34 晩餐会
王様同士での、取り決めをする話はひとまず終わった。
一転して和やかな雰囲気になる。
「まだ、他の者もおらぬ。
ダーカス・サフラ戦争の顛末を聞かせてくれぬか、『始元の大魔導師』殿。
ここにはサフラの前王もおらぬ。好きに話を膨らませてよいのだ」
……いっつも無茶振りすんなぁ、リゴスの王様。
「魔素流のように地を焼き尽くす巨大怪獣が、サフラの陣を襲ったのですよ。
ただ、怖さから行けば、私はリバータの方が怖かったですけどね」
「その噂は聞いていますよ。
どんな怪獣でしたか?」
これはエディの摂政さん。
「怪獣は2頭いたと聞きましたが……」
と、こちらはブルスの王様。
「うーん、どう説明したらいいかな……」
突然、部屋の天井近くを、翼竜のような生き物が埋め尽くした。
必死で走る人々を咥え、飲み込み、天に上っていく。
「なるほど、話に聞いていたものと違いますが、このようなものが。
たしかに恐ろしい」
さすがに、一国の王ともなると冷静だね。
ただ、サフラの若い王だけが、首をぶんぶんと横に振っていた。
「ち、違うのです」
「ほう、なにが?」
そう聞く他の王の口調には、揶揄があったよ。
いきなり、翼竜のような生き物が次々と燃え、地に落ちる。
火を吹き、すべてを焼き尽くす大亀の姿が映し出された。
大亀は、2発目の火球を吐いた。
広いとはいえ、室内だからね。その逃げ場のない迫力はとんでもない。
ルーの魔法だ。
俺のイメージを汲み取って、空間に映し出している。トーゴで一度見ているから、俺は少しは馴れているけど、それでもすごい迫力だ。
「こっ、これは……」
「ご覧になられましたよね。
トーゴにいた、大亀ですよ。
『始元の大魔導師』様の命により、このように戦うのです」
淡々としたルーの口調。
「……」
「……」
「……」
「……」
「そして、もう1頭がこちらです」
感情のない、ルーの声が続く。
現れたのは、言うまでもない怪獣王。東京を焼き払うシン・ゴジ△の姿。
王様達、黒目の周囲の白目が全方向見えるほど、眼を剥ききっている。
「……」
「……」
「……」
「……」
ああ、もう声も出ませんか。
ま、ダーカスの王様も、直接見たのは初めてだからね。
俺のことを偽者だの、ルーが色仕掛けで俺を引き止めているだの、密かにルー、激怒していたんだろうなぁ。
明らかにこれ、仕返しだよ。ハッタリも酷いけど。
ゴジ△がこちらを見下ろして、くわっと3つに裂けた口を開いた。
否応なく、さっきの大亀とは桁違いの熱線が予感される。
「ひぃぃぃぃぃ」
「ひぃぃぃぃ」
「ひぃひぃ」
「ひひぃ」
声にならない悲鳴が湧いたよ。
「ルー、止めるのだ」
俺、カッコつけて低い声でルーを止める。
「これが、サフラの軍を襲った災厄です。
そして、今のは魔法により描き出されたものですが、戦争のときは当然現物が現れたのです」
いやらしい補足するなぁ、俺。
「これは、父が折れてしまうわけだ……。
話には聞いていたが、これほどのものとは……」
サフラの若い王が呟く。
「これは、さぞや恐ろしかったであろう……」
リゴスの王様も呟く。
もういいや、ハッタリついでだ。
「場所は、ダーカスの国内ですね。
他国の軍が自国に入り込んできた場合、入り込まれた方を守護するよう私が設定した怪獣です。
リゴスに現れた『始元の大魔導師』が、我が仲間であれば、この怪獣自体は知っているはず。私が行った設定までは知らないでしょうけれど」
「……」
また、無言しか返ってこないか。
でも、悩んでいるなぁ。
今の、思いつきではあるけど、究極の抑止力かも。他国を攻めたら怪獣が出るってね。あとで、ヴューユさんとデリンさんには、口裏を合わせてくれるように話しとかなきゃ。
「失礼した。
『始元の大魔導師』殿。
今まで、あまりに軽率な口を叩いていたようだ。許されたい。
我々は、戦さなど起こさぬことを約束しよう」
「お願いしますね」
……やっぱりさ、圧倒的な力を見せるしかないのかね、平和の維持には。
まぁ、今は初回の集まりだからね。
10回めには、王様達の食事会ってくらい和やかになっていて欲しいよ。
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王宮内の最大の部屋。
各王のお付の人達、書記官さん、武官さん、魔術師さん。それに、ダーカスの有力者、ダーカスに来ている各国の有力者とか、招待客も多い。豊穣の現人の女神様も全員揃っている。
