抗うことを許さぬ力で
『夢の世界』
そう例えるしか無かった。
いや、そう答える以外では目の前の光景を飲み込めなかったが正しいか。
(敵ではない?)
王室に向かった無名剣士の視界に映ったのは完全には 理解できない世界だった。
美しい王室、姫と呼ぶにふさわしい少女、そして
黒いフードを羽織る人間(?)が少し。
何より意味不明なのは紫色の宙に浮かぶ六芒星の
模様だった。
(お伽話で聞いた「魔法使い」なのか?)
「近衛兵か」 「口を塞ごう」 「私がやる」
フードを羽織る物が口々に作業の段取りを決めるかのように言葉を使う。
(味方でもないようだ)
そう考えた瞬間、フードを羽織る『敵』の一人がこちらに歩いてきた。
「おやすみ、近衛兵殿」
そう声に出すと敵は右手をこちらに向けてきた。
瞬間
敵は左肩から右脇腹にかけて千切れた。
「どうした?」 「どうなってる!」 「何だあれは」
フードの者達は口々に言った。
答えは単純だった。ただ無名剣士が斬ったのだ。
無名剣士自身は知らなかったが、こんな話があった。
この時代、都市伝説よりも、古の神々よりも、
戦場に出た者達が何より恐れて物があった。
【轢殺王】
その者が通った道には命と、姿形が残らない。
戦場でその者の背中を見る事は叶わない。
まるで、戦車に轢かれ、形を保つ事叶わぬ。
風が過ぎ去るようにこちらに向う。
その者の剣の一振りで死を与えられる、
痛みを知る間もなく楽になれる。
かの者の名を知る命は無い。
語り継ぎ、還る命が無い。
故に無名、無名の剣士。
無名剣士は名を残さなかった、いや名を伝える人間が
残らなかった。
「ただの兵士ではない」 「騎士団長か」
「いや、今は英雄達と剣を交えている筈」 「誰だ?」
「全員で口を塞ぐ、全力でだ。」
(魔法は分からぬが、強いかと問われたら首を傾げる)
無名剣士は先程、敵が何かをするよりも先に
攻撃しただけだった。
無名剣士は油断はしなかったが
余裕は腐るほどあった。
「床を燃やすぞ」 「いや、奴の空間の酸素を消す」
「先に奴の動きを停止させる。その間にー」
無名剣士はほんの少し動いた敵から消した。
火だるまになる前に相手を肉塊に、酸素を奪われる前に敵の呼吸を止め、身体を束縛される前に相手の『時間』を停止した。
残り一人のフードの人もどきは言った。
「何者なのだ、まるで天災そのものだ!
我ら魔術使いをただ一人で?考えられぬ!」
(魔術使い?どこの国の者だ?)
無名剣士の疑問は尽きなかったが、
次の光景がそれを払拭する。
紫色の六芒星、それに人もどき、
そして敵国の姫が引き寄せられていく。
無名剣士は反射的に自身も六芒星に走った。
人もどきがたちまち腕から火を放つが、
剣士の鎧、ましては剣士には火の粉の様な物だった。
人もどきと姫が六芒星の中(?)に入る寸前、
剣士は人もどきの上顎と下顎をそれぞれ掴み、
そのまま引き裂き、両脚も掴み同じことをした。
肉塊の事を頭から追い出し姫の腕を掴み引き寄せる。
(何・・・だ・・・これは!?)
無名剣士が体験したことのない圧倒的は力で
姫と、そして自身が吸い込まれていく。
抵抗すらままならないまま、
二人は六芒星の中に入った。