028 エルフ狩り、人間狩り
「後書きですよ、右手さん……」
「アンズちゃん怖すぎですね、左手さん……」
「そうですか? 私は可愛いと思いますけど。そう思いません? 右手さん……」
「急になろうで小説書く! とか作者が言うので何かと思ったら、この展開がやりたかったんですね……。左手さん……」
「前半10万文字のテンプレ展開がないと、この恐怖は伝わらない! だそうですよ、右手さん……」
「アンズちゃんにターンアンデッドかけると、どうなるんでしょうね? 左手さん……」
「アササギです。最近出番がなくて悲しいです。最新話のページから評価をポチリしていただけると、アササギが活躍するようですよ! 読者様……」
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、十字砲火を浴びた。
すさまじい矢と魔法の嵐。
目の前を矢や光弾が掠めては、一瞬遅れて風切り音が唸る。
「ま、そうなりますよねー」
ため息を吐きながら、エンリ様が歩き始める。
プロテクションの魔法のおかげか、彼女に触れる前に矢と魔法が砕けていた。
鋼鉄製の扉の向こうは、物資集積場だった。
体育館4つ分はあろうかという巨大な広間の方々に、トーチカが据えられている。
機械仕掛けの矢と、魔法詠唱機。
巨大な丸太が発射されると、エンリ様のプロテクションが破られる。
すんでのところでエゾロディネガルで叩き落とし、事なきを得た。
「蜂の巣の中に突っ込んじまったみたいだな」
プロテクションといえども、死角がないわけではない。
エンリ様の魔法を突破した矢を、コハルは落としていく。
侵入者迎撃用のトラップは完璧だった。
殺鼠装置のように、オートで侵入者を殺すようにできている。
コカトリスのアキレス腱を利用した、巨大な石弓やカタパルト。
おまけに極限までチャージされた機械仕掛けの、エネルギーボルト発射機。
人間製の武器や防具で固めたとしても、一歩足を踏み入れた瞬間、死亡する。
それくらいの物量だった。
入り口脇に、剣や槍が無造作に積まれていた。
きっとこの入り口段階で、転生勇者の多くが死んだのだろう。
「トラップを全部焼き払います!」
エンリ様が杖をかざし、巨大な火球を作り出す。
「ファイアーボール! って、あれ……?」
突然、矢と魔法の嵐が止んだ。
弾切れみたいだった。
炎を消滅させたエンリ様が地面にしゃがみ込む。
杖を光らせると、慎重に床を調べた。
杖に照らされた床には、点々と血の後が続いている。
「誰かが先に侵入して、トラップの大半を作動させたみたいですね」
すさまじい数の矢が突き刺さり、床の大半が焼けている。
回避した様子はない。
これだけの攻撃を受けて、平然と歩ける人物というのは……。
「アンズ……、姿が見えないと思ったら……」
血の跡を追い、二人は歩き始める。
物資集積場の広間を抜けると、なだらかな下り坂が続いていた。
トラップはすべて作動し終わっているようで、二人の行く手を遮るものはない。
通路の中は、花が燃えていた。
薔薇の花に火がつき、松明のように輝いている。
「気味が悪い。ここはいったい、何なんだ?」
「エルフとドワーフ、奴隷として使役されてなければ、絶対に組まない者同士が作り上げた芸術品ですよ。人間にはきっと、このダンジョンの仕組みは理解できないでしょう」
壁には一面、グロテスクなモザイク画が貼り付けられていた。
邪神が人間を喰らい、使役している絵だ。
なだらかな坂を下りきると、小さな広間に出た。
特に厳重に守られているみたいで、至る所にエネルギーボルト発射機が据えられている。
石弓はわかるが、エネルギーボルト発射機の魔力はどこから供給されているのだろうか?
それに、モンスターはおろか、入り口からここまで生き物の姿を見ていない。
あれだけの物資集積場を備えながら、このダンジョンは無人なのか?
壁一面に広がるエネルギーボルト発射機は、全弾撃ち尽くされていた。
ぶすぶすと、燃えかすのように煙が上がっている。
コハルは、広間の奥に動くものを見つけた。
「――敵か!?」
「待って、コハル君」
エゾロディネガル構える腕を、エンリ様が抑える。
「エ……ンリ……様……」
広間の奥から、喘ぐような声が聞こえた。
燃える薔薇に照らされて、無数の人影が見える。
壁に張付けになったエルフ達。
両腕は壁に埋め込まれ、身体の至る所からチューブが伸びていた。
「魔力供給源のエルフです。可哀想に」
エンリ様が壁に近づくと、エルフ達から歓喜の声が沸いた。
「エンリ様……。お慈悲を」
「貴方様はエルフ最後の希望……」
エンリ様が囚われたエルフの頬に、手をかざす。
「ああ――私達は――これで――」
花が枯れるみたいに、エルフがミイラ化した。
繋がれたエルフの両頬に手を当てて、次々と生命力を奪っていく。
「使ってください。私達の命――」
微笑みながら、エルフが生命を渡していく。
エンリ様は慈悲の手をかざすように、そのすべてを受け取っていった。
「何……何やってんだよ……エンリ様――」
「何って、介錯ですよ。この子達はすべての魔力を吸い取られてしまいました。どうせもう長くありません。一度人を憎んで死んだエルフは、アンデッドに身を堕としてしまう。その前に私が――」
「だからって――!」
それ以上、コハルは言葉を続けられなかった。
エルフの亡骸を抱きしめたまま、エンリ様が泣いていたからだ。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
たまらず、広間の壁に拳を叩きつける。
何度か壁を叩いたところで、地響きが聞こえた。
階下からだった。
断続的に続く地響き。
この下で、戦闘が行われている。
「離れてコハル君! 床を破ります!」
エルフから生命を受け取り、大幅に魔力強化されたエンリ様。
―――ズン!
