28 水汲み水車(ノーリア)の完成 2
シリアの水汲み水車。回っている動画です。
無事を祈っていますが、今も回っているんでしょうか。回っていて欲しいものです。お会いした方々の無事を祈って。
Twitterに貼り付けました。
https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1281798931723108352
街から出て、川に向かってしずしずと進む台車を脇から追い越して、川から分流された水路にたどり着く。
もう、熱狂した人達の群れが口々に叫んでいて、隣りにいるルーとの会話もままならない。
みんなして畑には踏み込まないように気をつけているけど、この道路も実は前の半分の太さしかない。これは、頭の上を石の水路が街まで通っているからだ。
そのせいで、ますます野次馬の人口密度が高い。
水路と一体化した、石の水汲み水車の設置架台の上には、シュッテさんと石工さん達が待機していた。
王宮の衛兵の先導で王様がやってきて、用意された場所に座る。
衛兵さん達は一部は王様の護衛に残ったけど、残りは水汲み水車の設置エリアに入り込んだ野次馬を追い出しにかかった。
待つほどもなく、水車がしずしずとやってきた。
野次馬たちの熱狂は最高潮。
浅瀬を回り込んだんだろうけど、ネヒール川の対岸にも野次馬が群れて、やはり口々に何かを叫んでいる。
ふっと思ったんだけど、観覧車作ったらこの人達、銀貨1枚とか払っても乗ってくれるかも知れないな。せっかく作った台車なんだし、第二の人生があってもいいよね。遊園地だよ。
そんな不純なことを思ってしまうほどの、熱狂ぶりなんだよ。
横からルーが、叫ぶように声を張っているのが聞こえた。
「『始元の大魔導師』様。
『始元の大魔導師』様の部屋で見た、あの水車が実現します!」
「うん。
あの動画からこれは始まったんだ!」
「実際にあの水車が回って水を汲み上げだしたら、私、泣いちゃうかも知れません」
「俺もだ。
ルー、ありがとう!」
「お礼を言うのは私の方です!」
Y○u Tubeで見た動画を真似ただけでも、ルーは、それに意味があると言ってくれた。
実際に、その真似がこの世界を救う。
そして、真似るために、俺とハヤットさんは死にかけたんだ。
少しは誇ってもいいよね。
オリジナルへの尊敬を忘れていなければ、さ。
水車の設置架台の上流側に、台車が着いた。
台車の車輪の片側が、水路を跨ぐのに一瞬大騒ぎだったけど、水路を埋めた石材の上を問題なく通り過ぎた。
この石材は、2つめの水車の設置が終わったら、それにバケツを取り付けている間に水路から取り出される予定だ。
台車の進行方向、前車輪が下がり、固定され、その上でさらに全体が引っ張られた。
三角形の台座の後輪側が持ち上がって、架台に水車の回転軸を受け渡した。
このために、水車架台の高さと台車の高さを、エモーリさんとシュッテさんがいやっていうほど確認を繰り返していたのを俺は知っている。
水車本体が、ゆっくりゆっくり、自重でなだらかな架台の上を転がっていく。
1つ目の水車の軸受は、石で平らに塞いである。だから、その軸受部分の上をそのまま水車の軸は転がり過ぎて、下流側の軸受に落ちた。
そして、そのままその場でゆっくりと、半周くらい回って止まった。
野次馬の歓声は最高潮だ。
その中を、台車がものすごいスピードで引き返していく。数十人で台車を抱えあげて走っているんだから、凄いとしか言いようがない。
みんな興奮状態なんだ。
エモーリさんが、「落ち着け!」って叫びながら後を追っていった。
水車の軸も架台の軸受も、この世界の建築石材の中で一番硬い石でできている。
そして、共に石工さん達が昼夜を徹して磨き上げた、つるんつるんの滑らかさを誇っている。これが濡れて滑るようになれば、さらに摩擦が減るはずだし、軸と軸受の摩滅も防げる。
でも、今は不用意に回らないように、ゴムの楔を打ち込んで固定をして、バケツの取り付けが始まっている。
バケツの数は、1つの水車あたり90個。1つのバケツあたり、2〜3リットルは汲める。で、2分で一周すれば、1分で90リットルから100リットルという当初の計画目的が満たせる。で、これが2つで、5分で1トンだ。
