005 新世界でレンリと二人
「…………」
レンリは無言だった。
来たことがある。
まさか。そんなはずはあるまい。
今も自分の横を、六本足のカバが通り過ぎていった。
コハルは雑念を払うように、頭を振る。
街灯にはためくタペストリー、そこに書かれた文字が目に入った。
普通に見ていたら、文字はただの棒の羅列。
でも、これは……この配置は……。
「八……王子……?」
くさび形文字の並びが、”八王子”にしか見えない。
「どうしたの?」
「い、いや。何でもない」
「気づいてしまったのね。この世界がとても……八王子っぽいことに……」
(ははっ、まさか。青梅でトラック喰らって八王子に転生なんて、そんな、はは。あるわけない、あるわけない)
ちなみに青梅から八王子というのはあきる野市を跨いで、隣の隣くらいである。
血湧き肉躍る壮大な大冒険を期待していたコハルが、このままだと市内規模の冒険で終わると落胆しかけているのは、ナイショだ。
「やめろ……やめてくれ……」
「ちなみに、コハル君を拾ったのが相原あたりよ」
「現実に戻ってしまう……もっと……ファンタジーっぽい名前でお願いします」
「アイ・ハラよ」
「カタカナにしただけじゃねーかよ」
確かに横浜線乗ってると相原あたりは山だらけだった。
確かに、確かに、さっき見た地形とソックリなんだけど……くそおおおおお。
悔しがるコハル。
「こ、こんなだったら飛騨の山奥で巫女の女の子に生まれ変わって、彗星から村人守る転生したかったぁああああ!!」
「この世界はね、彗星よりも強そうな邪神が復活するのよ。来年」
「それはもう聞いた。逃げよう」
「残念ながら、八王子市の範囲から抜けようとするとモンスターが強くなるのよ。稲妻にも打たれるそうよ」
「ええ……」
「駅前の市営ホールに復活予定だから、それまでにレベルを上げて倒しましょう。倒さなきゃ死ぬんですから」
「いやっだあああああ!! 帰してぇえええええ!! 元の世界戻してぇえええええ!! 勝てましぇえん、勝てましぇんよ!! 邪神なんて絶対勝てませんって!!」
「もう一回トラック轢かれれば、コハル君も元のオジサンに戻れるんじゃない? もっとも、この世界にはトラックはおろか自動車すら存在しないけどね。あるのは馬車よ、馬車。さっさと轢かれなさい」
一週間とはいえ、レンリが先発してくれたことに感謝するコハル。
彼一人だったら今頃どうなっていただろう。
でも……。
「なあ、レンリ」
「何よ?」
「心細かったよな、この一週間」
「…………」
ぽんと、レンリの肩にコハルは手を置いた。
「何よ……コハル。寂しかった……なんて……私は……全然……」
二人が新しい大地で良い感じの雰囲気になりかけた瞬間――。
「おいおい待ちやがれ!」
聞き覚えのある声が、耳に届いた。