旅の始まり
組み伏せられた男は、ずぶ濡れになりながらも抵抗を続けていた。しかし、まるで電池の切れたおもちゃのように、その動きは次第に大人しいものとなっていった。
「小僧、こいつの目を見るんだ」
覗き込むと、どろりとしていた目に焦点が戻っているのが分かった。
「正気に戻ったのか」
今まで何をしていたんだろうと言わんばかりの、呆けたような表情。ついさっきまでのケダモノじみた様子が、嘘のようだった。
「これが『呪い』だ」
身を起こしながら兄貴が言った。
暴れていた男が連行されて行くのを横目で見ながら、彼は続けた。
「ところで、昨夜一緒に居た、あの異教の僧侶は?」
「今回は呼んでおらんのじゃ。厄介ごとを押しつけてしまったしのう」
リーダーが言う。確かに、行き場のない少女を引き取るというのは、人生が大きく変わるような重大な出来事だ。
「召喚には慎重になろうと思ったのじゃ」
「なるほど。しかし、呪いに対抗するにはうってつけだと思ったのだがな」
「わしら三人で十分じゃ」
「そうか、だが無理はするな」
兄が妹に言った。
「小僧、これを持って行け」
グッと差し出されたのは鞘のついた短剣だった。
「仲間を守れ、とは言わん。だが自分の身は自分で守るのだ」
「は、はい」
受け取った短剣は、見た目以上に重かった。
数分の後、おれ達三人は、隣町へと続く街道を歩いていた。話によると、元いた街から半日ほど歩くという。
ガシャガシャという瓶どうしが当たる音。
「割れないように、そっと歩くのじゃ」
「くっ、けっこう重い」
背中に背負った木箱の重みが、両肩にのしかかる。
「……頑張れ少年……」
なんか、思ってた「冒険」と違うぞ……
「たとえば、おれ一人残って、リーダーの召喚で呼びだすとか出来ないかな?そうすれば運ぶ手間が省けるし」
ある種のワープだ。良いアイデアだと思うんだが。
「召喚は帰るまでがワンセットなのじゃ。つまり、召喚されっぱなしの者をさらに呼び出すのは不可能じゃ」
そういうのがあるのか。まあ、誰でも思いつきそうなアイデアだし、リーダーも折り込み済みだったんだろう……
「しかし、お主なかなか冴えとるのう」
あっ、思いついてなかったっぽい。