3 初めてのお買い物
タットリさんに「お願いします」ってしつこく念押ししてから、ラーレさんの方に向き直る。
「この人達なんですけど……」
「はい」
ラーレさんの横には、ダーカスの外の国から来たらしい、ごりごりの冒険者のパーティーが立っている。男3人に女性が1人。装備もいいし、筋骨たくましい。しかも、金の棍棒でなくて、剣なんて持ってる。
相当に高いレベルの人達らしいし、マジにクエストをこなして報酬で武器防具を揃えてってやっている人達だ。表情にストイックさがあって、食い詰めちゃうから仕方なくギルドに来たという、この街に多いタイプとは一線を画している。
もしかしたらハヤットさんも、若い頃はこんな感じだったかもしれないね。
「私は、ケナン。このパーティーのリーダーをしている。
依頼について、良く判らないので教えて欲しいのだが……」
「はい、なんでしょう?」
「掲示板に貼ってある、魔獣トオーラの大腿骨の20本というのも途方も無い依頼だが、魔法使用を15回保証するというのはどういうことなのか?」
「魔素を貯めた小箱をお渡しします。
その分は好きに使ってください。治癒でもなんでも」
「依頼内容と、その小箱とやらの両方が信用できないのだ。
確かに報酬もいいが、ただ働きはゴメンだし、犯罪の片棒を担ぐのはもっとゴメンだからな」
まぁ、そう思うかもなぁ。他国から来たら、妙な依頼にもホドがあるだろうし。
蓄波動機自体はいいけど、その原理とか、何からできているかとかの情報公開は、王様の提案で一年後からだしね。
俺自身は、まぁ、そんなもんなんて思っていたけど、ルー、君が怒り出さなくたっていいんじゃないかなぁ。
「『始元の大魔導師』にして、魔素の騎士であり、ダーカスの侯爵に列位されている方に対して、なんと非礼な……」
両手がわなわなって震えている。
なんか、俺、感動した。
俺のために怒ってくれる人なんて、今までいなかったし。
さんざ、俺の顔見ちゃ「大人気ない」ってため息つくくせに、こういうときは味方してくれるんだ。
ルーの怒りに対して、ケナンさんの顔、なんか「痛ましいものを見た」って感じになった。
「この国の王までもが、すっかり騙されているのですね。
この男からは、魔素の欠片も感じない。
なにゆえにこの街の魔術師たちが、『始元の大魔導師』などというハッタリを見抜けなかったのは判りませんが、私達が化けの皮を剥がして差し上げましょう」
ちょっと、待て。
差し上げるな。
アンタの言うことは、前提は全て正しいよ。俺、魔法なんて使えないもん。
でも、その結論は間違っているぞ。
「セリン、君に頼もう。
『始元の大魔導師』を名乗っている以上、魔法で打ち負かされたら立つ瀬もなく退散するだろう。
この田舎町の者どもの目を覚ましてやるんだ」
パーティーの女性に向けて言う。
ふん、丸投げかよ。
そもそも論だけど、才能がある魔術師は、無条件に円形施設に回される。
冒険者と共に旅をしているというのは、それだけで二流だ。ヴューユさんに比べたら、お話にもならない。
努力ではどうにもならない壁がある。それが、剣や棍棒で戦う者と魔術師の大きな違いだ。
いくら鍛えても、体内に貯められる魔素の量は増えないんだ。それはもう、ガキの頃に、夜な夜な「かめは○波」の練習をした俺だから言えるんだぞ。
で。
なあ、「田舎町」で悪かったな。
何気に傷つくぞ、今の言い方。
俺はいい。俺はいいけど、ここの王様から職人さんに至るまでの全員を侮辱したことは許せない。
俺の横から、ルーの呪文詠唱が聞こえてきたので、頭を小突いて黙らせる。室内で攻撃呪文なんか使うんじゃねぇ。ここのギルドは、俺たちの街の財産じゃねーか。
炎撃だか氷撃だか判らんけど、ドンパチするんじゃねーよ。
「ちょっと待った。
ルー、俺がやる」
そう言って、ケナンさんに視線を向ける。
売られた喧嘩を「買わされた」、と言うより、生まれて初めて積極的に「買った」よ。
繰り返すけど、俺はいい。けど、俺を信じ、大切にしてくれている、ここの街の全員を侮辱したことは許せない。
「ただな、ルールを決めておきたい。そっちも、殺し合いまでは望まないだろう?」
「まぁ、お前も死にたくはないだろうな」
ムカつくな、こいつ。
「セリンさんが呪文詠唱しているときに、体に触れさせてくれないかな。
別に触るってのは殴るって意味じゃないし、えっちな意味でもない。
俺が嫌なら、ここにいるルーでもいいし。
なんならば、俺の意を汲んだ、ギルド職員のラーレさんだっていい。
俺からはそれだけだ。
セリンさんは、どんな呪文を使ってもいいよ。
ああ、俺の名は鳴滝だ。本名だから、本気で魔法を使えよ。
どーせ、ケナンとかセリンってのは、呪い除けの偽名だろ?
