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033 星の見えないお姫様


 冷たい瞳がコハルを見つめていた。

 淡く輝く長い髪。

 白いワンピースをなびかせて、ティティアが近づく。


 彼女の周囲を回る星が、アバドンの遺体に触れた。


 シュボ――。


 直立したままの遺体が、青白く燃え上がる。


 ハイエルフのエンリ様でさえ、ティティアの一撃で倒れた。

 コイツはアバドン以上に強力だ。


 コハルは周囲を見渡す。

 エンリ様は星の一撃を食らっている上に、先ほどの戦闘でダウン中。

 アンズも連続戦闘の結果か、疲れが見えた。


 ティティアはなおも、コハルに近づく。

 攻撃するなら、今だ。

 だが……。


「さっき、星が見えないとか言ってたよな」


 コハルはエゾロディネガルを捨てた。

 この少女が敵だとは、どうも思えなかったからだ。


「なんでそんなに、星が見たいんだ?」


『私が、星のダンジョンコアだからだよ。でも、君には関係ない。侵入者は敵だから――』


 近づくティティアの前に、アンズが躍り出た。


『――お兄さんから離れろ……死ね――』


 暗黒の尾を伸ばし、振り下ろす。


『星の前では、魔獣だって止まって見えるね』


 少女がアンズを睨み付けると、周囲に星が舞った。

 星の鱗粉が触れるだけで、アンズの尾が消失していく。

 光が凝縮した。

 銀の光を浴びた鮮やかな色彩が球体に固まる。

 アンズに向かって放たれようとした、瞬間――。


「もうやめてくれ!」


 コハルが鋭く叫んだ。


「傷つけあうのは……たくさんだ」


『まったく……このダンジョン初の攻略者が、こんな甘ちゃんなんてね』


 ティティアの星の回転が緩くなる。

 そしてアイテムを形成するように、横方向に伸びた。

 ダンジョントラップに変化した星。

 クルクル回る丸太になり、アンズをはじき飛ばす。


『どわっぷ!?』


 間抜けな悲鳴を上げ、アンズは叩き出された。

 滑った先の地面にぽっかり穴が空いていて。


 ぼちゃん。


 水槽に落ちた。

 コントみたいだった。


「……すげーな、色んなモノ生み出せるんだな」


『ダンジョンコアだからね。それなりに自由にできるよ』


「アバドンは死んだ。ティティア、オマエももう……自由だ」


『そっか、自由か。よくわからないな、その言葉』


「レンリとアササギっていう女の子、知らないか? アバドンがダンジョンコアに捧げたって言ってたんだが」


『ああ……さっきの子達ね。大丈夫、まだ食べてない』


 ティティアはすっと、フロアの奥を指さす。


 アバドンとの戦闘で荒れてしまったが、地下神殿のような荘厳な建築だった。

 フロアの奥に、巨大な杯が見える。

 ガラスでできたハート型の杯。

 その内部を、なみなみとワイン色の液体が満たしていた。


「レンリ――!? アササギ――!?」


 杯の液体の中に沈んだレンリとアササギ。

 コハルの声が届いたのか、微かに身体を震わせる。

 呼吸はできているみたいだった。


 ――ピシリ。


 杯に、ヒビが入った。

 怪我でもするみたいに、ガラスのヒビから紅い液体が吹き出す。


 ピシリ――ピシリ。


『ダンジョンコアはアバドンの魔法で形作られているの。私はただ、杯を満たすエネルギーに過ぎない。ずいぶん昔にね、溶かされて……ダンジョンコアになったの』


「ティティア……」


 コハルはティティアの頬に、手を伸ばした。

 すっと、その手は空を掴む。

 彼女の実態は幻で、触ることはできない。


『ごめんなさい……ごめんなさい……』


 か細く、ティティアが泣いた。


『お願い、ダンジョンコアを壊さないで。もうすぐティティアは消えてしまうから、それまでは――お願い――』


