1 帰還、変わり始めた世界
新章開始です。
気がついたら、見慣れた円形施設の壁の文様を見下ろしていた。
タイミングが良かったんだろうか?
熱くも痛くもない。
帰ってきたよ。
木綿のパンツを持って。
聴覚が戻ってきたのか、きゅーきゅー、みゅーみゅー、みーみー、聞こえてきた。
横に、ルーがいるのも確認する。
魔術師さんたちを見下ろして、「ただいま」って。
どやどやと、たくさんの人達が円形施設の中に入ってきた。
「魔素流の後のスパークが来るかも知れません。急いで運び出しを」
はぁっ、それは怖い。
高いところにいるから、すぐに手当り次第、円形施設の床に立っている人達に荷物を放る。
放りながら気がついて、「これはガラス!」って叫ぶ。
途端に受け止める人の顔色が青くなって、必死に胸で抱え込んで運んでいく。
ルーは、小動物たちを、慎重に床から背伸びしている人達に手渡す。
渡された荷物はすぐに、バケツリレー方式で円形施設の外に運び出されて行く。
なにかを叫ぶ間もなかった。
荷物を不均等に投げ下ろしていたせいもあったのだろう。アルミの脚立が外された瞬間、俺はフレコンバックのてっぺんから転げ落ちた。
俺を受け止めたのは、ヴューユさん。
下敷きになって「ぎゅう……」とか聞こえてきた。
痛い。
「なんの恨みがあって……」
ようやく、下から意味のある言葉が聞こえてきた。
「火傷の恨みがないと言ったら嘘に……」
「それは解かったから、どいてくださいよ」
へいへい。
ありがとね。
その間にも、荷物は運び出されている。
2分とかからず、円形施設の床の底にはなにもなくなった。
外に運び出しきれない分は、まだ壁際にうず高く積み上げられているし、バケツリレーも続いている。
なんか……、帰ってきたんだなぁ。
実感が湧いてきた。
なんで、こんなに「ほっ」としているんだろう?
自分の部屋に戻った時も、こんな感じはなかった。
円形施設の木の床に座り込んで、魂が抜けちゃったように呆然となってしまう。あーあ、なんなんだろうね、この安心感。
「浸ってないで、すぐに出てください!
後発スパーク、来ます!」
うわうわうわ、帰ってすぐに、あんなん見たくない。
周りを見渡したら、ルーが親父さんに捕まえられて、円形施設から出ていくのが見えた。
俺もその後を追う。
背中で扉が閉じられるとほぼ同時に、ぐわんって、全身を掴まれたような衝撃が来た。
思わず見上げると、天空に浮かぶセフィロトから、魔素流が大きな弧を描いて避雷針アンテナに繋がっている。
ああ、無事に働いているなぁ。
よかった、よかった。
その弧がすっと消滅した。
正直言って、怖いってことがなければ相当に壮大で素晴らしい眺めだと思う。
とりあえず、スパーク、終わりかな。
円形施設の扉を開けようとして、その手を掴まれた。
ああ、ひさしぶり、エモーリさん。
「まだ、ダメです。
『始元の大魔導師』様。
もう3つは来ますから……」
「えっ、3つ!?」
思わず口走るのに、エモーリさんは被せてきた。
「アンテナのために、ここに来る魔素の量がおそろしく増えたんです。
気をつけてください」
そか、そりゃそうなるか。
じゃあ、円形施設の中では、魔術師さん達があの白い光の中で頑張っているんだ。
天から、再び淡く輝く魔素流が降りてきて、再び避雷針アンテナに繋がる。
俺は、ただただ、それを見上げていた。
俺、この世界の自然現象を変えちゃったんだなぁ。
魔素流が去って。
気がついたら、エモーリさんもスィナンさんもいる。
ミライさんも、タットリさんも。
挨拶はできなかった。
いきなり後ろから目隠しされた。ついでに、手足を抑え込まれる。
藻掻くけど、まったく動けない。
「ハヤットです。『始元の大魔導師』様。
そのまま、ほんの少しだけご辛抱を」
そう言われて、俺、抵抗を止めた。
なにしろ『始元の大魔導師』様は「お貧弱」でございますから、なにをしても無駄だからね。
そのまま、軽々と持ち上げられて、ものの数十歩。
地に降ろされて、解放されて、目隠しが外された。
目に入ってきたのは、まだ淡い色合いながら、一面の草原。
おおおおおぅ。
すげーよ、草だよ草。
俺、駆け出していた。
まじかよ。
なんか、涙が出てきた。
ルーが草原を転げ回った時の喜びってのを、ようやく俺も理解できた。
近寄ってみれば、まだ小さい芽だし、土の方が遙かに多く見える。
遠くからだから緑に見えただけで、真上から見れば、まだ茶色が大部分だ。
それでもね、5日後、10日後、どうなるかってのは明確に判るんだよ。
牧草2種類の種、荷物の隙間に詰め込めるだけ詰め込んだ。計で40キロくらいは入れたんじゃないかな。
それが生えているよ。
「今日は、もう休憩されますか?
