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電気と魔法 −電気工事士の異世界サバイバル−  作者: 林海
第八章 召喚後210日から240日後まで(安全な土地の確保)
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28 ダーカスへの遡行

 

 甘味について一悶着はあったけど、お弁当を食べ終わるとトイレを済ませて、そのままネヒール川を遡るケーブルシップに移動した。

 王様達とお付きの書記官と護衛のボート、その他のお付きの者達のボート、荷物とダーカスの人達のボートの3つが繋がって、川を遡りだす。

 乗り切らない人達は、次の便で来ることになっている。その人たちの到着は、夜になっちゃうけど仕方ないよね。

 俺は、ルーと一緒に無条件に最初のボートだ。もう、否も応もないよ。


 トーゴの円形施設(キクラ)までの急流を遡りきったところで、「さて」と、ダーカスの王様が切り出した。

 「このような、王が集まってものごとを決めるような機会は今までなかった。

 以後、定期的にこのような機会を持ち、お互いの信頼を深めていきたい」

 各王がその言葉に頷く。

 「おそらくは、今回の会議で決まることは多い。

 各国書記官は、大量の羊皮紙を持ち込んでいることと思う。

 ダーカスからは、まずは贈り物として、各国に紙というものを20枚ずつ進呈したい。

 羊皮紙の代わりに、今回の事務にお使いあれ」

 その言葉とともに、藁半紙が配られる。


 「もう1枚頂けないか?」

 これは、リゴスの王様。

 「どうぞ」

 と、もう1枚が手渡された。


 リゴスの王様、お付きの者にペンを出させて、落書きのようなものを書き散らす。ついでそれをぐしゃぐしゃに丸めて広げ、それを何回か繰り返した後に、最後はびりびりに引き千切った。

 他の王様達、いきなりのことにただ見守っている。


 リゴスの王様、その引き千切った紙を再度丸めて、ポケットにしまう。

 そして、俺の顔を見て、ゆっくりと言う。先程の、紙を引き千切る姿からは想像もできない深い目だ。

 「これも『始元の大魔導師』殿の持ち込みしものなのかな?」

 「そうです」

 なんとなく、リゴスの王様の雰囲気に飲まれたまま、俺は答える。

 「これを1万枚贖ったら、如何程になる?」

 早っ。

 もう商談開始かよ。

 少しくらい、ふっかけたっていいよね。


 「紙1枚が銅貨1枚、すなわち3万枚であれば銀貨300枚になります。

 ですが、このような機会です。

 特別に200枚で作るようにいたしましょう」

 「……恐ろしいことを言う」

 「そうでしょうか?」

 「ブルスの王、エディの摂政よ。

 諸君らは、この紙というもの、やはり贖いたいとは思わぬか?」

 「ああ、我が国も、1万枚を銀貨200枚で購おう」

 ブルスの王様、即答かよ。

 「王に代わってお答えする。

 我が国も1万枚を銀貨200枚で購いたい」

 エディの摂政さんもかい。


 「『始元の大魔導師』殿、これらの注文、来春に納品ということで、受けていただけるか」

 リゴスの王様が確認をしてくる。

 「おそらく大丈夫だと思います。

 確認して明日にでも最終回答いたしますが、まず無理なくできることと思います」

 しーん。

 ボートの上、川の水のおだやかなせせらぎ以外の音が止んでしまった。



 「僭越ながら、ご説明申し上げます」

 ルーが沈黙を破った。

 「我が名はルイーザ、『始元の大魔導師』様とこの世を繋ぐ役割を持たせていただいております。

 まずは、ただ今のご発注の紙、計3万枚、確かにお受けいたします。

 『始元の大魔導師』様。

 羊皮紙でこの大きさの紙を1万枚贖うとすると、その値は通常で銅貨10万枚、銀貨にして1000枚にもなります。さらに、ヤヒウの革から、この大きさの羊皮紙は6枚しか取れませぬ。傷のない、良いところを選ばねばなりませんので。

 すなわち1700頭ものヤヒウを1度にほふることになりますから、さらに値は高騰し、銀貨にして4倍の4000枚は下りますまい。

 それだけでなく、翌年のヤヒウの数は大きく減り、元の数に戻るまで数年は必要かと。まして、それが3万枚ともなれば、5000頭を超えます。どこの国であっても、可能な数ではございません。

 つまり、銀貨200枚は、破格にも程があります」

 ……えっ、俺、今までの相場の8割引にしたってこと?

