031 ヴァンパイアタッチはキスの味
巨大な魔方陣が、アンズの真下に広がった。
身構える暇もなく、二発目の詠唱。
「「「――ターンアンデッド――!!」」」
ダンジョンに残った魔術エルフ全員の、蘇生魔法。
聖なる輝きがアンズを包み、浄化の輪が光の粉を散らす。
バチバチ。バチバチバチ。
『う――ぎゃぁぁぁぁ――――』
アンズは苦しみに悶えていた。
凶暴な目を剥き、エルフを睨み付ける。
爛々と妖しく目が輝いた。
真っ白な皮膚の中に、紅い眼と唇。
アンズはアンデッドだ。
今まで戦ってきた人間は魔法が使えず、モンスターは闇属性の魔法しか唱えられない。
魔術エルフの蘇生魔法……。
生き残りのエルフを全員集めた、数十人の集中砲火。
彼女が今まで喰らってきた攻撃で、ここまで苛烈なものはない。
『――殺してやる――』
暗黒の尾が、何本も伸びた。
怒りのままエルフに突進する。
「「「ディスペル!」」」
伸ばされた尾が、エルフの手前で消失した。
「「「ディスペル!」」」
「「「ディスペル!」」」
何度尾を伸ばしても、ディスペルの魔法で解除されていく。
苦しむアンズの前に、エンリ様が立ち塞がる。
「キャンセレーション!」
キャンセルの魔法でターンアンデッドを無効化する。
「私はマザーツリーの加護を受けたハイエルフ、レーゼイン・エンリである。何故エルフの長である私を攻撃するのか――!!」
反応はなかった。
「…………!?」
エルフ達の耳から、血が流れていた。
目は縫い付けられていて、何も見えていない。
足には鎖、背後の扉は固く閉ざされている。
視力と聴力を奪われ、エルフ達はアンズを攻撃することを強制されている。
足下にはドワーフ製の地雷。
逃げ出したら、爆発させるつもりなのだろう。
「コハル君……私には……エルフを攻撃できません」
肩をふるわせながら、エンリ様が声を絞り出す。
「お願い……コハル君。あの憐れなエルフ達を、楽にしてあげて――」
重責が、エンリ様を押し潰していた。
連続して唱えられるターンアンデッドを、キャンセルで無効化し続ける。
壁際にもう一つの集団が動く。
弓を構えたエルフが、一斉に銀の矢を放った。
『――!? ぎゃあああああああああああ!!』
聖なる祈りの込められた銀製の矢。
アンズに着弾した瞬間に魔方陣が現れ、浄化を始める。
『おまえら――殺してやる――』
暗黒の尾がデタラメに振られた。
のたうつように壁を破壊し、岩を砕いた。
だが弓エルフは軽々と身をかわした。
一発も当たっていない。
『ぐ――あぁ――』
反撃の矢が、次々とアンズに刺さっていく。
これ以上、苦しむアンズを見たくなかった。
「オレの妹に、手を出すな――!!」
コハルは駆け出すと、エルフに向かってエゾロディネガルを振るった。
――ヒュン!
一撃で3つの首が落ちた。
即座にエルフの弓が、コハルに向けられる。
『お兄さんに――弓を引いたな――!!』
怒り狂ったアンズの尾が、即座に弓エルフを叩く。
アンズの尾が触れた腕がギチギチと曲がり、くるりと反転する。
「ひ――何これ――!?」
弓を構えていたエルフの身体が、奇妙な形にねじくれていた。
目一杯引かれた弓が、いつの間にかエルフ自身に向いている。
――ヒュッ!!
「ぐひゃ――あぁ――」
銀の矢が、エルフに突き刺さった。
『――味方同士で殺し合え――』
暗黒の尾を身体に突き立て、人形のようにエルフを操った。
魔術エルフの集団に向けて矢を連射する。
「ぐひゃ――」
「ぎゃ――」
矢が、魔術エルフに突き刺さった。
「新手か――!?」
「魔法を打ち込め――!」
両目と耳を潰された魔術エルフは、反射で弓エルフに向かって魔法を打ち込む。
あとは、何もする必要がなかった。
目の前を矢と魔法が飛び交い、エルフが味方同士で殺し合う。
エルフの足下に埋められた爆弾が誘爆すると、一人しか残らなかった。
「ち……近寄るな……悪魔め……」
がちがちと歯を鳴らしながら、生き残りのエルフは片手を突き出す。
握られた宝玉が、激しく明滅している。
自爆するつもりなのだろう。
滅びの魔法を唱え始めるエルフ。
「地獄に墜ちろバケモノ――――ッッッ」
コハルは、宝玉ごとエルフを叩き斬っていた。
真っ二つになった身体を見下ろす。
「アンズは、バケモノじゃない……」
肩をふるわすコハル。
その身体を、エンリ様が抱きしめた。
「ありがとうコハル君。気にしないでください。死ぬのが怖いのは、考えてしまう時間の猶予があるから。一瞬で死ねたのなら、それは苦しいことじゃありませんよ」
コハルの心は空っぽだ。
エンリ様の言葉なんて、入ってこない。
肩を離し、アンズを見つめる。
もはやコハルの心を支えるのは、妹を救う……それだけ。
その信念が、とっくに壊れてしまった心を支えていた。
アンズは崩れ落ち、小刻みに震えている。
ターンアンデッドのダメージが、深刻なのだ。
早くなんとかしてやらないと。
「ターンアンデッドの魔法は、私では修復できません。アンズちゃんは高位アンデッドです。ヴァンパイアタッチを使わせて、コハル君の生命力を分けてあげてください」
エンリ様がその場を離れる。
奥にある扉を解除するのだろう。
「はあ……はあ……」
アンズが荒い息を繰り返していた。
恐怖と痛みを紛らわせるように、コハルの裾を掴む。
アンデッドは痛みを感じない。
