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004 タナトスサーバー


「あはは! すげー! 観光地だ観光地!」


 煌びやかなシルクの衣装をまとった、エキゾチックな少女達や、ターバンを巻いた商人達。

 隊列を組んで塩や香辛料を運ぶコカトリスの列。

 日干しレンガや石造りの家屋、商店が一直線に続いていて、そこかしこに露天が出ていた。

 活気あふれる市場街。

 バザールってヤツだろうか?


 ネズミの巨大遊園地で、似たような場所を見た気がする。

 シーの方、そうシーの方だ!


 エキゾチックタウンを見つめ、コハルはうっとりモードに入る。

 ありがちな中世ヨーロッパではなく、砂漠の国。

 しかも女の子の服が露出多目というのがツボったらしい。


「ママー、あの人どーしてコカトリスに咥えられてるのー?」


「しっ、見ちゃいけません!!」


 通り過ぎる親子連れが、見せちゃ行けないもののようにコハルを扱う。


「砂漠の街なのか、ここは? 転生先……としては珍しいな」


 露天のござの上には小麦、大豆、オリーブ、ナツメヤシ、様々なものが並べられている。

 しかしと、コハルは違和感を覚える。

 コハル達が普段遊んでいたゲームと同じなら、どこかでこの街を見たことがあるはずだ。


「こんな場所、見たことない。でも変だ、ゲームでは知らないのに……オレは……この場所……」


「タナトスサーバーって知ってる?」


「レンリが一週間前に引っ越したところだろ」


「タナトスサーバーはね、あのゲームの実装前の……アルファテストサーバーだったの」


 アルファテスト……。

 ベータテスト前に行われる、本当に限られた人間のみに解放されるテスト環境のことだ。

 一万人単位で行われるベータテストと違い、守秘義務契約を結ばなければ入れない。


「ってことは、レンリはゲーム中でこの場所を訪れたことがあって――」


「ここが、タナトスサーバーなのよ」


「……はい?」


 つまりだ。

 レンリと音信不通になったのが一週間前。

 一週間前に、レンリはタナトスサーバーのアルファテスターになった。

 そこから転生したわけではない。

 レンリは一週間、この場所から動いていない。


「転生しなきゃ、この世界タナトスに来れないのよ」


「そうか……」


「あまり落ち込まないで、コハル君」


「道行く女の子の衣装が際どくて、脇と下乳が見えてるから……良い」


 ぱーん。


 レンリがビンタを決めた。


「貴方が落ち込んだと、勝手に心配した私がバカだったわ」


「言語は理解できるし通じるんだけど、文字が読めねーな」


 問題は、文字だった。

 店の看板、野菜や肉、香辛料などにつけられた値段。

 全部読めない。

 コハルは目をこらし、まじまじと文字を見つめる。

 アレ……これって歴史の教科書で見た覚えがあるぞ。

 コハルの頭の中に、貧弱な歴史知識が蘇る。


「くさび形……文字?」


「恐らくアッカド語よ。ハンムラビ法典くらい、聞いたことあるでしょ?」


「それなりに地続きの設定なのか」


「ゲーム制作者が、歴史好きなんじゃないかしら? バビロニアは中世ヨーロッパに次いで人気があるもの」


 通り過ぎる少女達の顔は、目鼻立ちの整った西洋風ではない。

 日本人に近い童顔で、オリエントの魅力あふれる美少女ばかりだった。


 きょろきょろと周囲を見渡しては、彼は目的のものを探そうとする。

 ロープで連結され、荷を運ぶコカトリスの群れ。

 窯で焼かれる小型恐竜のような動物。

 檻に閉じ込められた、二本鼻のエレファント。

 動物だけで、人間タイプがいない。

 レンリはエルフだから、獣人やリザードマンなどもいそうなものだが……。


「人間しか暮らしてないのか、この世界」


 ちょっとがっかりするコハル。

 でも、レンリは違った。


「いるわ。ちょっと奥まった場所にね……」


 レンリはコハルよりも一週間早くこの世界に来たと言っていた。

 コハルがこの世界に来て、まだ1時間。

 元の世界での一週間と、この世界の一週間は同じ一週間でも密度が違う。

 きっとコハルの想像もつかないような世界を見たのだろう。


 ちょっと奥まった場所にいる。

 その言葉に、コハルは胸をときめかせた。


 異世界転生といったら、アレしかない。


「行きたいところがある」


「へぇ、アンズちゃんほっといてまで行きたいところって、どこ?」


「まずは戦力の増強だ」


「何? 冒険者ギルドでも行くの?」


「奴隷市場で巨乳ピンク髪獣人奴隷が欲しい」


 ゴン! ゴンゴンゴン!

 レンリがコハルの頭を小突く。

 ゴン! ゴンゴンゴン!


「夜迦の相手最強でしょ? そんなもの購入したら即座にコカトリスの餌にするわよ」


「すみません。冗談です」


「冗談でも言わないで。お願い……」


 沈み込むレンリ。


「あの……レンリ。やっぱり、亜人は奴隷になるのか……?」


 レンリはもみあげで耳を隠している。

 きっと、エルフだとバレたくないのだろう。


「エルフ族は魔法を使えて、獣人は力が強くて、リザードマンは剣も魔法も使える。でも、人間の方が数が多いのよ。街中にいるのはね、そうして……捕まって奴隷になったものばかり」


「ごめん、もう言わない」


「この世界ではね、殴られれば痛いし、攻撃され続ければ普通に死ぬわ。コハル君はさっき身をもって経験したたから、言うまでもないでしょうけど」


「だとすると、ここで戦うのは不利だな。オレ達が狩り場にしてた場所に戻ろう。戻れるんだろ?」


「それは……」


 レンリが言いよどんだ。


「タナトスサーバーはね、完全に新規の世界なの。もしかしたらテレポートスポットや、転移のスクロールがあるかもしれないけど。今のところ見てないわ」


 ……マジかよ!?

 なんてこった、そんなのありか。


「つまり、私達のゲーム知識の一切が、この世界では通じないってわけ」


「いやいやいや!! おっかしーだろ!! 普通こう言う展開、って……」


『ゲームで見たことがある!!』


 とか


『悪いなオレは相当やりこんでてな、レア武器レアアイテム、魔獣を一撃で倒せるレベルで、神獣すら召喚できるのだ。ふは、ふははははっ!!』


「……に、なってるんじゃねーの!?」


「貴方……」


 可哀想な子を見る目だった。


「それができるなら楽勝で私が異世界制圧して、レンリ様尊い王国を作ってるわよ」


「確かに……確かにそうだな……。オレも淫乱ピンク髪サキュバス帝国を作ってる……」


 街は碁盤の目のような配置だった。

 四角の区画を、斜めに横切るような通りがある。

 そこがこの街のメインストリートであり、バザールみたいだった。


「コカトリスは置いていきましょう」


 ぽとり、コカトリスの口からコハルは解放される。

 レンリが商人に銀貨を渡すと、コカトリスは引き取られていった。

 コカトリス預かり所とか、そんなところなのかもしれない。


「ごみごみした街だから、ここでは歩いた方が早いわ」


 レンリは再び宝玉を取り出すと、進む方角を定めた。


 街路樹を取り囲むようなベンチ、巨大な石のオブジェ。

 そして青銅で作られた街灯の左右に、伸びるタペストリー。

 等間隔に並ぶ石造りのプランターには、パンジーの花が植えられている。


「なんかここ……来たことあるんだよな……」


 コハルの一言に、レンリは不穏な反応を返した。


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