日に300トンの水が多いか少ないかは、俺に直接には判らない。でも、タットリさん達が革袋に汲んで、その背中で運ぶ量が減ることを考えれば、300トンは膨大だよね。
30分と掛からずバケツの取り付けは終わり、ゴムの楔が取り除かれた。
2つ目の水車用の軸受も、塞いでいた石が取り除かれて準備が整っている。
ちょっと手持ち無沙汰な間が空いた。
そこに、衛兵さんが、俺とルーを呼びに来た。
王様が待っているって。で、一緒に2つ目の水車の設置と、回転の開始を見ようって。
街の民の前に出る時は、王様は王冠をかぶる。
で、プレ○ターみたいになる。
でも、声はケロ□軍曹だ。笑っちまいそうになって困るのは判っているけど、断れないよね。
王様の前にたどり着いて、右手を胸に当てて礼をする。
今日はたくさんの人達が見ているから、礼はきちんとしないとだ。
王様に促されて、用意された石の椅子に座る。
ま、この石は、水に浮くくらい軽いやつだけど、一瞬驚くよね。こんな石塊、座るためだけに持ってきたのかって。
手招きされて、ルーが王様となにか話している。
なんか、すごく嬉しそうに話をしているので、何の話をしているのかなって思う。
2回目ってのは、どんなもんでも習熟して速くなる。
ちょっと大胆かなってスピードで、2つ目の水車が運ばれてきた。
エモーリさんが声を枯らして、バランスを取る指示を出している。
屋根の上の担当も、旗をぶんぶん振って、バランス取りの指示を出している。で、自分の受け持ちエリアを通り過ぎると、すぐに屋根から降りてこちらに走ってくる。
ちょっと食堂のオヤジが可哀相だけど、もうそこのテーブルに座っている奴なんか絶対にいない。いや、食堂のオヤジ自身がこっちに来ているだろうな。
2つ目の水車を載せた台車が、架台前に固定された。
そして、さっきと同じ手順で、台車が傾けられる。
ゆっくりと水車が転がり、軸が軸受に転がり込んだ。
野次馬の間から、物凄い拍手の渦が湧いた。
その中で、軸と軸受の間にまたゴムの楔が打ち込まれ、バケツの取り付けが始まる。
同時に、台車が片付けられ、水路を埋めていた台車の通路となった石が取り除かれていく。
さらに、台車の前輪用の、架台受け渡し用のくぼみも埋められた。
だれもかれも興奮状態で、その熱気の中でさっきよりも短い時間でバケツの取り付けが終わった。
職人さん達が全員架台から降りる。
残ったのは、シュッテさんとエモーリさん。
そこで、なぜか、野次馬が静まり返った。
「ルー、なんであの2人、降りてこないの?」
ひそひそと、横にいるルーに聞く。
「……失敗して、水車が崩壊したら、一緒に死ぬためでしょう」
「ちょっ、えっ、マジか。
で、みんな静かになったの?」
「そうです。
実際に動いている水汲み水車がある以上、そしてその部材の入手にダーカスが国として頑張っていて、『始元の大魔導師』様までが命を賭けてリバータと戦った以上、失敗したらそれ以外に詫びようがないって思っているでしょう」
……焦燥感。
なんか、俺、俺を抱えあげてダッシュした、ハヤットさんの気持ちが解った気がした。
「ルー、ごめんな」
俺、そう言って走り出していた。
あの2人を見殺しにできるわけ無いじゃん。
シュッテさんとの付き合いはまだそう深くないけど、エモーリさんとは円形施設の機能の自動化のための蓄波動機まで含めて、一緒にいる時間が長かった。
これからの円形施設の機能の完全自動化だって、エモーリさんがいなきゃできないよ。
俺の発案した装置を作った人が、しかも、この世界でできた友人が死ぬなんて冗談じゃない。
石組みをよじ登って、走って、またよじ登って、エモーリさんの横に立つ。
この位置、隨分と高いね。
野次馬たちの顔が、全員よく見える。
遠くには、校長先生の顔も見えた。
息が切れているけど、見上げてくる全員の視線が痛い。
でも、俺も、飛び出してきちゃったけど、覚悟はあるつもりではいる。
無言で片腕を挙げてみせると、野次馬達がぱらぱらと、そして最後はみんなで、無言で片手を挙げてくれた。
そか、みんなと覚悟を共有できたのかな、俺。
「『始元の大魔導師』様。
ダメです。お戻りください!」
エモーリさんが言うのにかぶせる。
「一番眺めのいいところを、シュッテさんと独占するなんて許せません。
私は降りませんよ。
さっさと水門を開けましょう!」
「そうです!
