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電気と魔法 −電気工事士の異世界サバイバル−  作者: 林海
第四章 召喚後75日、再召喚後から30日後まで(農業振興)
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1 帰還、変わり始めた世界

新章開始です。


 気がついたら、見慣れた円形施設(キクラ)の壁の文様を見下ろしていた。

 タイミングが良かったんだろうか?

 熱くも痛くもない。


 帰ってきたよ。

 木綿のパンツを持って。

 聴覚が戻ってきたのか、きゅーきゅー、みゅーみゅー、みーみー、聞こえてきた。

 横に、ルーがいるのも確認する。


 魔術師さんたちを見下ろして、「ただいま」って。

 どやどやと、たくさんの人達が円形施設(キクラ)の中に入ってきた。

 「魔素流の後のスパークが来るかも知れません。急いで運び出しを」

 はぁっ、それは怖い。

 高いところにいるから、すぐに手当り次第、円形施設(キクラ)の床に立っている人達に荷物を放る。

 放りながら気がついて、「これはガラス!」って叫ぶ。

 途端に受け止める人の顔色が青くなって、必死に胸で抱え込んで運んでいく。

 ルーは、小動物たちを、慎重に床から背伸びしている人達に手渡す。

 渡された荷物はすぐに、バケツリレー方式で円形施設(キクラ)の外に運び出されて行く。


 なにかを叫ぶ間もなかった。

 荷物を不均等に投げ下ろしていたせいもあったのだろう。アルミの脚立が外された瞬間、俺はフレコンバックのてっぺんから転げ落ちた。

 俺を受け止めたのは、ヴューユさん。

 下敷きになって「ぎゅう……」とか聞こえてきた。

 痛い。


 「なんの恨みがあって……」

 ようやく、下から意味のある言葉が聞こえてきた。

 「火傷の恨みがないと言ったら嘘に……」

 「それは解かったから、どいてくださいよ」

 へいへい。

 ありがとね。


 その間にも、荷物は運び出されている。

 2分とかからず、円形施設(キクラ)の床の底にはなにもなくなった。

 外に運び出しきれない分は、まだ壁際にうず高く積み上げられているし、バケツリレーも続いている。


 なんか……、帰ってきたんだなぁ。

 実感が湧いてきた。

 なんで、こんなに「ほっ」としているんだろう?

 自分の部屋に戻った時も、こんな感じはなかった。

 円形施設(キクラ)の木の床に座り込んで、魂が抜けちゃったように呆然となってしまう。あーあ、なんなんだろうね、この安心感。


 「浸ってないで、すぐに出てください!

 後発スパーク、来ます!」

 うわうわうわ、帰ってすぐに、あんなん見たくない。

 周りを見渡したら、ルーが親父さんに捕まえられて、円形施設(キクラ)から出ていくのが見えた。

 俺もその後を追う。


 背中で扉が閉じられるとほぼ同時に、ぐわんって、全身を掴まれたような衝撃が来た。

 思わず見上げると、天空に浮かぶセフィロト(大の月)から、魔素流が大きな弧を描いて避雷針アンテナに繋がっている。

 ああ、無事に働いているなぁ。

 よかった、よかった。


 その弧がすっと消滅した。

 正直言って、怖いってことがなければ相当に壮大で素晴らしい眺めだと思う。

 とりあえず、スパーク、終わりかな。

 円形施設(キクラ)の扉を開けようとして、その手を掴まれた。

 ああ、ひさしぶり、エモーリさん。


 「まだ、ダメです。

 『始元の大魔導師』様。

 もう3つは来ますから……」

 「えっ、3つ!?」

 思わず口走るのに、エモーリさんは被せてきた。

 「アンテナのために、ここに来る魔素の量がおそろしく増えたんです。

 気をつけてください」

 そか、そりゃそうなるか。


 じゃあ、円形施設(キクラ)の中では、魔術師さん達があの白い光の中で頑張っているんだ。

 天から、再び淡く輝く魔素流が降りてきて、再び避雷針アンテナに繋がる。


 俺は、ただただ、それを見上げていた。

 俺、この世界の自然現象を変えちゃったんだなぁ。



 

