037 邪神パズズ
現実世界のマンションの一室。
少女がニュースを見ていた。
失踪した女性が変わり果てた姿で、男のマンションから発見されたというニュースだ。
身体はバラバラに解体されて、ほとんど捨てられたりトイレに流されたりしていた。
警察が犯人の男を逮捕し、部屋からから連れ出している。
報道陣のフラッシュがまばゆいばかりに焚かれていた。
「あーあ、ついに捕まっちゃったか」
少女は手元のスマートフォンに目を落とす。
表示されているのはSNSの殺人グループ。
問題の彼は、今朝から更新を停止していた。
と、次の瞬間アイコンが消え、退会処置がなされる。
きっと報道陣に投稿内容がほじくられる前に、警察かSNSの会社のどちらかが消したのだろう。
女性を解体していく動画なんて、世界に拡散されたら大変だ。
この世には地獄があるんだ。
少女は、それを知っている。
それは人工的な地獄。
思わず目を背けたくなるような残虐な行為を好む、氷の心の持ち主達の楽園。
彼らは潜在的な殺人鬼。
こういう危ないSNSグループや掲示板に、自作の小説やイラスト、マンガを投稿し続けている。
それはただ、純粋に……興味本位や、ハラハラドキドキするためにやっているのかと思っていた。
今まではそう思っていた。
人を殺すつもりなんて最初からなくて、日頃のうっぷんや知的好奇心を満たすための遊びなのだと。
しかし、実際は違った。
この世界には殺人鬼が、確かにいるのだ。
実行しないのは、勇気が出ないから、それだけ。
でもネットの世界では、本気で殺人を犯す人間はいない。
ガス抜きのために、残虐な作品を投稿している。
それで満足する人間がほとんど。
少女は仲間がたくさんいると思っていた。
自分の変わった趣向に理解を示してくれる、仲間がいると。
SNSに招待されたはいいが、どこにも少女の居場所はなかった。
理解者を探すため、色んな人間にDMやリプライを飛ばしたが、無駄だった。
彼女の残虐性を、誰も理解できなかったのだ。
そのうちに、殺人グループは少女抜きで盛り上がるようになった。
一人も殺さすに、自作漫画や小説を褒め合っていた。
少女の席はここにはない。
それでも未練がましく、グループにしがみついている。
自分の理性のタガを、必死で守ろうとするように。
今ここで誰かに必要とされたら、こちら側にとどまれると、そう心を抑えていた。
少女は、いつの間にかひとりぼっちになっていた。
結局誰からも話しかけられなくて、グループは別の場所に移っていった。
何がいけなかったのか、わからなかった。
少女はただ、他人から必要とされたかっただけ。
話しかけて貰えれば、何も……何も変わることはなかったのに。
そんな少女に、一通のDMが届いた。
衝撃的な内容の動画。
悪魔の所行が詰まったDMだった。
背中から抱きしめられるように、満たされるものを感じた。
送信者の彼は、護送車に移される前にマンションから飛び降り、命を絶った。
テレビの報道カメラが色めき立ち、アナウンサーが興奮した様子で実況を始める。
「関心なんて示さなかったくせに……。今まで生きてきたって、ずっと無視してきたくせに……」
少女の背後に、かつて両親だったものが吊されていた。
報道カメラがこの惨状を発見すれば、殺人鬼の男などとは比較にならないほどセンセーショナルに報道するだろう。
だが少女には、もはやどうでもいいこと。
この世界に未練など、なくなっていた。
起動したままのPCから、妖しげな光の波が溢れている。
いくらでも残虐なことをしてもいい異世界が、ディスプレイの向こうに広がっていた。
むちゃくちゃに破壊してもいい、どれだけ残虐な行為でも正当化される、理想の世界。
そのはずだったのに。
「まさか、私よりも冷酷なヤツらが転生してくるなんてね……」
ディスプレイの向こうに死龍を宿した少年と、アンデッドの少女が映っていた。
このままでは少女が赴く前に、異世界は滅ぼされてしまう。
少女はディスプレイに、手をかざした。
血に濡れたか細い指。
もはや彼女は、人殺しだ。
指先をディスプレイに伸ばす。
つぷり。
人工的な光が揺らめくと、手のひらまで飲み込まれた。
「ふふ……ふふふふ」
両親を殺したことにより、ようやく少女は認められたのだ。
少女の名前はパズズ。
これから異世界に招かれる、邪神だ。




