9 乗組員、確定
昨日に引き続き、お風呂はやっぱり盛況だった。
これだけ必要とされる施設だもん、やっぱり作ってよかった。
この先もっと豊かになったら、各家庭でお風呂を持つようになるんだと思う。そうしたら、ここの賑わいも昔話になっちゃうんだろうね。
でも、今は単純に、入浴の快感をみんなに味わっていて欲しいよ。公衆衛生うんぬんより、感覚としてね。
炒めたヤヒウの挽き肉の上に茹でた芋を崩して焼き上げた、俺の世界のシェパーズパイに相当するものを買ってルーと食べた。
これ、たぶん、作るのが簡単で、売れ残ったらまた翌日焼いて出せるっていう、合理性の塊なんだろうな。
美味しいからいいけど。
そしたら、珍しい組み合わせの2人が同席してきた。
石工組合のシュッテさんと、ヤヒウ飼いのレイラさん。
どうやら、俺達がここに来るのを待ち構えていたらしい。
「『始元の大魔導師』様。
旅に石工は必要ないかい?
船体の補修とか、行った先の円形施設の修理とか、いると便利だと思うんだいねぇ」
と、シュッテさん。
「ルイーザ様、男の中で女が1人で旅をするのは大変です。同性がもう1人いれば、日常生活は随分と楽になるでしょう。
それに、同行を許していただければ、ルイーザ様が『豊穣の現人の女神』の責を果たした証人になりましょう。
また、船の中の食事は、劣悪なものでしょうね。
私の同行が許されるならば、サイレージと生きたヤヒウを連れて行きましょう。
新鮮な乳を毎朝絞りますよ。
そして、行った先でヤヒウがいなければ、それらが大元の親になります。それに、万が一遭難したら、そのときの非常食にもなります。
鶏もひとつがい、乗せましょう。玉子もたまには食べられますが、行った先で飼って貰えば、先方もより豊かになるでしょう」
と、これはレイラさん。
2人とも、自分を売り込みに来たんだ。
なんか可笑しい。
「シュッテさんは、石工組合の仕事はいいんですか?
レイラさんも、娘が旅に出るということで、ご家族に止められないのですか?」
一応は聞くよ、そりゃあ。
来て貰えればとても助かるけど、2人ともそれなりに抱えているものもあるだろうからね。
「はぁ私は、なっからいいあんべぇなんで。
橋もこさえたし、石工として本望の仕事も、もうできたんだいね。
いまさら、若いもんにおこんじょしていても、びしょったないからねぇ。
だっから、新しいところで……」
えっと、なに言っているか解らない。
おそらくは、「もうここでは十分働いた。橋も掛けたし、石工として満足している。年寄りが若い石工に文句を言ってるのもみっともないから、新天地で仕事がしたい」ったことだよね。
遠慮なく訛りが入るな、近頃のシュッテさん。
最初は訛りのない言葉を話していたのに、気を許すとともに、どんどん訛っていく。いや、訛りというよりすでに方言だな、コレ。
そろそろ判らなくなるよ。
まぁ、それも可笑しいけどね。
引き続いてレイラさんも言う。
「私も、『豊穣の現人の女神』になったら、もう半分はうちの娘じゃないと言われてます。
『豊穣の女神』様と『始元の大魔導師』様にお仕えし、この世界がより良き姿となるよう微力を尽くせと」
「本当にいいの、それで?」
「ルイーザ様の献身に比べたら、私のできることなど……」
あ、ルーの目がそわそわと動きだした。
こういうときは逃げ出す前兆だから、事前に掴まえとこう。
「もう1つだけ。
好きな人とかいて、その人との別れになっちゃったりしない?
