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領主の頼み

 



 ——侯爵家




「ギブルタス様、クレイスア準男爵より手紙が届いております」

「やっとか」


 執事から手紙を受け取ったギブルタスは、その中身を確認して愉快そうに喉を鳴らして笑った。


「随分と楽しそうだね。クレイスア準男爵は素直に従ったのかい?」


 ギブルタスの友人である男はソファーにもたれながら、優雅にグラスを傾けて口角を上げる。


「いや、断ってきたよ。これで面白くなってきたよ」

「全く君は弱いものいじめが好きだね。モンクレド子爵令嬢にしたって美人だけど欠陥がある。君が執着するほどでもないだろ?」

「そんなことはないさ。あの人形のような顔が僕の手で歪んでいくのを想像すれば、とてつもない興奮を覚えるのさ」


 友人は理解できないとばかりに両手を広げて見せた。


「で、どうするつもりだい?」

「今から兵を揃えて姫の救出に出かけるよ。人形令嬢も自分の無力さを知れば従順になるだろう。どうだ、一緒に来るかい? なんなら一晩くらい人形令嬢を貸しても構わないよ」

「いや、遠慮しておくよ」


 友人は片手を上げると「僕は帰るよ」と、部屋を出ていった。


「ふん。つれないやつだ。まぁ、いい」


 ギブルタスが部屋に備え付けられたベルを鳴らすと、すぐさま執事が駆けつける。


「ギブルタス様、御用でしょうか?」

「今から好戦的な兵を5,000人ほど集めろ。行き先はベイカル領の先、クレイスア領だ」

「かしこまりました」


 執事は命令を受け慌ただしく動き出した。


「もうすぐだよカティア。僕の足元に跪くのを楽しみにしてるよ」


 ギブルタスは手紙を破り捨て、未来を思い浮かべて高笑いするのだった。

















 ————————



「エトゥス様、領民達が広場に集まりました」

「分かった」


 ハングは領主からの話があると、領民に広場に来るよう知らせを出していた。

 エトゥスは隣にいるカティアと視線を合わせると確認するように頷く。


 広場には全員といえる領民が領主を待っており、エトゥスとカティアの登場に大きな歓声が響き渡る。

 何も知らない領民達は、カティア懐妊の報告だろうと思っていたからだ。


 広場の奥、少し高くなった舞台の上に領主夫妻が立つのは、婚礼の儀以来初めてのことだった。

 気の早い者は「おめでとう!」などと声を上げるが、その言葉にエトゥスとカティアの心は締め付けられる。

 きっと一人だったら耐えられなかっただろう。

 だが二人はお互いの震える手を握り合い、領民達を見渡した。


「皆、仕事の手を止めて集まってもらい、すまない。実は皆に話がある。期待しているものもいるだろうが、カティアの妊娠では……ない」


 予想の外れた領民達はざわめき立つ。


「先日、私のところに侯爵家より手紙が来た。その内容は……カティアを妾にするので離縁しろとのことだった」


 あまりに突飛な話に、誰も領主が何を言っているのかすぐには理解出来ない。

 ようやく領主夫人が奪われようとしてることに気付いた者から、怒りの声が飛び交い出す。


「私は――それを拒否した」

「いいぞー!」

「カティア様はこの領地に必要な人だ!」

「ありがとう。だが、事はそんなに簡単な問題じゃない。すぐに皆が楽しみにしている行商は止められるだろう。下手をすれば軍勢が攻めてくるかもしれない」


 喝采をあげていた声がピタリと止まった。


「この領地の何百倍もの力を持つ侯爵家だ。馬鹿げた話だと笑うかもしれないが、何千という兵が向けられるかもしれない。私情で皆を巻き込むことはすまないと思う。だが力を貸してほしい」


 エトゥスが頭を下げると、倣うようにカティアとハングが続いた。


「カティア様のために、俺たちの命をかけろってお願いか!」


 その大声にエトゥスの体が震える。

 カティアを差し出せば全てが丸く収まる。

 予想はしていたとはいえ、エトゥスは唇を噛み締めた。

 だが、その言葉はそのまま終わらなかった。


「水臭いこと言ってんじゃねぇよ。俺らの領主はエトゥス様だ。お願いじゃなく命令しろってんだ。俺たちはなぁ、あんたも、カティア様も大好きなんだからよぉ!」

「俺の親父が死んだ時、一緒に泣いてくれたのはエトゥス様だ。そんな領主どこにだっていやしねぇ!」

「うちのバカタレ亭主が怪我をした時、すぐに駆けつけて手伝ってくれたのはカティア様だよ。今度はこっちの番さ!」

「心配するなよカティア様! カティア様を奪おうって輩は俺が退治してやる!」


 一人の言葉が波及するかのように、領民達は口々に力を貸すと叫んだ。

 エトゥスは目から溢れ出ようとするものを必死に堪える。だが最初の涙がこぼれてしまうと、あとはもうとめどがなかった。

 くしゃくしゃになった顔を上げ、「ありがとう」ともう一度頭を下げる。

 カティアもまた顔を手で覆うと、何度も頭を下げるのだった。






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