「はぁ、たく。壊さねーよ。それにオマエがそれ言うか。ダンジョン入った瞬間、ガチで殺しに来たくせに」


『……嫌な夢ばっかり見てたの。エルフがミイラ化して、ドワーフが自爆してく、最悪なものばかり』


「それは夢じゃなくて事実だな」


『君たちが来てから、私……結構……調子悪くて……』


「だろうな。オレもこのダンジョンに入った瞬間から、発狂しかけてる」


『さっきの魔獣は何? 最悪なのと戦った気がするんだけど』


 アンズはババ抜きのジョーカーだ。

 ジョーカーを引かなければ勝ち、引いてしまえば負けだ。


 村長オルガスがレンリとアササギを誘拐し、アンズをこのダンジョンに呼び寄せた。

 その時点で、このダンジョンの負けが確定した。

 どうあがこうが、ジョーカーを引いた瞬間負けなのだ。


『そういえば君は魔獣のことをアンズって呼んでたよね。もしかして、魔獣アンズー?』


「みんなそう呼んでたな。ほぼアイツ一人でこのダンジョン突破したぞ」


 大惨事に気づいたティティアの顔が青ざめる。


『うわぁ……』


「うわーじゃねーよ! こっちのセリフだ!」


 アンズは背後の水槽でのんきに泳いでいた。

 侵入者排除用ならば、酸の液体でも満たしていたはずだ。

 アバドンが死に、迎撃する必要もなくなったのだろう。

 お互い、警戒心を解いていた。


「こんなダンジョンに住んでたら、つまんねーだろ」


『私は、わからないんだよ。ここ以外で、暮らしたことないから』


「だったら、今度家に遊びに来いよ。あ……でも、オレこっちに家ないんだった」


『え……その……』


 ティティアは困惑した。

 物心ついた頃からダンジョンコアだった少女に、今まで友達がいた記憶はない。


『こんな私なのに……? ダンジョンコアだよ? 今まで人間を、エルフを――どれだけ殺したかわからないのに――』


「もうオマエはダンジョンコアじゃない。安心しろ、こっちにはハイエルフのエンリ様がいるんだ。エンリ様すげーんだぞ、きっと魔法で――」


 ピシリ。


 ダンジョンコアに、巨大な亀裂が走る。

 それと同時に、霊体であるティティアの身体も裂けた。


「大丈夫だ。絶対、何とかしてみせるから!」


 コハルは強がりを言った。

 透けたティティアの腕を何度も掴もうとするが、すり抜ける。


『嬉しいな……本当に。きっと私なんて、アバドンが倒されたら破壊されちゃうと思ってた』


 ピシリ。


 崩壊が進んでいく。

 星の力を使って霊体を維持しようにも、魔力自体が尽きかけている。


「ダンジョンに入ってから、本当に辛かったんだ。最後に――友達の一人くらい作らせてくれよ。そうじゃなきゃ、救われないだろ」


『友……達――?』


 つうと、ティティアの頬に一筋の雫が流れた。


「ああ、友達だ。こんなダンジョンでモンスターに囲まれて、つまんねーだろ」


『私は嬉しいよ、今……すごくね』


 ティティアが笑った。

 星が散るような、可憐な笑顔だ。


『名前、教えて欲しい』


 ティティアがコハルの手を掴む。

 少ない魔力を使って、身体を実体化させた。


「コハルだ」


『コハル君――。その名前、忘れないよ』


 星の輝きが薄れていく。

 コハルの手に伝わる体温が、急速に薄れていく。

 ティティアの霊体が透けると、その向こうに瓦解を始めたダンジョンコアが見えた。


『私は昔、きっと星の女神だったんだと思う。星の力で、このダンジョンを維持してきた』


「ティティア、頼む。もう力を使わないでくれ。このままだと、オマエは――」


『星が……見たいよ……。最後に星が見たい――』


 コハルは、息を呑んだ。

 ティティアの遺言だと、理解したからだ。


「左眼――頼む――」


 コハルは左手を天にかざした。

 意識を集中し、全魔力を眼に注ぎ込む。


「ティアマトの意地――見せてやれ!」