エネルギーボルトを放つと、床に大穴が開いた。
一階層ショートカットした二人。
階下に着地すると、そこには兵士数十人を相手に戦っている少女がいた。
『……ここ、通して欲しいんだけど……』
暗黒の尾を伸ばした、アンズだった。
今までのトラップすべて受け止めて来たのか、身体中に矢が刺さり、血を流している。
「死ね! アンデッド!」
「仲間のカタキだっ!」
構えられた槍が、次々とアンズに突き刺さる。
陶器が砕けるみたいに、彼女の皮膚が割れた。
――そして。
「ひぎゃ、ひぎゃあああ!」
砕けた皮膚から、4本目の尾が伸びた。
伸びた尾が、先頭の兵士達をなぎ倒す。
首が潰れると、天井まで届く血しぶきが上がった。
残り3本の尾が振られた。
兵士が闇に消え、燃えさかり、花に変わる。
形勢は逆転した。
もはや兵士は、小太りのオッサン一人しか残っていない。
「やめろ……来るな! 来るな、アンデッド!」
腰が抜けてしまったのか、兵士が地面に崩れる。
震える腕で、剣をアンズに伸ばした。
「くくくく――来るな――! 来るなぁ――!」
4本目の尾が触れた瞬間――。
ぐしゃり。
兵士の腕が潰れた。
『ふふ……ふふふふ――――』
アンズが笑ったら、不思議なことが起こる。
潰れた腕は、ケーキになった。
1本目の尾は対象を消滅させる。
2本目は火葬。
3本目は花に変えて――。
そして4本目は、食べ物に換えてしまうらしい。
「はひゃっ」
自分の腕を見つめる兵士の目が、どろりと濁った。
「はひゃひゃひゃひゃ! うまそうなケーキだ!」
カタカタカ笑いながら、ケーキにかじりつく。
自分の腕だというのに……。
「コイツはうまい、うまうま……」
兵士が自分の腕を食べ続ける。
食べっぷりが面白いのか、アンズも笑った。
『くすくす。おかしいね、オジサン』
しばらくうまいうまいと食べていた兵士。
だが、ゼンマイが切れたみたいに止まってしまう。
「うう……ううう……俺の、俺の腕が……ケーキになっちまった……」
ブタみたいに自分の腕を食べていた兵士。
おいおいと泣き、泣きながら……再び腕を食べ始める。
むせびながら、後悔にくれながら。
ただ……自分を食べ続けている。
オカシイ。
この洞窟は……何かがオカシイ。
「うっうっ……おほ。おひょひょひょ……ほほ……ほほほ。でも困っちまったな。俺、今ダイエット中なんだよな」
『うん、わかったよオジサン。こうしてあげるね』
尾が、兵士のお腹をさすった。
兵士の腹は、美味しそうなブタの角煮に換わる。
「おほう! こりゃうまそうな肉じゃわい!」
ケタケタ笑いながら、兵士は腹の肉をつまみ、食らいつく。
「うぇ……う……ひ、ひ、ひ……。お願いです……もう……許し――」
兵士の腕は、止まらない。
泣きながら自分の腹を引きちぎり、臓物をまき散らす。
強制的に作動させられる食欲に、兵士はあらがえない。
「許して――許し――」
『……もう終わり? つまらないの――』
ばちゃん!
アンズの尾が、兵士の腹を串刺しにする。
『痩せられてよかったね。ブタ……』
自分の腹に食らいついたまま死んだ兵士に、アンズは冷たくそう言った。
「アンズっ!」
コハルはたまらず、アンズを抱きしめていた。
身体中に突き刺さった矢が、痛々しい。
「離れてコハル君、そばにいると死んじゃいますよ」
コハルを引き離すと、エンリ様はデスポーションをかける。
みるみるうちに、アンズの傷が塞がった。
対象的に……周囲の兵士の身体は腐り落ち、白骨化していった。
デスの魔法を近距離で浴びたからだ。
「ば……バケモノ――!!」
ふいに、通路の奥から叫びが聞こえた。
「おまえらは冒険者ではない! ただの――ただのバケモノだ!」
甲冑に身を包み、剣を振るうのは――村長オルガスだった。




