006 アンズ召喚~この時まではみんな無害だと思っていた~
「てめーら! さっきはよくもやってくれたな!」
ザ・小悪党という言葉が、背中に投げかけられる。
振り返ると、砂まみれのターバン黒服の集団が集結していた。
こめかみに青筋を浮かべて、たいそうお怒りのご様子だった。
さっき吹き飛ばしてしまったわけだから、当然の反応だ。
「そういえば、どっちに吹き飛んでったっけ?」
「王都の方がじゃなかったかしら?」
「なるほどなるほど、つまりゴロツキの方が早く戻ってたってことか。なるほどなるほど」
「コハルくーん! あとはー! よろしくねー! うふふふふふー!」
レンリはすでに、遠く離れていた。
犠牲を強いられるのは平民、貴族は高見の見物。
この世の縮図のような二人の関係。
「オイコラふざけんな! そこは応援しろよ! オレを応援しろよ! 助けねーけど!」
「きゃー! ゆうしゃさまー! がんばってー!」
「心がこもってない! 言わされてる感ありあり! うっわーレンリ様女子力低すぎー!」
ガッチャガッチャと金属音が近づいた。
手に手に青銅剣を握りしめている。
あーどーしよー。こっちまだ素手……。
オマケにレンリが助けてくれる要素ゼロ。
逃げるか、逃げちまうか?
「大人しく、レーゼイン家の貴族様を差し出して貰おうか!」
「金に困ってるんだよなぁ俺達」
「なんてったって今月結婚式5件だぞ! 5件!」
切実にご祝儀が大変そうな件数だった。
貴族令嬢でも誘拐しなきゃ、払えないかもしれない。
「ふざけんな! そんな簡単にレンリを……」
「青銅剣は切れ味悪いから痛ってぇぞぉ!」
黄金色の剣が眼前に突き出される。
むんむんとした男達の熱気に、コハルは気圧された。
「どっから刻まれてぇんだ? 腕か? 足か?」
ブンッ!!
ゴロツキの放った剣が腕をかすめた。
血がぶっしゃーと流れる。
「…………」
コハルぴくりとも動かず。
「ほう、これだけ叩き斬られても動じねぇか。たいした度胸だ」
ゴロツキ、ショックで固まってるだけのコハルを、我慢強い男と評価。
「今なら命だけは許してやる。どけ、貴族令嬢を差し出せ!」
「……」
コハル、ビビって動けなくなっていた。
「女を庇って死ぬか……。良い覚悟だ。貴族の僕じゃなければ、俺達のギルドに加えてるとこだぜ」
ゴロツキ、コハルの評価を最高ランクにまで引き上げる。
ビビって動けないだけなのに、最高ランク。
沈黙は金とは、よくいったものだ。
一方のコハルは……。
(神様、神様……助けてください)
神に祈っていた。
(え……ちょ……強いんですけど……。すっげー痛いんですけど……)
ゴロツキとのやり取りが、なにやらただならぬ進展を迎えてると察したレンリ。
傷を見るやいなや、悲鳴を上げた。
「コハルッ!? その腕――ッッッ!?」
コハルは恐る恐る傷口を見る。
結構ザックリ行ってて、右手がプランとしていた。
これで逃げないわけだから、それは命を捨てる覚悟と勘違いされてもしかたない。
やべぇ、これ死ぬ。
まじ死ぬぜってー死ぬ。
「動かないで! じっとしてて! どうしようかなり深い! ヒールは……でも、人目があると使えないし……どどどどうしよう――!?」
レンリが慌てていた。
ぼたぼたと血が流れて、とても温かい。
離れていたはずのレンリが、オレの腕を掴んで止血する。
何で逃げねーんだよ、これじゃ……斬られ損じゃないか……。
コハルは、ちょっと走馬燈がよぎりはじめていた。
「さあ、これで二人揃ったな」
「女は貰う、男の方は埋めちまえ!」
ニタニタと、ゴロツキ達の下卑た笑いが聞こえた。
オレの傷が深いせいか、レンリも正常な思考ができていない。
魔法を使ってこの場をしのぐのも、きっと無理だろう。
そもそもオレ腕ぷらんしてて、走ったら取れそうだし……。
絶望。
コハルの頭が真っ白になった、そのとき。
――やれやれ、まったく。本当に情けない主だ――
眼が、喋った。
――ここで貴様に死なれては、我が目的の達成は叶わぬ。死にたくなくば、我を高く掲げよ――
(掲げると、どうなるんだよ)
――貴様の使役する、屍魔獣を此処に召喚せしめよう――
「ちょ、コハル。動いちゃ……って、え?」
オレは左手を掲げた。
甲に埋め込まれた眼が、まばゆく輝き始める。
「おい!? なんだこの光は!?」
「眩しくて何も見えねぇ!?」
「あのコゾウがやったのか!?」
ゴロツキ達に動揺が広がる。
でも一番驚いていたのは、レンリだった。
「呪文詠唱も触媒もなしに……? 召喚魔法!? 嘘でしょ!?」
どうやら召喚魔法は超上位スキルらしい。
ナイスだ! 左眼!
だが、何を呼び出した?
ドラゴンか!? キマイラか!? それともグリフォンか!?
――案ずるな、そんな下等なケモノではない。常世をも破滅させる力を持った、封印されし屍魔獣だ――
呪文の影響か左眼の声が響いていた。
”封印されし屍魔獣”
その言葉に、恐怖が広がる。
場の全員が固まっていた。
魔術の影響か、身体を動かすこともできない。
うにょん。
上空に閉じた目のような線が走ると、空間が歪むような圧迫感を受ける。
ぴりりとした振動が走ると、虚空に亀裂が入った。
ビリ――ビリリ――。
激しい空気の揺らめき。
光の柱が幾筋も地上を照らし、収束していく。
微かに判別できるのは、人型のフォルムだ。
これは……天使? いや、屍魔獣だから悪魔という可能性も……。
全員の視線が、その場に釘付けになった。
「な、なんか出てきやがったぞ!?」
「また俺達を竜巻で吹き飛ばすつもりか!?」
ゴロツキ達に衝撃が走る。
向こうは向こうで、こっちを恐れているみたいだった。
さあいったい、どんなバケモノが現れ――。
「はわぁ♪ 召還されましたぁ♪」
出てきたのは、真っ白く輝くアンズだった。
「へべちっ!」
着地に失敗して、思いっきり崩れる。
戦闘力は、なさそうだった。