どうだ、飲むかい? この条件」
どうしよう……。
ケナンさんの眼が、詐欺師を見る眼から、「こいつの頭、本当に大丈夫か?」っていう眼になった。
なんか、やっぱり傷つくな。可哀想な人とか、おかしな人扱いするなよ……。
ついでに、ルーの顔を見て、もっと傷つく。
解ってるよ、ルーの言いたいことは。
ルーは、俺がどう舌先三寸でごまかしても、実は魔法が使えないことをよく知っている。『始元の大魔導師』の本質については、もっとよく知っているけどね。
その俺が、魔法でタイマン張るって言ったら、心配で居ても立っても居られないのは解るよ。
だけど、その心配の半分くらいは、「『始元の大魔導師』様はデクノボーだから」って本気で思っている顔だ。
ケナンさん、言わずもがなの念押しをしてきた。
「言っておくが、セリンが勝ったあとで、『本気じゃなかったから負けていない』とか、なしだからな?」
「ああ」
「ぶちのめされてから、『今日はこのくらいにしておいてやる』ってのも、なしだからな?」
「そういうのをやった経験でもあるのか?」
「ねえよ! 失礼なやつだな」
それは、お前のことじゃないかな?
「じゃ、ラーレさんにお前の意とやらを伝えろ。
こちらからは、お前に対して魔法を掛ける。ラーレさんに、とばっちりは行かないはずだ。
今なら、土下座して非を悔いるのならば許してやるけど、そのあとは逃げるなよ」
「今の、お前の負けフラグじゃね?」
あ、怒った。
勝手な野郎だ。
俺、その怒り成分120%の視線を完無視して、ラーレさんにひそひそ話す。
ラーレさん、了解と。
「じゃ、始めよっか」
俺、ぼーっと立ったまま言う。
だって、俺、逆立ちしたって魔法なんて使えないから、それっぽく振る舞おうにも、どうしたら良いか判らないからね。
「ごにゃごにゃ、ろろうるごにょにょにょ……」
詠唱が始まった。
やっぱり、呪文となると翻訳されなくて、なに言っているか判らないや。
でも、それを聞いているルーの顔がマジになった。ちょっとやばい系の呪文なのかも。
ラーレさんがゆっくりとセリンさんに近づく。
長いな、呪文。よほどの強力なやつなのかもね。
「くぁーがば、さまりなににらるん、ナルタ……」
俺の名前が詠唱される瞬間、ラーレさんがその両手で、セリンさんの手と首筋を触った。
次の瞬間、セリンさん、「ナルタキ」を言い終えられずに、そのまま垂直に床に崩れ落ちた。
「貴様、なにをした!?」
「いや、俺はなにもしていない。アンタだって見てたろ?」
「いや、だから、そういう意味じゃなくて……、おい、セリン、大丈夫か? 返事をしろ!」
くにゃんくにゃんに脱力してしまったセリンさんに対して、必死に声を掛けて抱き起こそうとしているケナンさんを放ったらかしにして、ルーに話しかける。
「今の呪文、なに?
魔素をうんと使うやつ?」
「変化の魔法ですよ。私が父に化けたのと同じ。
魔素は結構使いますよ。
で、あいつ、『始元の大魔導師』様をカエルにしようとしてました!」
掃除をサボった男子を、先生に告発する女子の口調だな。
「マジか、おい……」
カエルはいいな。ああ、カエルはいい。じゃ、済まねーよ。
ルーとひそひそ話は続く。
「で、『始元の大魔導師』様、ラーレになにして貰ったんですか?」
「コンデンサを作っている材料の配線材を、さっきちょっと切り取って持っていたからな。手と身体を繋いでもらった」
「……えげつなー。
酷いことしますね、『始元の大魔導師』様。
魔力放射の瞬間にショートさせられたら、体内に持っている魔素、ことごとく持っていかれちゃいますよ」
ルーは、俺から魔素のふるまいは聞いているから、ラーレさんにやって貰ったことの意味は即理解した。
「実は、ちょっと頭にきてた」
「解ります。でも、あの娘、3日は頭が上がりませんよ。
半年くらいは寿命も縮まったでしょ」
「そう言われると、悪いことした気になってきた。
どうしよう?」
「逆です、逆。
普通、魔法で勝負するなんてことになったら、相手の命を奪うのなんて当たり前です。本気の攻防がされますからね。
半年で許してやるなんて、慈悲深さにもほどがあります」
「そういうもんなの?