そういう人がいるなら、きちんとその人と一緒になれる方がいいよ?」
そう伝えてみる。
虚を突かれたみたいな顔になったレイラさん、一瞬の間があいたけど、首を横に振った。
「いませんよ。
大丈夫です」
そか。
じゃあ、船に乗ってもらって、その分はなんかの形できちんと報いることを考えないとね。
「ありがとうございます」
俺、そう言って2人に頭を下げたよ。
いろいろなジャンルの一流どころが、こぞって船に乗ってくれる。
こんなありがたいことはないよ。
− − − − − − − −
お風呂から戻って、屋敷の台所。
ルーの両親とメイドさん達の目を盗んでお茶を淹れ、ルーは手紙を書き、俺は円形施設の文様の図に注を入れる。
寒い季節だけど、ここは氷が張るほどは冷え込まないし、夕食に火を燃やした余熱もある。さらに今、お湯を沸かしたからね。なかなか居心地がいい温度にはなっている。
考えてみたら、2人きりでこうして作業ができるのも、もうあとわずかだ。
船の中にプライベートはない。どうしたって狭い空間で、限界があるからね。
実はなかなかに貴重な時間なんだろうな。
ルー、手紙を書きあげたらしい。
両手を上げて伸びをしてから、ちょっとした涙目で俺の顔を見る。
あくびをこらえているんだろうな。
で、俺の顔を見たのは、書き上げた手紙を音読するから、聞いて欲しいってことだ。
俺、頷く。
ルーの抑えた声が、部屋の中に響く。
うん。
簡にして要を得てる。
こういうの聞くと、ルーには敵わないなって思うよ。
俺が書いたら、文章が倍の長さになっていて、しかも支離滅裂だよ。
俺も、図面のチェック、終わった。
「ルー、ありがとうな」
俺も伸びをしてあくびを噛み殺しながら言う。
ルー、手紙と図面を封筒に入れてくれている。
これはヤヒウの羊皮紙の封筒だけど、ある程度の防水性もあるし、繰り返し使えるのが大きい。封筒の左上から下に向けて、届ける相手の名前が書かれては二重線で消されてってのがたくさん続いている。
ルーは、その一番下に、「トーゴの魔術師殿」って宛先を書いた。
近頃、さすがにその程度ならば、俺も読めるよ。
「レイラさん、来てもらう方向で本当に良かったんかな?」
「いいんじゃないでしょうか。
レイラ、意外と必死だったかもですよ。
ヤヒウ飼いって、実は世間がとても狭いですから、外の世界に行きたいんですよ」
「えっ、そうなの?」
羊飼いって職業は、すごく幅広くあちこちを歩き回るもんだと思っていたよ。
「だって生活を考えてみてくださいよ。
朝起きたら、ヤヒウの群れを連れて放牧に出かける。
1日中、ネヒール川沿いを歩く。
暗くなるのに合わせて家に帰る。
毎日がこの繰返しです。
季節によって毛刈りと草刈りが入りますけど、それも家族という単位が当たり前ですからね。出会いなんて、なかなかないんです。
レイラ、いい娘で一人っ子なんで、年頃になったのを機に、良縁を得るために『豊穣の現人の女神』に推挙されたのでしょう。ヤヒウ飼いの家々で、みんな気にしていたんだと思いますよ。
財産込みでの婚姻ということになりますからね」
いろいろあるんだなぁ。
そこまで好条件だと男を選ぶよな、って、それが目的か。
変な男が近寄れないように、保険がかかっているんだ。
「きっと、本人はそれも嫌なんでしょうね。
もっと純粋に、自分の好きな人のところへ行きたいって思っているでしょうよ。
船に乗るとなれば、ヤヒウの群れは連れていけませんからね。
『財産ではなく、自分という人間を見てくれる人と会えるかも』なんて、考えていると思いますよ」
つくづく思うんだけど、みんなみんな、それぞれに事情を抱えているよねぇ。
「ナルタキ殿。
たぶん、レイラは、その思いは隠していろいろ言っていたんです。
そこに『好きな人とかいて、その人との別れになっちゃったりしない?』って聞いたのは、あまりに意味深でしたね。
きっと、びくびくしてますよ、レイラ」
「そ、それは誤解だっ」
「ま、ナルタキ殿に、そのようなお考えはなかったのは知ってますけどね」
「うるせぇ。
人をバカみたいに言うな」
ルーと軽口を叩くモードに切り替わりながら思う。
そろそろ、乗組員の募集を締め切らないと、えらいことになりそうだな、って。
次回、出発準備、です。
さて頑張るぞー。