それとも、もう少しあちこち見てみますか? 『始元の大魔導師』様」
「見ます! 見ます!」
思わず叫ぶ俺。
ネヒール川の上流、安全圏のぎりぎり(予想より半径にして500メートルほども広かったよ)には、堤防が作られていて、その上にはニセアカシアが一列に植えられていた。
こんなに本数を送った覚えがない。
「切って、挿し穂を取ったんです。
ミライが植物の治癒魔法をかけると即座に根が出るので、『始元の大魔導師』様の送ってくれた5倍の数にして植えました」
それは、ズルいけど素晴らしい。
挿し芽だって、定植だってみんな季節があるはずだと思う。
でも、それをミライさんの魔法で、ある程度でもクリアできるのであれば、あっという間に数倍の数になってしまう。
しかも、これが一斉に咲きだしたら、この世界でも蜂蜜の甘味が満ちるよ。
コシヒカリもまだまだ少ない面積だけど、田んぼの予定地を見せてもらった。苗床に苗も伸びてきている。
サツマイモの挿し芽も、ミライさんが大量に増やしていた。
その他にも、たくさんの芽と、たくさんの根付いた苗。
葉野菜類なんかだと、早ければ30日後には初収穫が望めるだろう。
副産物の紙も、綿とかの植物繊維も、みんなみんな手に入る。
ただ、ただ、すごいよ。
豊かさが、足音を立てて近づいて来ている気がするよ。
3時間以上(今はスマホを持っているからね。時間は正確なんだよ)、みっちり歩いて、あちこち見て歩いて。
最後に王宮に着いた。
で、王様にあいさつ。
「『始元の大魔導師』殿、よくぞ戻ってこられた」
高い声で言われて、懐かしくってね。
そのあとに、いいもの見せてやるって。
なんじゃらほいって、王様のあとについて行って……。
国庫の倉庫だっていうんだけど、いきなり銀貨の山がひとつ無造作に積んである。高さ25センチくらいの小ぶりな富士山型だ。成層火山って言うんだって、中学で習ったような気がする。
「これが、皿の売上よ。
銀貨にして1万枚。皿一つが銀貨100枚にも相当した」
マジかよ。
俺の感覚だと、スープが銅貨6から7枚なので、銅貨1枚=100円って考えていた。
ただね、外食するってのはめちゃくちゃ贅沢なので、こっちで生活している人達の感覚としては1200円くらいにも相当する。だからこそ、スープ1杯でも満腹するように作られているんだ。
そうなると、ここにあるの、2億円!!
くらっ。めまいがした。
「すでに、4つの円形施設の基礎工事、周辺各国への道路網の整備が始まっておる。
ガラスと鉄の刃物にも期待している」
あまりに進展が早くて、びっくりだよ。
いったい、第一陣の召喚から第二陣の召喚の今日まで、何日の間が空いているのだろう?
「だが、あまりに重大な問題もある。明日、会議を開く。
『始元の大魔導師』殿のお知恵を貸していただきたい」
電気工事士の俺に、何を求めるんだよ?
農業のことなんか聞かれても、分かんないぞ。
でも、断るにも断れない。断れるわけなんかない。
なにもできないとは思うけど、まぁ行きましょうか……。
次回、再召喚された日の夜、の予定です。




