24 ギルドの存在意義
そこまで話したところで、ラーレさんが、カタログっていう標本箱を持ってきてくれた。
ヤヒウの革を固めて作っているらしい。木材がないと、こんなところも苦労するよね。まさか、石じゃ重くってしょうがない。
雲母、問題ない。
ぱりぱりと音をさせて、紙よりも薄く剥いでいける。
硫黄も、硫黄だ。ついでに、なんだこの言葉。こういう状況でなきゃ成立しないぞ。
ゴムはかなり硬い。でも、これが標本箱の中でお留守番をしていて固くなったのか、元から固いかは判らない。
とりあえずは、呪文に伴って魔術師の手のひらから出る魔素流制御の記録は後回しになっても、ケーブルとコンデンサだけはすぐにでも欲しい。
これの依頼は、正式なものにしてしまおう。
あとは、忘れ物、ないかな。
頭の中で数えるけど、あと一つで終わりだ。
「ここには、磁石というものはあるでしょうか?」
「方向を見るためのアイテムとして、ありはしますが高価ですよ?」
「できるだけ小さくて、強いものが欲しいのですが……」
「残念ながら……。
おそらくは鉄を貼り付けるような目的に使いたいのだと思いますが、方位を知るための軽くて弱いものしか心当たりがありません。自分自身を貼り付けるのがやっとです」
むー、ここへ来て、ダメなものが出たか……。
うーん、しかたない、これは工夫でなんとかしよう。でも、磁石はなくても、コイルに鉄芯は欲しいな。
「磁石でなくてもいいので、鉄の棒はありませんか?
このくらいのが2つくらいは欲しいですね」
このくらいのって、自分の小指を指しながら言う。
なんか、しぶしぶとハヤットさんが答える。
「ありますが、極めて高価ですよ」
「しかたないです。
銀とどちらが高いですか?」
「ほぼ同じです」
「真面目な話、そんなにするんですか?
鉄はもう、みんな金になっちゃっているんですか?」
「違いますよ。
まだ、砂鉄も鉄鉱石も採れば採ることができます。ただですね、製鉄や鍛冶を行う燃料がありませんから、結果として極めて高価になります。
ヤヒウの糞では、いくら燃やしても鉄が赤らむ温度にはならないのです。
もはや、儀式に使う木材さえもほとんどありませんから、それを炭にするなど言語道断です。
なので、古から伝わる鉄器から、ご希望のものを削り出すしかありません。
しかも、使い物になっている鉄器はどれももう貴重品ですし、削り出すヤスリさえももう、ほとんど残っていませんから……」
ため息が出た。
そうだよね。工業ってのは、その周辺技術まで整っていないと成立しないんだ。
「高くてもしかたありません。鉄の棒をお願いいたします」
「わかりました。なんとか探してみましょう」
……そこまで話して、ちょっと思いついた。
もしかしたら、将来的には全部解決できるかも。
「この世界、太陽炉ってあります?」
「なんですか、それは?」
「鉄が手に入る技術ですよ。
薄くした金で傘を作り、陽の光を反射させて一点に集めるのです。
私の背の高さの半分のサイズの傘でも、お湯が沸かせて料理ができますし、私の身長の3倍ぐらいの大きさならば、鉄だって融かせると思いますよ」
「たかが陽の光でしょう?
そんな熱にはなりませんよ」
「いや、なります」
断言する俺。
だって、そういう道具、見たことあるからね。元の世界のテレビで。
根拠がちょっと情けないな。
「ちょっと待って下さいよ。
それが本当ならば、この世界にとっては、素晴らしい朗報です。
ここでは、いつだって燃やすものが不足しているんです」
ああ、ルーも同じこと言っていたね。
「燃料を夜だけ使えばいいってことになれば、使用量は半分になりますからね」
そりゃそうだ。
「からくり師のところで話してみましょうかねぇ。
まずは、円形施設の修理なんですけどね……」
ま、そんなこんなでハヤットさんとの話は終わった。
「以上です。
ありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
「いえ、検討事項が決まったら、ご連絡ください。
ご存知かもしれませんが、地面からの採取物は什一税の対象外です。その分、依頼費……、おっと、今回は王宮持ちでしたね」
「いえ、多分これから先、王宮を通さない依頼もあるでしょうし、私も依頼を受けさせていただくこともあるでしょう。よろしくお願いいたします」
そして、お互いにどーもどーもと挨拶をして、ギルドの地区長室を出る。
で、出たところで、俺、手酷く裏切られた。
こんなのってありかよ。
ラーレさんが、冒険者たちを怒鳴りつけてた。
威勢のいい男たちも、その半分くらいの人数の女たちも、教室で先生に怒られる小学校2年生みたいになっている。
幸薄そうな、小綺麗で色っぽい人じゃなかったのか?