 眼が瞬きした瞬間、左手から黒龍が放たれた。


 すさまじい衝撃波と轟音と共に、天井を突き破っていく。


 破壊された天井の向こうに、月が見えた。

 青白く輝いていて、吸い込まれるほど美しい。

 振るような星空。


 空から差し込む、清らかな光。

 月明かりに伸ばしたティティアの手が、溶けていく。


「……ティティア……君は――」


 まばゆい光が、ティティアから解放された。

 空間が膨張して、世界が変換されていく。


 不思議な光景が広がっていた。


 キラキラした星の海。

 そこでコハルは、星の姫の手を引いていた、


 青や黄の、星の色に輝くドレスを着たティティア。

 水銀灯の光を帯びたように、美しい色彩をたなびかせる。

 流れ星に乗りながら、旅をしているみたいだった。


 星空を駆けるティティアが、コハルに向かって微笑む。


『ありがとう――コハル君――……』


 美しくて、可憐な笑顔。

 星がまたたくような、儚さだ。


『これで――私も、星が――掴め…………る……』


 それがティティアの最後だった。

 流れ星は地球の引力に負けて、地上に引かれる。

 大地に落下した星は、そのまま暗い地下の奥でダンジョンコアになった。


 コハルは、薄らぐティティアの前に立っていた。

 星はもう見えない。


『ずっと空から、君を見守っているから』


 幻聴のように聞こえた、ティティアの声。


 幻想空間は崩れた。

 ダンジョンコアが崩壊していく。

 ティティアの声は、もう聞こえない。


 無意識のうちに、コハルは歩き出していた。

 ぽっかりと心に開いた孔。

 その虚無感が、コハルを突き動かす。


「オレはいったい……何をしに来たんだ?」


 うわごとのように、独り言を喋る。


「どうしてダンジョンに? ここまで傷ついても、守りたいものが――あって――」


 よろめく足を必死に動かし、ダンジョンコアを目指す。


「大切なんだ。オレは……守りたかったんだ。どれだけ辛くても、これだけは――」


 崩壊したダンジョンコア。

 杯は割れ、滝のように液体が流れている。


 コハルは、杯の中から少女の身体を引き上げる。

 美しい銀髪と、エルフ耳。

 レンリだ。

 ここまで傷つきながら、彼が守ろうとしたものだ。


「コハル君……」


 解き放たれたレンリが、弱々しく抱きつく。


「助けに来るのが遅くなった。すまない」


「どうしてそんな顔してるのよ。その顔見たら、どれだけ苦労したかくらい……わかるわ」


 レンリの指が、コハルの涙をぬぐった。

 知らない間にコハルは涙を流していたのだ。

 安堵のものなのか、それとも、ここまでの過酷な試練のものなのか。

 彼自身にも、わからない。


「まったくもう、コハル君は……」


 レンリの手のひらが、コハルの両頬を押さえた。

 逃げられないように顔を上向かせ、そして――。


「ご褒美に、好きと言ってあげるわ。喜びなさい――」


 レンリが唇を重ねる。

 こぼれる吐息から伝わる体温が、コハルの冷えた心を溶かしていった。


「レンリルートなのでしょうか? 右手さん……」

「コハル様、アササギを全無視ですよ、酷いですよ。左手さん……」

「ここまでつらたん展開引っ張ったので、次からはちゃんとご褒美回が続くんですよね、右手さん……」

「そりゃもうすごいことになりますよ、左手さん……」


「というわけで、次からご褒美回に突入です。読んでくださいね! 読者様……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 儚く消えるキャラ良いです。 [気になる点] cutlass先生の言うご褒美と、なろう読者の望むご褒美は果たして一致するのか!?
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