかったのだ。
「うわっ、もうこんな時間! どうりでお腹空いたと思ったよー」
「じゃあ何か食べて帰ろうか。いつものパスタはどう?」
そう言って大翔は少し残っていた冷めきったコーヒーを飲み干した。一方、私のグラスはもうすっかり氷が解けており、全て水になってしまっていた。
*
「暑かったねぇ」
そう言って、琴乃はアイスコーヒーを口に運んだ。コーヒーが減るにつれ、カランっと涼しげな音が鳴る。その向かいに座って、俺はホットコーヒーをゆっくりと啜っていた。
そんな琴乃の様子に、俺はコトンっとソーサーにカップを置くと、琴乃を見つめて呆れた調子で口を開いた。
「寒かったよ。琴乃が厚着しすぎなんでしょ」
今日は東京で積雪の予報があるほど、寒い日だ。結局のところ大して積もることはなかったが、街中はやっぱり人が少なかった。
そんな中、俺と琴乃は渋谷まで買い物に来ていた。雪も大したことないし、と街中をうろうろしていたのだが、琴乃が歩き疲れてきたところで、カフェで休憩をとることにしたのだ。
お店は暖かいけど、外にあれだけいたら冷えるだろうに……
そう思ったが、琴乃は本当に暑いのだろう、配分も考えず、どんどん飲み進めてしまい、もう半分まで飲みきっている。
「最近は研究、どう?」
琴乃が落ち着いた頃、そう尋ねる。琴乃は泣きそうな顔で俺を見た。
「聞いてよー、実験の結果が想定と全然違っていて、悩んでるの。これから出てくる結果もあるから、まだ確実なことは言えないんだけど――」
琴乃の愚痴のような長話に、俺はうん、うん、そっか、そっかと笑いながら相槌を打った。研究はどうかと聞くと、琴乃は堰を切ったように長々と話し続けるのだが、コロコロと表情の変わる琴乃の口から聞くのは楽しかった。
そしてその話を聞きながら、時折、コーヒーを少し口にする。まだ半分も無くなっていない。
「大翔はどうなの?」
琴乃が一通り話し終わると、今度は俺に尋ねてきた。
「俺はまぁ順調かな。来月は学会に参加することになってるから、そのアブストとか、ポスターの作成に忙しかったくらい。琴乃と中々会えない方が俺には問題だね」
そう言って笑うと、琴乃は顔を赤らめ、手元にあるコーヒーのグラスをゆっくりと回し始めた。カランカランと氷のぶつかる音が響く。そしてそのまま、残りのコーヒーを飲み干し、氷だけになったグラスを机の上に置いた。
これが琴乃の照れ隠しであることを、俺は知っている。付き合って3年ほど経つが、少しでも甘い言葉を告げると琴乃はいまだに恥じらい、目の前にある飲み物を手で回してから飲み干してしまう。これは最早琴乃の癖であり、これを見るとなんだか幸せな気持ちになれた。
その後は、2人の近況を話しつつ、今後デートで行きたいスポットを言い合い、予定を立てた。次は俺が学会から戻らないと、丸1日会うことはできなさそうだ。
そうやって話している間も、俺は少しずつコーヒーを口にしていく。そして、カフェに入ってから2時間が経過しようとしていた頃、そろそろいいかと思い琴乃に声をかけた。
「カフェに入ってから、もう2時間になるね」
もうそろそろ、琴乃はお腹が空いただろう。琴乃に時計を見せると、琴乃は驚いていた。
「うわっ、もうこんな時間! どうりでお腹空いたと思ったよー」
「じゃあ何か食べて帰ろうか。いつものパスタはどう?」
やっぱり。思った通りの反応に、つい口角が上がってしまう。
最後に少し残っていた、冷めきったコーヒーを飲み干した。一方、琴乃のグラスは氷が解け、全て水になってしまっている。
俺のコーヒーカップにコーヒーが残っていれば、もう出よう、と琴乃の方から言ってくることはない。だから俺は、コーヒーをゆっくりと飲む。もちろん、店内が空いている時だけだけれど。その方が、琴乃と長く向かい合って話していられるからだ。
だから大抵、琴乃のコーヒーの氷は、店を出るときには解けているのだ。
お読みいただきありがとうございました。
これはファンタジーです。