水門を早く開けて、みんなに見せてあげましょうよ!」
げっ、ルー!
なんで付いてきたよ!?
俺の表情を読んだのだろう。
俺が口を開きかけるのに先じて、ルーが言う。
「どこまでも、お供するって言ったでしょう?」
シュッテさんも含めて、4人で視線が忙しく交差する。
中止はできない。
「降りろ」、「降りない」で議論もしていられない。
結論は、やろう、と。
そうだ。
やろう!
そして、シュッテさんの手が上がった。
石工さん達が要石を外して、水路を開いた。
ネヒール川の水が、急流のように押し寄せてきた。ここまでは、一回は試験済み。流速を測る必要があったからね。
問題はここから先だ。
上流側の水車の下部を、4人揃って覗き込む。
10秒もかからず、水流の先頭が水車の下に潜り込んだ。
回らない。
まだ回らなくてもいい。
水位が上がってくる。
そろそろ、水流と水車が触れるはず。
回れ、回ってくれ。
ぎっ、ぎぎっ。
水車が軋む音を立てだした。
架台はしっかりしていて、今のところびくともしない。
ぎぎぎっ。
回れっ!
ぎぎぎぎっ、ぎぃーっ。
ついに、極めて、極めてゆっくりだけど、じりじりと回りだした。
回ったよ、回った!
ゆっくりと回る水車のスピードが、じりじりと上っていく。
最初の、水を満たしたバケツが、上がってきたのが見えた。
来い、来いっ!
ざばぁっ!
水路に水が注がれた。
2つ目のバケツ。
ざばぁ!
バケツから水路に注がれる時に溢れた水が、水車全体を濡らす。
そして、その水が水車を支える軸と軸受に入り込んだとき、湯気が吹き上がるのが見えた。
そんなに摩擦熱が生じていたのか……。
きっと、なめらかにしたのが裏目に出て、面としてくっついちゃってたんだ。
でも……。
軸と軸受の間に水が溢れた瞬間から、一気に水車のスピードが上がった。
滑るようになったんだ。
こうなれば、軸と軸受は回るごとにさらになめらかになるし、水もふんだんに掛かるから、スピードは上がっても、落ちることはもうないだろう。
気がついたら、下流側のもう1つの水車も、順調に水を汲み上げ始めていた。
ざばぁ!
ざばぁ!
ざばぁ!
ざばぁ!
ざばぁ!
2つの水車が汲み上げ水は、1本の用水路にまとめられ、そこを駈け下りていくのが見える。
安堵感と達成感と。
半ば呆然と水の流れを見つめていると、エモーリさんが、俺の右手を掴んで、共に手を挙げた。
エモーリさんの右手は、シュッテさんの左手を掴んで、やはり天に向けて掲げられている。
俺も、左手でルーの腕を掴んで掲げた。
野次馬たちの反応が、最高潮に達した。
全員が天に腕を突き上げていた。
これが、この国の、この街の豊かさが約束された瞬間だった。
一応のパフォーマンスだけど、4人で王様に高い位置からだけど礼をする。
それを受けて、「慈愛の賢王」も手を挙げた。
王と俺たちを讃える声は、いつまでも止まなかった。
次回から新章に入ります。
今回の話は、布田保之助翁の故事にちなみました。
引き続き、よろしくお願いいたします。




