4 買い物リストの作成
俺の世界に戻ってからの、具体的な購入資材の選定も進んでいる。
なんせ、滞在時間が決まっているから、効率よく、そして必要なものは落ちがないよう購入しないとな。
ある夜、ドアがノックされて、俺はルーに促されるままに台所に移動して、茶飲み体勢に入った。
ヤヒウの糞に火を付け、お湯を沸かしながら、ルーは話しだした。
「ナルタキ殿……。
やはり今、お帰リいただくことは、必要なことだと思います。
この世界はあまりに貧困です。
ナルタキ殿の仰るように、医薬を発展させようにも、昔はあったと言われている薬草も、一顧だにされぬうちに焼き尽くされてしまいました。
総じて、植物の種類も極めて貧困です。食料は言うに及ばず、植物性の布や染料もありません」
そうなんだよ。
ここでは、フェルトのパンツか、毛糸のパンツか、革のパンツしかないんだ。
マニアなら泣いて喜ぶかな?
ただ、このあたりのものは強度があるからまだいいけど、それがなかったら目も当てられない。
生態系ピラミッドだっけ、教科書にあったと思うけど。
詳しいことなんて覚えていないけど、ただ、底辺の植物やプランクトンがなかったらピラミッドが高くならないのは解る。
天然に生えている植物は河原周りのしょぼしょぼだけで、それを放牧で回収しているくらいの生態系では、いかにその家畜のすべてを利用し尽くしたとしても限界がありすぎる。
ギルドの壁に掛かっていたヤヒウの革、あれがインテリアと言うより、豊かさの演出のためのハッタリってことを、最近俺は理解した。
だからこそ、革だの毛だのの利用は、一日でも長く利用し、質の悪いものでも利用し尽くすんだ。これで強度がなかったら、ここの世界ではみんな裸族になってしまう。
「王様の植物園にも、いろいろに使える植物ってないのかな?」
「5日前に王に対して、ナルタキ殿の世界からの購入物の案の表を提出しましたよね。その回答を持った使者が来たんです。
それで、ナルタキ殿に夜更かししてもらおうと思いました。
どうやら、王立植物園でさえ、そういうものはないそうです。
私達の先祖は、そこまで考えていなかったのでしょうね。
魔法が便利に使えて、寒ければ魔法、暑ければ魔法、おしゃれして異性と仲良くなりたければ、誘惑の魔法。
これでは、服飾や繊維が発展するわけがありません。医療も同じです。
気がついた時には、ほとんどのものが焼き尽くされた後でした。
ナルタキ殿が来てから、魔法の限界を思い知らされています」
酷いと言うか、残念と言うか……。
そか、だから焼け残った植物を、なんでもかんでもがむしゃらに集めて、それが王立植物園なんだ。
スベリヒユとイヌノフグリとヘビイチゴとオボロギクとヒメジョオンとナガミヒナゲシで植物園……。
そう想像したら、これは終わってるなぁ……。
ちなみに、これらは俺の小学校の校庭に生えていたものだ。6年生の時、担任が「雑草という草はない」などと言いながら教えてくれたんだ。
さらに、も1つ分かったよ。
ルーがガサツで、でもそれは女子力が高いとか、低いじゃないんだ。
ヴューユさんところのメイドさんが優雅なのは、女子力の発露ではなく、貴族の経済力と主のセンスなんだ。
すなわち、女性のおしゃれが、個人のものになっていない。
美容師の技より、誘惑の魔法。こんなんでやっていたら、外面も内面も、個性もヘッタクレもないじゃん。
それとも逆かな、お化粧とかの、日々女性を縛り付けている呪縛からの解放なのかな。
俺には判らないよ。
ただ、ギルドで嫁探しなんてのもあることを考えれば、誘惑の魔法の位置付けもうっすらとは解るけどね。騙される方も、騙され続けはしないってことだ。
「……この世界に、海はあるの?」
俺がこう聞いたのにはわけがある。