エモーリさん、スィナンさん、ギルドのハヤットさん、石工のシュッテさん、農家のタットリさんもいる。特別ということで、庭師のミライさんも。
商人組合長のティカレットさんは、人の群れから群れへと飛び回っている。
ケナンさんたちもいるし、デミウスさんも奥さんのラーレさんを連れている。
全部で200人はいるかなぁ。
なんか、同窓会みたいだ。
ダーカスの有力者は、他国からしたら顔を繋いでおきたい人達だろうからね。
エモーリさん、スィナンさんは言うに及ばず、シュッテさんならば、この世界で石のアーチ橋を掛けた唯一の親方だし、タットリさんは俺の世界の農産物を栽培できる人だし、こういう機会に他国から教えを請いたいなんて話も多い。だからこうして、一堂に会しているんだ。
王宮書記官さんたちが、もう100年以上も前の書類を引っ掻き回して、晩餐会のグランドプロトコルを探し出してきた。
けど、すでに実現不可能なものや、逆に晩餐会のメニューに使える食材の豊富さとかから、相当の練り直しが必要だったらしい。
この場は、その苦労の賜物なんだよ。
魔法による照明が優しく、だけどしっかりと明るく部屋の隅々までを照らしている。トーゴの洞窟探検に使われた魔法らしいけど、蓄波動機とコンデンサで自動化されている。
トーゴでの円形施設での成功を見た、最年少の魔術師さんが工夫してくれたそうだ。
いいねぇ。これでまた1つ、俺の手を離れたよ。
王宮中の四角いテーブルがみんな集められて並べられ、テーブルクロスが掛けられている。
これも、王宮の倉庫から、古い封印を解いて持ってきたんだそうだ。
でも、折り目とかが相当に風化していたんで、その補修にダーカスの布の工房はてんてこ舞いだったんだそうだ。
ダーカスの王様の高い声が響いた。
「それでは、一同のもの、一旦席に着かれたい。
これより、リゴスの王、ブルスの国王夫妻、サフラの王、エディの女王の入場である」
自然発生的にぱらぱらと始まった拍手が、大きなものになった。
そして、奥からリゴスの王、ブルスの国王夫妻、サフラの王、摂政さんに縦抱っこされたエディの女王って出てきて、一番の上座のテーブルに着いた。
この順番は、在位日数の長い順なんだそうだ。
ダーカスの王様と、俺は出迎える側だから、最初からこのテーブルの脇にいた。
俺が宮中晩餐会に出ていて、もてなす側だとはねぇ。
なんか、本当に感慨深いよ。
ダーカスの王様の合図で、全員が着席した。
そこで、ダーカスの王様が立ち上がって、挨拶をする。
次が乾杯。
そして、お料理が運ばれてきた。
まずは、色とりどりの野菜の前菜。
まるで絵の具を並べたパレットみたいだ。
昨日のお弁当より、遥かに色が鮮やか。まぁ、そうだろうね、作ってすぐ食べられるんだから。
酸っぱいの甘いの、と味付けもこだわっているのが俺でも判る。こりゃあ、王宮の料理人さん達、相当頑張ったなぁ。
そのあとは、スープ。
口に入れた一瞬で、懐かしさがこみ上げてきた。
鶏だよ。
そか、今日のために、試行錯誤したに違いない。それで、昨日、エディの女王様のお子様ランチ弁当には卵焼きが入ったんだ。
何日ぶりかなぁ、鶏のスープなんて。
ラーメン食べたくなっちゃうよ。
当然だけど、この世界では初めての味だからね。
「むう」なんて唸り声が、あちこちから聞こえる。美味しいんだろうねぇ。
次が、なんと、魚のトマトで煮たの。
トーゴ初の、船での漁の水揚げが、そのまま運ばれたんだそうな。
成人男性の体格に匹敵する、太くて大きな魚が何匹も獲れたんだそうな。
これもほろほろで美味しい。
ブイヤベースって奴かなぁ。
ブルスの王様夫妻は、この中では一番魚を食べているかもしれないけど、それでも唸っているもん。
魚も凄いけど、俺が持ち込んだレシピ本も凄いってことで。
そして、メインはヤヒウのロースト。
もう、この世界では定番だよね。
一緒に焼いた芋が山盛りに添えられている。
ダーカスの王様が、形ばかりにナイフを刺す。
すると、そのローストは脇に運ばれて、料理人さん達がいっせいに切り分けて、盛り付けを始める。
なるほど、実演する料理なんだ。
で、ダーカスの王様が切り分けるという儀式みたいなもんなんだな。
ああ、このテーブルだけ、特別なお皿なんだな。
俺が自分の世界で買って、この世界に送ったものだ。
確かに、綺麗だなぁ、このお皿。
次回、お見送り、なのだ。と、この場では言っておこう。