 銀貨800枚にしとけばよかったかなぁ。


 確か、前に計算したとき、銀貨1枚が2万円相当だったよね。近頃なんとなく感覚が麻痺していたけどさ。

 つまり、この世界の相場では、羊皮紙は1万枚で2000万円。で、一度に注文すると、割増料金になって8000万円。

 くらっ、と来たわぁ。

 たかが紙なのに、億が見えてくる金額じゃねーか。


 で、それを俺は、400万円に値下げして売った、と。

 ひょっとしなくても、俺、バカなんじゃないかな。

 それでも、トーゴに落ちるお金、100日程で1200万円以上……。ま、もっとも、俺と王様が100万円ずつピンハネするけどね。それでも1000万円以上がトーゴに落ちる。

 で、この各国1万枚は、まだサフラの分の注文は入っていないし、各国の王宮以外の数字も入っていない。つまり、これから、3000万円や4000万円は余裕でトーゴに落ちるよ。

 だめだ、平衡感覚を失いそうになってきた。

 だって、原価はロハの藁半紙だぜ。


 「次に、各王に申し上げます。

 『始元の大魔導師』様の持つ技は、魔術師のものにあらず、また単なる人のものにあらず。

 個人としての職人の技に頼らずして、その拠り所は、科学というもの。

 これ以降は、明日からの会議で詳しく説明いたしますが、科学とはあまねくこの世界を支配する法則のこと。

 誰でも学べるものであり、それを応用することにより、魔法とは別の手段で、途方もない生産と破壊を可能とするものでございます。

 数が揃えば調達が難しくなり、値が高くなるはあくまで今までの常識。

 従来のお考えに縛られることなきよう、伏してお願い申し上げます」

 「ううむ、なるほど」

 呻き声に似た、了承の返事が呟かれる。



 「どうも先程の弁当から、ダーカス王と『始元の大魔導師』殿の手のひらの上にいるようだ。

 ダーカスはすでに、我々とは別次元の世界にいるのではないか」

 と、これはエディの摂政さん。女王様は、その膝の上で、くぅくぅと眠っている。


 「そうかもしれぬが、この姿は一年後の諸国の姿でもある。

 ダーカスは、知識を公開する。そのうえで、先ほどの紙のような工夫を諸国に求めたい。

 たしかにダーカスは先行しているが、知識は殖産興業を推進する。

 諸国との貿易による発展を共にするためにも、工夫を願いたい。知的所有権という概念も、『始元の大魔導師』殿の世界から教えていただいた。その工夫は、共存共栄のために各国で守り合うべきものなのだ」

 「なるほど。ダーカスの王よ、共存共栄か。

 その方針にぶれが生じない限り、ブルスは全面的にその考えを支持しよう」

 今度はブルスの王様が発言する。

 王妃様は、そっと寄り添っている。


 そか。

 ここで、もう商売を始めちゃったのかと思ったけど、それを口実に会議の方針まで決めちゃったんだなぁ。ダーカスの王様、やっぱりさすがだよ。

 そして、紙一枚から問題の本質に迫るリゴスの王様も、だ。


 ケーブルシップは流れを遡り続け、エフスでも各国出身者の歓声を浴びた。

 俺は、すれ違って下流に行くゴムボートに、藁半紙の3万枚の大増産の依頼の手紙を託す。

 そして、俺達は、ダーカスのネヒールの大岩に近づいていく。

 サフラの王様も、陸路でここにたどり着いているはずだ。

 エレベータを見たときの各王の反応が、きっとまた見ものだよな。


次回、王様会議1、の予定です。

いよいよサミットです。

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