それがここまで震えるというのは、かなり危険な兆候だ。
「アンズ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。アンズは……大丈夫。お兄さんが助けてくれて、嬉しかった」
すがるように、アンズはコハルの身体に手を伸ばす。
背中に手を回して、胸の中に顔を沈める。
「お兄さん……。キス……して――」
コハルの胸の中で、アンズが呟いた。
「キス……してくれないと……ヴァンパイアタッチが使えないから……」
切なく、身を切られるほどの告白。
ドクドクと、コハルの胸が早鐘のように打った。
「ドキドキしてるね。アンズも、すごく緊張してる」
コレはヴァンパイアタッチの魔法なのだ、けっしてアンズと恋人同士になる……そういう行動ではないと自分に言い聞かせる。
「じゃ、キスするね」
とんと、頭を持ち上げたアンズのおでこが、コハルのおでこに当たる。
そっと目を瞑ると、顎を上げた。
唇と唇が触れあう。
ぎゅっと、アンズの腕に力がこもった。
ヴァンパイアタッチの魔法が発動され、コハルの胸の内側から何かが吸われていくのを感じる。
抱きしめたアンズの胸の鼓動が、ドクドクと伝わってくる。
唇から熱い吐息が漏れて、頬をくすぐった。
「お兄さん――お兄さん――っ」
むさぼるように、アンズの唇が絡んだ。
唇が開けられ、生暖かい感触が口の中に入り込んでくる。
舌と舌がふれあう。
不慣れなせいか、ガチガチと前歯が当たった。
接触が増える度に、アンズの中に流れ込む生命力の量が上がっていく。
しゅるしゅると、ダメージを受けたアンズの身体が修復されていった。
「――ぷはっ」
唇が離された。
コハルとアンズの顔の数センチを、つうと唾液の糸が伝い、切れる。
「えへへ……。お兄さん、好き――大好き」
鼓動が破裂しそうなほど高まっていた。
お互い、耳元まで真っ赤に染まっていく。
見つめ合い、恥ずかしさに震える。
可憐にうつむくアンズを見つめ、コハルは満ち足りた気持ちに包また。
そうだ、アンズがいれば生きていける。
どれだけ運命が過酷だろうと、命を踏みつけ、返り血を浴びようと……。
アンズさえ幸せなら、それでいい。
そのとき――。
コハルの耳に、何かが聞こえた。
『フフフ――――』
微かな少女の笑い声だ。
ゴゴゴゴゴ――。
部屋の奥の、扉が開いた。
真っ白な階段が、階下に続いている。
「行きましょう、二人とも。これで10層目です」
階段を降りるエンリ様。
後に続き、コハルとアンズも階下に進む。
10層目は今までのダンジョンと、様子が違った。
壁は漆喰で塗り固められ、ダンジョンというより地下神殿……というような趣だ。
『フフ――フフフ――――』
微かな少女の笑い声が、再びコハルの耳に届く。
「あれは……誰だ……?」
コハル達を導くように、真っ白なワンピースを着た少女が前を歩いている。
彼女が足を進ませる度に、周囲に星が散った。
その様子を見たエンリ様とアンズが、お互い顔を見合わせる。
「誰もいませんけど?」
「うん、何の気配もないよ」
「でも……そこに……」
列柱に囲まれた広間を、コハルは駆ける。
少女の姿を追いかけ進んだ。
「―――うっ!?」
広間の中央で、コハルは立ち止まる。
そこに奇妙な塊を見つけたからだ。
「死んでるね」
「見たところ、神官や巫女のようです」
うずたかく、死体が積まれていた。
毒でもあおったのだろうか……。
外傷はなく、眼がぎょろりと飛び出したまま、死んでいた。
「何が起こったんだよ……」
「私達がここに来たからですよ。10層まで突破された段階で、このダンジョンの終わりは見えていた。どうせ勝てない……。ならば、他人に殺されるよりかは自分達の手で……」
「自殺したってことか」
エンリ様が無遠慮に、死体を踏んづけていく。
「進まないんですか?」
「エンリ様はどうして、平気なんだ。オレは、もうダメだ。自分のやっていることが、正しいかどうかわからない」
「進みましょう、コハル君。勝利は目前ですよ」
戦いはこちらが勝っている。
だが、相手は負けているのか……?
違う。
絶対に、それは違う。
戦いはこちらが勝っている……だが、戦いを支配しているのは向こうだ――。
「なあ、エンリ様」
「どうしたんですか、コハル君」
「もしもこの戦いに負けたら、どっか遠い山の奥にでも逃げてさ。そこでひっそりと暮らそうぜ。負け犬って呼ばれても、いいからさ」
「ふふ、それは素敵ですね」
「だから……女神の責任を取るとか言って……死なないでくれよ」
「大丈夫ですよ」
エンリ様は、空っぽの笑顔を向けた。
「私は死ねない身体ですから――」
リンゴーン。
鐘が鳴った。
リンゴーンリンゴーンリンゴーン。
終末を告げるように、鐘が鳴り響く。
『フフフフフ――――』
死体の向こうの祭壇に、ガーゴイルに囲まれた少女が立っていた。
「大変ですよ右手さん! コハル様の唇が奪われてしまいました……」
「アササギとしては、寝込み襲って挽回するしかありませんね、左手さん……」
「R15ですので、R15までの描写はするって作者が意気込んでますよ。右手さん……」
「今までちょっと踏み込んだだけで警告来る環境で書いてたので楽しみですね、左手さん……」
「獣人奴隷の意地、見せてやるのですよ、右手さん……」