ここまで植物相が貧弱なのに、なんで俺たち呼吸できているんだろうって思ったんだ。植物がなければ、光合成がされないから、酸素が終わっちゃわないかなって。ただでさえ、魔素流で焼き尽くされているんだからさ。
となると、海の植物プランクトンなのかなって。
さっきの生態系ピラミッドからの連想だ。
「ありますよ。それがなにか?」
「海で魚を採ったりはしないの?」
「岸から網を投げることはあると聞きますが……」
「釣りは?」
「釣りってなんですか?」
むう。
「船で沖に出て、魚を大量に穫ったりは?」
「船ですか?」
あああああ、そうか、金と革と毛、これだけの素材じゃ、海を渡る船は無理だわ。
釣りもきっと無理だ。釣り針と釣り糸をヤヒウの骨と毛で作るのが精一杯、金じゃ釣り針も釣り竿もリールも作れないし、釣れなくはないにしても成功率が低すぎてお話にならないだろう。
陸に樹木がないから期待はできないけど、もしかしたら、この貧困な世界でも、海だけは豊かってのなら良いなとは思うよ。この世界には、天然資源が不足しすぎているからね。
「ルー、ごめん、話の腰を折っちゃったね。
ただ、海も視野に入れようよ。さすがに船はだめでも、ゴムボートを持ち込んで、それをスィナンさんに改良してもらうんだ。海は絶対にこの世界を豊かにするから」
「はい。ただ、さすがにもう一つ円形施設を増やさないと、海岸が安全になりません」
そりゃ、そうか。
ただ、根こそぎに焼き尽くして、その後は3年も草も生えないっていう災厄が、それはもう繰り返し繰り返し来て砂漠化したにせよ、河沿いはまだ植物が生える。
海沿いも期待できるよね。
まぁ、水は焼けないからねぇ。
改めて、購入予定表を見る。
何でもかんでも買うのではなく、この世界を豊かにできる最初の一滴だ。
遺伝資源はなんでもオッケーとしても、技術に絡むもので、この世界で実現できているものは買う必要はない。
この世界で実現できていなくて、でも努力目標になるものを買うべきだよね。
パソコンなんて持ち込んだって、この世界ではまだ作れない。修理もできない。そういうのは省くべきだ。
まずは、電気に限らず、工具一式。
それから、エモーリさんの仕事の能率を上げるもの。
砥石に刃物一式、ドリルのビットなんかも必要だ。それから、ねじやナットとかもたくさん。バイスなんかもだ。工学の本もありったけだろうな。
これらは、実物を見ながら、使いながら、同じものを作れるように努力をしてもらおう。
まずは、「規格化されたねじ」という概念を持ち込むことが重要なんだ。
となると、この世界の単位系ってどうなっているんだろうね。
うーん、この星の大きさが判らないと、1メートルが判らない。
もしも、単位系に相等するものがないならば、第1回のサミットだか国連だかの場で提案してもらいたいなぁ。
次は、スィナンさんの仕事の能率を上げるもの。
大量の実験器具。それから、物理、化学の文献。このへんはあればあっただけいいよね。
それから、一般農作物、牧草、香辛料、薬草や樹木の種子と苗、そして竹。竹は、樹木が育つまでの間、たくさんの生活用品や建材になってくれるだろう。綿や亜麻も必要だよね。たぶん、麻は手に入らないし、ややこしい事態になるのは嫌だ。
キノコも必要だろう。ここだと、持ち込んだ分のキノコしか生えないから、毒キノコのない世界が作れる。でも、ヤヒウの糞しか分解するものがないとすると、マッシュルームしかないな。シイタケとかは、ホダ木とか、おが屑が必要だから、ちょっと無理かも。
鶏、ロバ、豚に牛。これらは、当然、つがいで用意しないとだ。各能力は低くても、多産でバランスが取れている品種でないとだよ。卵を生む数がちょっと少なくても、飼いやすくて肉も取れる鶏がいいよね。この世界は、まだ、目的に特化した各品種をそれぞれ守って飼うほどの余裕はないし。