そりゃ、俺が勝手に期待して、勝手に裏切られた気分になってはいるけど、なんだ、この迫力。
で、裏切られた感じでしゅんっとしている俺を、なんで痛ましそうに眺めているかな、ルーってば。
どうやらだけど……。
文字通り、叱りつけているんだよな。
外見に反して肝っ玉系かよ……。
乱暴にものを扱うな、投げやりになるなって、なに?
この世界に来てから、投げやりの人って見なかった。
たとえ今日と変わらぬ明日が来ても、きちんと過ごしていくんだっていう、足が地についた人ばかりいた気がする。ギルドに居る人って、投げやりなの?
ルーが袖を引っ張るので、そのままギルドを出る。
食堂まで、無言で歩き……。
ヤヒウのつぼ焼き(金の壺に入った羊の肉と芋の蒸し焼き)を頼んで……。
ルーが口を開いた。
「ラーレはお母さん役だから……」
「どういうこと?」
「どうもこうもない。
ギルドってなんだと思っています?」
「便利な仕事の仲介所かなー。
俺も、円形施設の修理が終わったら、そこで仕事を紹介してもらおうかなって」
ルーが頭を振る。「やっぱりね」って感じで。
一体何だと言うんだ?
「ナルタキ殿。
この世界で、ギルドは闇なのです」
「はあっ?
どういうこと?
地区長のハヤットさんも、ラーレさんも悪い人じゃないでしょ?」
「そんなことは言ってません。
あそこにいる、いわゆる冒険者と私達は住んでいる世界が違う……」
「ギルドってなんなの?」
俺の頭の中で、ゲームの世界のアイテムやクエストとかと結びついたギルドから、海賊ギルドかなんかに認識が変化しそうだ。
「この限られた土地と街の中で、次男や三男に生まれたら、どうやって生きていけばいいと思います?」
ルーの問いに、俺、絶句する。
「トオーラの腿の骨を集めるのに、『命がけの仕事になる』って、ハヤットさん言っていたでしょう?」
「ああ」
「たぶん、20本のトオーラの腿の骨を集めるのには、10匹狩らねばならない。
最低で5人は死ぬでしょうね」
「どういうこと!?
ギルドの仕事って、そんなに危険なの!?
俺が依頼することって、そんなにハードなの!?」
文字通りの驚き。
そんな大仕事なのに、ハヤットさん、動揺もしていなかった。だから、俺も、そこまで大変なこととは思わなかったんだ。
「そうなんです。
それは忘れないでいて欲しいです。
生き延びて、ランクアップできるのは一握り。
誰だって落ち着いて、安心して生きていきたい。
でもね。ここでは親の仕事を継げなければ、ギルドで依頼を受ける以外に仕事はありません。また、死ぬような危険がある仕事は、依頼料が高くて前払いです。たとえ死んでもギルドには多大なお金が入る。そして、そのお金で、ギルドの他の者が養われる。
ギルドは……、人口を増やさないための殺人装置でもある。
それを生き延びたハヤットが、知勇ともに優れているのは当然。
あそこにいる若い人たちが、投げやりになりがちで、暴走しがちなのも当然。
ラーレさんが、必死でその子たちを叱るのも当然」
なんてこった。
俺、もう、どうしていいか判らない。
ゲームの世界のギルドだって、ちょっと真面目に考えてみれば、そういう側面は絶対にある。
農耕を中心とする社会だったら、相続の時に兄弟で土地は割れない。割ったら、兄弟共に食えなくなる。
そして、工業化された社会でのギルドって、聞いたことないもんな。
あっても、ハローワークになっちまう。
ギルドは、究極の必要悪なんだ。
かといって……、ギルドに仕事を依頼しなかったら、もっと悲惨なことになるのも解る。
ハヤットさんも、ラーレさんも、何人の仲間を見送ってきたのだろう?
ラーレさんが幸薄そうに見えるのは、そして、肝っ玉母ちゃんになっているのも当然なんだ……。
言われて、もう一つ気がついたことがある。
王様との食事の時の話。
円形施設の修理後の話で、大臣が「労力が足らない」って言ったのに対して、王様は「ギルドの仕事を抑えよう。それだけで、かなりの労力が確保できる」って言っていた。
そんなに労力の流動化が簡単にできるんかなとは思ったけどさ、まさかだよ。
誰もが、ギルド関係の仕事は辞めたいんだ。
しかも、ギルドで従事する人がいなくなったら、「辺界の魔物を抑えるための防御魔法が必要になる」んだよね。
すなわち、この世界にいる限り、辺界の魔物対策は誰かの犠牲が常にあっても、それでも避けられない仕事なんだ。
で、ルーの言うとおり、辺界の魔物を狩るたびに、その数の半分の犠牲者が出るならば……。
なんてこった。
ルーの言うとおり、ギルドは人口を抑えるため、死を仲介する殺人装置だ。社会の仕組みとして、逃げ場がない状況に、形だけは綺麗に整えてあるんだ。
次回、宣言、の予定です。
なお、やぎ、ひつじ、うし、でヤヒウです。
ちゃ、ティー、でチテです。
とら、おおかみ、らいおん、でトオーラです。
安易なんです。




