表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電気と魔法 −電気工事士の異世界サバイバル−  作者: 林海
第一章 召喚、最初の30日(危機脱出)
5/279

5 ツッコミは、相手が半分死ぬまで

 

 そこで、良い手を思いつく。

 『魔術師の服』の服を、俺が着ればいいんだ。

 俺、「始元の大魔導師」だから、『魔術師の服』をきっとそうび(装備)(草)できる。

 で、この娘が俺のスボンの裾を折り返して穿いて、作業服を羽織れば、この世界では多少変な格好でもタブーには触れるまでのことはないだろう。

 もういい加減、ここから出たいよ。

 俺は、ベルトを緩めてスボンを脱いで、それを渡そうと振り返った。


 がんっ!

 いきなり、目から火花が散った。

 そのままつんのめるように、うつ伏せに崩れ落ちる。床板が視界いっぱいに広がり、打ち付けた鼻までが痛い。

 「なにをするんですか!?」

 そりゃ、俺のセリフだ。

 アンタ、その水がそこそこ入ったままの水指で、俺を殴ったのか?

 「なにをするって、俺の服をアンタが着て、『魔術師の服』を俺が着れば……」

 「あっ、そういうこと!?」

 なにがそういうこと、だ?


 ああ、ああ、解った。

 「俺はケダモノじゃねー。

 いきなり問答無用に殴るな。

 死ぬぞ。俺、そんなので殴られたら死ぬぞ」

 ようやく、そう呻く。


 「死なせません!!」

 次の瞬間、水指の水を頭からざばっと掛けられて、俺は震え上がった。

 口にするとヌルいぐらいだったけど、頭から掛けられるとやたらと冷たいぞ、コレ。

 「回復の泉の水です。

 安心してください。極めて微少ですが、回復の働きがあります。

 これで、治りもしませんけど、絶対、今より悪くもなりません!」

 待てや、コラ。

 エラソーにいうことじゃねーだろ!?

 「お前な、俺をもっと大切にしろ!」

 と文句を言っているそばから、いそいそと俺のズボンを穿いてベルトを締める、カチャカチャと音がする。おそらくは、だぶだぶの作業着姿が完成しているんだろうけど、頭を上げてそれを見るには、頭ん中がくわんくわんしている。

 そして、たぶんどころか絶対に、俺の苦情なんか、聞いちゃいない。


 女の子が、俺の脱いだ服を気持ち悪がらずに着てくれるのは、それはそれで傷つかなくて済むけどね。でも、その意味はぜんぜん違う。

 だって、ほら、とんでもない言い草が聞こえてくる。

 「これが、『始元の大魔導師』の道服。火炎に会えども燃えず、氷霜に会えども凍らず、刀槍を通さず、さぞや力があるのでしょうね……」

 「ないぞ。そんなもん。

 絶対、返せ。

 それより、すごく寒い」

 Tシャツとパンツでずぶ濡れの俺は、止まぬ痛みに耐えながら呻く。

 今まで、コミュ障ゆえの悲劇ってのは多く体験してきたけど、ここまでのってのは初めてだ。少なくとも元の世界で、いきなり殴られたことないもん、俺。

 水をぶっかけられたような気持ちになったことはあっても、それが(物理)ってこともなかった。


挿絵(By みてみん)


 「では、これを」

 そう言って、『魔術師の服』を投げかけられる。

 「つ、冷たい……」

 やっぱり、コレ、金属とは言い切れないけど、なんらかの相当に熱伝導の良い素材で織られているよな。濡れた身体からの、体温の奪われ方がヤバい。

 ヒートシンクを着ているようなものだ。

 「殺す気かっ?」

 さすがに、「訴えてやるっ!」は飲み込む。


 「寒かったら、自分で立って、暖炉の脇に来てください。

 床に段差があるので、私の力では『始元の大魔導師』様を動かせません」

 いや、涙が出るほどありがたいことを言うねぇ。

 四つん這いで、ようように暖炉脇まで移動してダウンする。

 ああ、熱伝導が良いってのは、火の近くだと必要以上に暖かい。いや、熱い!

 何だこの服。

 熱収支が敏感すぎる。

 ようやく、仰向けに転がって、火から遠ざかる。


 焦点の合いきらない目で、娘の方を見ると、ごそごそと人の頭に手を突っ込んできた。

 「こぶができてます。

 良かったですね。こぶができていないと危ないんですよ、頭の怪我って」

 「それ、本当の話か? それとも、単なる言い伝えか?

 コレ、アンタにやられたんだけど、そのセリフはないだろ」

 「いえ、水指が、あなたに頭突きされたんです」

 さすがに、むかっときた。

 「謝れ!!」

 「ごめんなさいっ!」

 アレっと思うくらい、素直に謝られた。



 − − − − −


 後から知ったんだけど、この世界のツッコミは激しい。

 簡単な下位の治癒魔法は、魔術師でなくても嗜みとして使える人は多いし、それで軽い怪我くらいは一瞬で治せる。だから、元いた世界のドツキ漫才は、こっちでは半殺し漫才になるという差が生まれる。

 つまり、取り返しのつく、つかないの境界が、元いた世界の常識とは大きく異なる。

 ただ、それもMPがないときは成立しないので、与えた痛みの量を減らせなかったら、そこは当然のように謝罪もする。

 それを知るまでは、なんて乱暴で性格の歪んだ娘かと思っていたよ。


次回、魔法を使える振りする大魔導師、の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