もともとここにいるヤヒウがそうだけれど、万能の家畜が間違いないと思うし、この世界が必要とするほど発展したならば、それから品種育成するので済むんじゃないのかな。
動物と言えば、犬、猫もかな。ペットじゃない。使役獣としてだ。牧羊犬、猟犬なんか必要だろうし、食糧生産が増えればネズミ退治は必要だからね。この世界だって、ネズミに相当するネマラとかの小動物がいるらしいし。
で、それぞれの栽培と飼育の本。当然、農学全般の本もだ。開墾の本も必要だよね。食品加工も必要だ。翻訳を考えるのは後回しでいいから、とにかくは知識を持ち込まないと。
それから、学校も順調に準備されているからね。教科書、教育学の本、教材、紙、筆記具は必要だろう。特に算数なんて、いつの時代のどこでだって、教える中身は変わらない。一番の問題が地学と生物学だろうな。星も違えば、生き物が違うんだから、話にならないかもしれない。でも、法則とかが同じならば、本を持ち込む意味はあるだろう。
法学、政治経済、倫理、こんなのも、王宮では必要だよね。となると、歴史もだ。こういう政策がこうなったという実例だからね。
ついでに、美術と音楽も持ってこよう。
土木工学、都市計画、道路、交通法規、ああ切りがない。
ここでいろいろ考えるより、戻ってからアマゾン見て、ジャンルごとポチるほうが早い。考えるのやめ。
魔素についてはコンデンサという方法論が通用した。では、バッテリはどうだろう?
バッテリは、異種金属同士のイオン化傾向の違いで電気が生じるんだ。だけど、金以外の金属に魔素が流れるかはまだ不明だからね。魔素が金しか流れないとしたら、バッテリは使えない。
その一方で、金しか魔素が流れなくても、アルミ箔と金箔を交互に重ねたコンデンサで、電魔変換みたいなことができれば、発電してそれで魔素を手に入れることができるってことになる。
この可能性は検討しておかないとだ。
逆も真なりならば、魔素を電気に変えられるじゃん。
あとは、例外もある。
適正技術とかみんな無視して、強引にも持ち込まねばならないもの。
円形施設のコンデンサを保護するためのブレーカーだ。
今はでっち上げのヒューズだけど、その太さとか、あまりにあてずっぽだからねぇ。えいやで計算して、根拠はなくもないけど、その根拠の根拠になった数字は「こんなもんだろ」でしかない。
事故が起きた時のリスク管理を考えると、その薄弱な「こんなもんだろ」の上に、この世界の文明のすべてを立脚させておくわけにはいかない。オシロとかも使って、具体的な魔素の働きを観察して、オームの法則のような法則をきちんと見つけておかないとだ。
そのための分析機器とかは、例外的に俺の世界から持ち込まざるを得ないと考えている。
そして、白状すると、分析機器なんて偉そうなことを言っても、俺、その手の機器の使い方なんか判らないからね。その分野の本も必要だ。
ただ、いくら測定しても、数学以前に算数がないこの世界の人では、法則は見つけられない。式という概念がないからね。
俺がやるか、最年少の魔術師あたりに数学の基礎くらいまで勉強してもらうしかない。
俺がやるには一つ大きな問題があって、魔素をまったく感じられないことだ。電気だって見た目だけでは、そのケーブルに流れているかどうかは判らないけれど、判ったほうがそのふるまいは理解しやすいだろうな。
あとは、趣味のものだ。
インスタントラーメンとカップヌードル、ルーのための作業服、王様を始めとしたお世話になっている人達へのおみやげ。
まずはこんなもんかなぁ。
次回、避雷針アンテナ設置、の予定です。




