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料理と酒と

 






 婚礼の準備が始まったとはいえ、外出禁止とされたカティアのすることなどさほどない。

 エトゥスも出来る限りカティアと話をする時間を作ってはいたが、領主としての仕事もある。


「もう外出禁止を解かれてはいかがですかな? すでに領民には知らせておりますし、かの者達もそう滅多に村には来ないでしょう」

「それはそうだが……やはり俺の口から話したい」


 悩むエトゥスを見てハングは小さく息を吐いた。


「早くお話しすれば良いものを。それではカティア様に料理を覚えて頂いては?」

「子爵令嬢に包丁を持たせるのか?」

「別に全てを押し付けるわけではありませんよ。カティア様も何かしていた方が気が紛れるでしょう」


 貴族社会において家事は使用人の仕事。

 貴族がそのような事をするのは美徳に反するとされている。

 貧しい領土などでは使用人が足りず、自ら家事を行う者もいるが、それは家の恥と考えられていた。

 クレイスア領は貧しい中でもトップクラスに入るだろう。それにエトゥスは自分を貴族だとは思っていない。

 しかし相手は価値観がまるで違う世界から来た子爵令嬢。下手にヘソを曲げられては困ると、エトゥスは気が進まなかった。


「話しはしてみるが少しでも嫌そうな顔をしたら引っ込めるからな。っと、カティアに嫌そうな顔もないか」

「顔に出ずともカティア様なら思いを言葉にしてくださりますよ」


 人形令嬢と呼ばれるだけあって、カティアの顔から心の内を知ることは出来ない。

 不思議なものであれだけよく口が回るのに、驚くほど顔に感情が現れない。

 何度も言い争ううちに、ようやくエトゥスはカティアの声で多少の判別がつくようになった程度だ。


 少し考えたエトゥスはカティアを執務室に呼び出した。


「私に料理を作れというのね?」

「無理にとは言わない。だが、この家は貧乏貴族だ。出来れば協力して欲しい」

「いいわ。エトゥスに都会の料理を食べさせてあげる」


 カティアは小さな胸を逸らせた。

 その態度に一抹の不安を覚えたエトゥスは、横に控えていたグレンダをチラと見た。


「グレンダ、カティアを手伝ってやってくれ」

「分かりました。さっ、カティア様。早速調理場の方へ向かいましょうか」


 カティアとグレンダが執務室を出てしばらくすると、やけに調理場の方が騒がしい。

 何かが盛大に落ちた音や、グレンダの叫び。

 エトゥスはコメカミを押さえて大きくため息を吐くのだった。





「これは……豪華な食事だな」


 エトゥスの顔が引きつる。

 夕食時にテーブルに並べられたのは様々な料理。

 その半数は料理と呼んでいいものなのか、焼け焦げていたり、おかしな色をしていたり、さらには鼻につくような異臭を漂わせていた。

 その料理を作ったのが誰かがはっきりと見て取れる。


「食べたいものを食べればいいわ」


 己自身でも感じているのだろう。カティアは顔をプイと逸らした。


「では好きなものを頂くとするよ」


 エトゥスが箸を伸ばしたのは黒焦げの塊だった。

 消し炭のようなそれには何やら緑色の液体がかけられており、エトゥスが口に運ぼうとすると雑草を潰した臭いが鼻を刺激する。

 一噛みすればザラザラとした食感と苦味が口に広がった。

 エトゥスは少し咳き込みながらも、なんとか喉の奥へと押し込んだ。


「……変わった……味だな」

「だから食べたいものを食べればいいでしょ。これは私が食べるわ」


 カティアはそう言ってエトゥスが食べた塊を口に運ぶが、一噛みするごとに目が少しづつ開かれていく。

 人形令嬢にしては珍しい反応。

 それを見たエトゥスは思わず空気が漏れるように笑った。


「不味い……わね」

「味覚が同じで安心した」

「何か言った? グレンダ、これを下げてくれる?」


 エトゥスは皿を下げようとしたグレンダを手で制した。


「別に下げるまでもない。ハング、たまには酒もいいだろう。これは良い酒のツマミになる。カティアもどうだ?」

「じゃあ少しだけ」


 カティアが少し視線を外すと、ハングは木の樽を両手で持ってくる。

 小さな椀に注がれた酒をグイと一息に飲むエトゥスを見て、カティアも小さな唇を椀につけると喉を鳴らして飲み込んだ。


「この地方の酒だ。果樹から作られているから甘みがあるが、その分飲みやすいだろ?」

「そうね。飲みすぎないように気をつけないといけないわね」


 表情を緩ませたエトゥスは酒を手に持ちつつ料理を箸で(ついば)んでいく。

 空気が和み酒が回り始めると、エトゥスはカティアに婚約破棄のことを聞きはじめた。


「そういえばカティアは侯爵子息を殴ったんだったな」

「あら、その話? 大して面白くもない話よ」


 カティアの顔も少し上気していたが、淡々とした声で話し出した。



 

 もともとカティアの美貌は噂になっており、モンクレド子爵家には山のように求婚の手紙が届いていた。

 だがモンクレド子爵はそのどれにも良い返事をしない。最も利になる相手を選ぶ為だ。

 貴族令嬢の旬など精々が20歳まで。

 それを越えれば行き遅れと噂される。

 ギリギリまで粘ろうとした矢先に送られてきたのが侯爵家からの手紙。

 モンクレド子爵は決断し、すぐに返事を(したた)めた。

 侯爵家の次男ギブルタスは美丈夫で頭が切れると評判であり、病弱と噂される兄の代わりに次期侯爵と言われていたからだ。


 婚約が決まると侯爵家は王国の重鎮達も招いた盛大な夜会を開いた。

 ギブルタスとカティアの顔合わせと、婚約発表を行う夜会。

 ギブルタスは優雅にカティアをエスコートし、集められた人々は口々に「王国で一番の美しい夫婦」だと祝福した。


 だが夜会にいたのは祝福するものだけではない。

 もともとギブルタスと婚約関係にあった伯爵令嬢が、ナイフを片手に二人に襲いかかる。

 怒り狂う伯爵令嬢の迫力に、ギブルタスは身を守ろうと――カティアを盾がわりに前に突き出した。

 伯爵令嬢は周りの衛兵に取り押さえられ怪我人は出なかったが、「怪我はないかい?」と肩に手を置いたギブルタスの鼻面に、カティアの拳がめり込んだ。

 鼻血を流して座り込むギブルタスをチラと見て、歩いて去っていくカティア。

 侯爵夫人は喚き立てた。

 婚約発表の場で、王国の重鎮達の前で顔に泥を塗られたと子爵家を酷く非難した。

 その非難をかわす為に、カティアはクレイスア領に島流しとなったのだった。




「ね、つまらない話でしょ?」

「つまらないというか……場を選んだ方が良かったんじゃないかと言いたくなる」


 カティアが殴ったのが夜会でなければ、ここまで大事(おおごと)にはならなかっただろうとエトゥスは思う。


「ちょうど良かったのよ。私を盾にするような男との結婚なんて無理だもの。だからエトゥスには安心してるの」

「えっ!?」

「だって貴方を殴っても誰も文句は言ってこないでしょ」

「はははは、殴られないように努力するよ」


 エトゥスは苦笑いを浮かべるしかないのだった。







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