28 ダーカスへの遡行
甘味について一悶着はあったけど、お弁当を食べ終わるとトイレを済ませて、そのままネヒール川を遡るケーブルシップに移動した。
王様達とお付きの書記官と護衛のボート、その他のお付きの者達のボート、荷物とダーカスの人達のボートの3つが繋がって、川を遡りだす。
乗り切らない人達は、次の便で来ることになっている。その人たちの到着は、夜になっちゃうけど仕方ないよね。
俺は、ルーと一緒に無条件に最初のボートだ。もう、否も応もないよ。
トーゴの円形施設までの急流を遡りきったところで、「さて」と、ダーカスの王様が切り出した。
「このような、王が集まってものごとを決めるような機会は今までなかった。
以後、定期的にこのような機会を持ち、お互いの信頼を深めていきたい」
各王がその言葉に頷く。
「おそらくは、今回の会議で決まることは多い。
各国書記官は、大量の羊皮紙を持ち込んでいることと思う。
ダーカスからは、まずは贈り物として、各国に紙というものを20枚ずつ進呈したい。
羊皮紙の代わりに、今回の事務にお使いあれ」
その言葉とともに、藁半紙が配られる。
「もう1枚頂けないか?」
これは、リゴスの王様。
「どうぞ」
と、もう1枚が手渡された。
リゴスの王様、お付きの者にペンを出させて、落書きのようなものを書き散らす。ついでそれをぐしゃぐしゃに丸めて広げ、それを何回か繰り返した後に、最後はびりびりに引き千切った。
他の王様達、いきなりのことにただ見守っている。
リゴスの王様、その引き千切った紙を再度丸めて、ポケットにしまう。
そして、俺の顔を見て、ゆっくりと言う。先程の、紙を引き千切る姿からは想像もできない深い目だ。
「これも『始元の大魔導師』殿の持ち込みしものなのかな?」
「そうです」
なんとなく、リゴスの王様の雰囲気に飲まれたまま、俺は答える。
「これを1万枚贖ったら、如何程になる?」
早っ。
もう商談開始かよ。
少しくらい、ふっかけたっていいよね。
「紙1枚が銅貨1枚、すなわち3万枚であれば銀貨300枚になります。
ですが、このような機会です。
特別に200枚で作るようにいたしましょう」
「……恐ろしいことを言う」
「そうでしょうか?」
「ブルスの王、エディの摂政よ。
諸君らは、この紙というもの、やはり贖いたいとは思わぬか?」
「ああ、我が国も、1万枚を銀貨200枚で購おう」
ブルスの王様、即答かよ。
「王に代わってお答えする。
我が国も1万枚を銀貨200枚で購いたい」
エディの摂政さんもかい。
「『始元の大魔導師』殿、これらの注文、来春に納品ということで、受けていただけるか」
リゴスの王様が確認をしてくる。
「おそらく大丈夫だと思います。
確認して明日にでも最終回答いたしますが、まず無理なくできることと思います」
しーん。
ボートの上、川の水のおだやかなせせらぎ以外の音が止んでしまった。
「僭越ながら、ご説明申し上げます」
ルーが沈黙を破った。
「我が名はルイーザ、『始元の大魔導師』様とこの世を繋ぐ役割を持たせていただいております。
まずは、ただ今のご発注の紙、計3万枚、確かにお受けいたします。
『始元の大魔導師』様。
羊皮紙でこの大きさの紙を1万枚贖うとすると、その値は通常で銅貨10万枚、銀貨にして1000枚にもなります。さらに、ヤヒウの革から、この大きさの羊皮紙は6枚しか取れませぬ。傷のない、良いところを選ばねばなりませんので。
すなわち1700頭ものヤヒウを1度にほふることになりますから、さらに値は高騰し、銀貨にして4倍の4000枚は下りますまい。
それだけでなく、翌年のヤヒウの数は大きく減り、元の数に戻るまで数年は必要かと。まして、それが3万枚ともなれば、5000頭を超えます。どこの国であっても、可能な数ではございません。
つまり、銀貨200枚は、破格にも程があります」
……えっ、俺、今までの相場の8割引にしたってこと?
銀貨800枚にしとけばよかったかなぁ。
確か、前に計算したとき、銀貨1枚が2万円相当だったよね。近頃なんとなく感覚が麻痺していたけどさ。
つまり、この世界の相場では、羊皮紙は1万枚で2000万円。で、一度に注文すると、割増料金になって8000万円。
くらっ、と来たわぁ。
たかが紙なのに、億が見えてくる金額じゃねーか。
で、それを俺は、400万円に値下げして売った、と。
ひょっとしなくても、俺、バカなんじゃないかな。
それでも、トーゴに落ちるお金、100日程で1200万円以上……。ま、もっとも、俺と王様が100万円ずつピンハネするけどね。それでも1000万円以上がトーゴに落ちる。
で、この各国1万枚は、まだサフラの分の注文は入っていないし、各国の王宮以外の数字も入っていない。つまり、これから、3000万円や4000万円は余裕でトーゴに落ちるよ。
だめだ、平衡感覚を失いそうになってきた。
だって、原価はロハの藁半紙だぜ。
「次に、各王に申し上げます。
『始元の大魔導師』様の持つ技は、魔術師のものにあらず、また単なる人のものにあらず。
個人としての職人の技に頼らずして、その拠り所は、科学というもの。
これ以降は、明日からの会議で詳しく説明いたしますが、科学とはあまねくこの世界を支配する法則のこと。
誰でも学べるものであり、それを応用することにより、魔法とは別の手段で、途方もない生産と破壊を可能とするものでございます。
数が揃えば調達が難しくなり、値が高くなるはあくまで今までの常識。
従来のお考えに縛られることなきよう、伏してお願い申し上げます」
「ううむ、なるほど」
呻き声に似た、了承の返事が呟かれる。
「どうも先程の弁当から、ダーカス王と『始元の大魔導師』殿の手のひらの上にいるようだ。
ダーカスはすでに、我々とは別次元の世界にいるのではないか」
と、これはエディの摂政さん。女王様は、その膝の上で、くぅくぅと眠っている。
「そうかもしれぬが、この姿は一年後の諸国の姿でもある。
ダーカスは、知識を公開する。そのうえで、先ほどの紙のような工夫を諸国に求めたい。
たしかにダーカスは先行しているが、知識は殖産興業を推進する。
諸国との貿易による発展を共にするためにも、工夫を願いたい。知的所有権という概念も、『始元の大魔導師』殿の世界から教えていただいた。その工夫は、共存共栄のために各国で守り合うべきものなのだ」
「なるほど。ダーカスの王よ、共存共栄か。
その方針にぶれが生じない限り、ブルスは全面的にその考えを支持しよう」
今度はブルスの王様が発言する。
王妃様は、そっと寄り添っている。
そか。
ここで、もう商売を始めちゃったのかと思ったけど、それを口実に会議の方針まで決めちゃったんだなぁ。ダーカスの王様、やっぱりさすがだよ。
そして、紙一枚から問題の本質に迫るリゴスの王様も、だ。
ケーブルシップは流れを遡り続け、エフスでも各国出身者の歓声を浴びた。
俺は、すれ違って下流に行くゴムボートに、藁半紙の3万枚の大増産の依頼の手紙を託す。
そして、俺達は、ダーカスのネヒールの大岩に近づいていく。
サフラの王様も、陸路でここにたどり着いているはずだ。
エレベータを見たときの各王の反応が、きっとまた見ものだよな。
次回、王様会議1、の予定です。
いよいよサミットです。