さっき、ルーが横で呪文唱えだしたから、買える喧嘩なら逆に大したことじゃないのかと思った」
ひそひそひそ。
ひそひそ。
ひそ。
ルーとひそひそやっていると、どう呼びかけても返事をしないセリンさんの状況が頭にきたのか、ケナンさんてば物凄い顔つきで剣を抜いた。
あー、馬鹿だ、こいつ。
でも、さっさと走って逃げようか。
首なんか飛ばされたら、ルーがいくら治癒魔法かけてくれても死ぬよね。
やっぱり、この世界、みんな直情的だよ。
俺はなぁ、自分の世界に戻って、鴨蕎麦食べるまでは死ねないんだよ。
「馬鹿者!!」
あまりの迫力ある怒鳴り声に、壁にかかっているヤヒウの革が揺れている。天井からも、ホコリかなんかが降ってくる。
ハヤットさんが、倉庫と化している地区長室から、のっしのっしと現れた。
見てたろ、今の今まで。
もっと早く助けに来てよー。
「なにをやっとるんだ、お前たちは!!」
「スミマセン」
びくびくしながら謝ったら、ハヤットさんの顔がなんとも言えない感じに歪んだ。
「いや、『始元の大魔導師』様じゃなくて、こっちです。いくら私だって、侯爵様を怒鳴りませんよ。
お願いですから、ちょっと黙っていてください」
ああ、そう。
怖い顔で怒鳴られたら、まずは反射的に謝っちゃうよ、俺。
……で、今、黙れって言ったよな、侯爵様に。
結局、ここへ来てからの俺への扱いって、変わらないなぁ。一貫して、「凄いかもしれないけど変な人」として扱われている気がする。
そんなに変かなぁ? 俺。
侯爵様に対する礼儀みたいなものを超えちまうほどに。
それはそれでショックだ。
「その地区に行ったら、その地区のやり方を尊重することぐらい、お前ら、言われんでも解っとるレベルだろう?
それに、お前たちの目利きが常に正しいという保証はどこにもない。
世の中には、お前達の認識を超えた問題なぞ、いくらでもある。『始元の大魔導師』様は、お前たちには計り知れない力をお持ちで……」
お説教開始。
ちょーっと、かなーり気まずい。
三十分後、彼らはセリンさんが回復し次第、魔獣トオーラを狩りに行くことになっていた。
ルーが、コンデンサからセリンさんに魔素を移してくれて、それで彼らもようやく大人しくなった。ちっとは、『始元の大魔導師』様がハッタリばかりじゃないと思ったらしい。
もともとルーは、「こいつらギルドから追放して、ダーカスからも追い出す」って強硬案を枉げなかったんだけど、ハヤットさんの考えは違った。
曰く、これからも、冒険者の流入は続く。
その中には、『始元の大魔導師』に喧嘩をふっかけようってハネッカエリも、必ず一定数いる。
「『始元の大魔導師』様はお貧弱に見えますから」って、悪かったな、貧弱で。
ついでに、「貧弱」に「お」を付けるんじゃねぇ。付けたって、俺を落としていることに変わりはねーよ。
「だって、『始元の大魔導師』様自らが、いつも戦って納得させられないでしょう?
痛い目にあった本人達から話させればいいんですよ。彼らは、ああ見えて戦ったら連携も取れているし、レベルもシルバークラスで高いですからね。その彼らがやられたってのは説得力がありますよ」
と、ハヤットさんの弁。
さすがは地区長。先が読めていらっしゃる。
このレベル分け、この世界には当然「ゴールド」クラスはないから、実質最強なんだってさ。
この上のレベルだと、「ミスリル」だの「オリハルコン」だの、架空の金属名がついていて、当然そうはお目にかかれなくなる。つまり、「シルバー」は、仕事を依頼できる中では最強クラスなんだ。
ハヤットさんは、地区長になる時に「ミスリル」を貰ったけど、名誉称号なんだってさ。現役でそれを得られるクラスだと、ギルドの総長は堅いそうだ。
「『始元の大魔導師』様とルイーザ様はこれから転移派遣をされて、しばらくはいらっしゃらなくなるんでしょうから、直接痛い目にあった人間がいるとお留守中にも箍が緩まずに済みます」
なるほどね。
そんなことまで考えて、ドアの影から見ていたんだ。すぐに助けに来てくれても、俺は一向に構わなかったのに。
でもまあ、こういう人をまとめるってのは、ハヤットさんにはつくづく敵わないよ。
それに、彼らなら、魔獣トオーラを狩って、全員生きて帰ってくるだろうって。まぁ、それ自体は良いことだ。
そうならば、俺、もうなにも言うことはないよ。
トオーラ狩りさえ終われば、蓄波動機もできるし、魔術師も王様の依頼通り、魔素障壁を設けて放牧地にトオーラが来ないようにできるからね。
次回、買い物リストの作成、の予定です。