 魔素流が去って。

 気がついたら、エモーリさんもスィナンさんもいる。

 ミライさんも、タットリさんも。

 挨拶はできなかった。

 いきなり後ろから目隠しされた。ついでに、手足を抑え込まれる。

 藻掻くけど、まったく動けない。

 「ハヤットです。『始元の大魔導師』様。

 そのまま、ほんの少しだけご辛抱を」


 そう言われて、俺、抵抗を止めた。

 なにしろ『始元の大魔導師』様は「お貧弱」でございますから、なにをしても無駄だからね。

 そのまま、軽々と持ち上げられて、ものの数十歩。

 地に降ろされて、解放されて、目隠しが外された。



 目に入ってきたのは、まだ淡い色合いながら、一面の草原。

 おおおおおぅ。

 すげーよ、草だよ草。

 俺、駆け出していた。

 

 まじかよ。

 なんか、涙が出てきた。

 ルーが草原を転げ回った時の喜びってのを、ようやく俺も理解できた。

 近寄ってみれば、まだ小さい芽だし、土の方が遙かに多く見える。

遠くからだから緑に見えただけで、真上から見れば、まだ茶色が大部分だ。

 それでもね、5日後、10日後、どうなるかってのは明確に判るんだよ。

 牧草2種類の種、荷物の隙間に詰め込めるだけ詰め込んだ。計で40キロくらいは入れたんじゃないかな。

 それが生えているよ。


 「今日は、もう休憩されますか?

 それとも、もう少しあちこち見てみますか? 『始元の大魔導師』様」

 「見ます! 見ます!」

 思わず叫ぶ俺。


 ネヒール川の上流、安全圏のぎりぎり(予想より半径にして500メートルほども広かったよ)には、堤防が作られていて、その上にはニセアカシアが一列に植えられていた。

 こんなに本数を送った覚えがない。

 「切って、挿し穂を取ったんです。

 ミライが植物の治癒魔法をかけると即座に根が出るので、『始元の大魔導師』様の送ってくれた5倍の数にして植えました」

 それは、ズルいけど素晴らしい。

 挿し芽だって、定植だってみんな季節があるはずだと思う。

 でも、それをミライさんの魔法で、ある程度でもクリアできるのであれば、あっという間に数倍の数になってしまう。

 しかも、これが一斉に咲きだしたら、この世界でも蜂蜜の甘味が満ちるよ。


 コシヒカリもまだまだ少ない面積だけど、田んぼの予定地を見せてもらった。苗床に苗も伸びてきている。

 サツマイモの挿し芽も、ミライさんが大量に増やしていた。

 その他にも、たくさんの芽と、たくさんの根付いた苗。

 葉野菜類なんかだと、早ければ30日後には初収穫が望めるだろう。

 副産物の紙も、綿とかの植物繊維も、みんなみんな手に入る。

 ただ、ただ、すごいよ。

 豊かさが、足音を立てて近づいて来ている気がするよ。


 3時間以上(今はスマホを持っているからね。時間は正確なんだよ)、みっちり歩いて、あちこち見て歩いて。

 最後に王宮に着いた。

 で、王様にあいさつ。

 「『始元の大魔導師』殿、よくぞ戻ってこられた」

 高い声で言われて、懐かしくってね。

 そのあとに、いいもの見せてやるって。

 なんじゃらほいって、王様のあとについて行って……。

 国庫の倉庫だっていうんだけど、いきなり銀貨の山がひとつ無造作に積んである。高さ25センチくらいの小ぶりな富士山型だ。成層火山って言うんだって、中学で習ったような気がする。

 

 「これが、皿の売上よ。

 銀貨にして1万枚。皿一つが銀貨100枚にも相当した」

 マジかよ。

 俺の感覚だと、スープが銅貨6から7枚なので、銅貨1枚=100円って考えていた。

 ただね、外食するってのはめちゃくちゃ贅沢なので、こっちで生活している人達の感覚としては1200円くらいにも相当する。だからこそ、スープ1杯でも満腹するように作られているんだ。

 そうなると、ここにあるの、2億円!!

 くらっ。めまいがした。


 「すでに、4つの円形施設(キクラ)の基礎工事、周辺各国への道路網の整備が始まっておる。

 ガラスと鉄の刃物にも期待している」

 あまりに進展が早くて、びっくりだよ。

 いったい、第一陣の召喚から第二陣の召喚の今日まで、何日の間が空いているのだろう?

 「だが、あまりに重大な問題もある。明日、会議を開く。

 『始元の大魔導師』殿のお知恵を貸していただきたい」


 電気工事士の俺に、何を求めるんだよ?

 農業のことなんか聞かれても、分かんないぞ。

 でも、断るにも断れない。断れるわけなんかない。

 なにもできないとは思うけど、まぁ行きましょうか……。

 

次回、再召喚された日の夜、の予定です。

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