027 最弱のダンジョン
長く続く森を走っていた。
「アンズちゃんのことは心配いりませんよ。彼女は高位アンデッドですから、影の中に隠れられるんです。不安なのはレンリちゃんとアササギの方」
馬車の手綱を握りながら、エンリ様が状況を説明する。
懐からパンを出すと、荷台に乗るコハルに投げた。
「食べてください。五日間飲まず食わずなんですから」
「いつの間に……こんなものを……」
「コハル君が寝てる間ですよ。そんな余裕あるなら、レンリちゃんを助けろって言ったら怒りますからね! 私は対邪神用に作り出された女神。人は攻撃できません」
「なんか、色々ごめん」
「どうして……。コハル君が謝るんですか?」
コハルは、馬車の荷台から流れる木々を見つめていた。
すっかり覇気をなくした瞳。
エンリ様から投げられたパンを握ったまま、押し黙る。
うなだれる彼の頭上を、巨大な影が掠めた。
頭上に大きな翼が広がる。
腕に村長オルガスを乗せた、ガーゴイルだった。
「エンリ様、飛ばしてくれ。アイツだけは許せねぇ」
「了解ですよーっ!」
コハルはパンを握りしめると、一息に食べた。
…………。
……。
川沿いに広がる深い森を抜けると、丘が見えた。
ヘイストのかかったコカトリスが急停止する。
耕地の広がる丘陵。
斜面に巨大な口が開き、その前面にテントウムシのように馬車が停車している。
ダンジョンというより、巨大な物流倉庫の入り口みたいだった。
「邪神の構築するダンジョンって、結構大規模なんですよ」
エンリ様がコカトリスを切り株につなげる。
指先を振るって杖を取り出し、装備。
戦闘準備完了のようだった。
「数千人規模の人間やエルフ、モンスターが詰めている地下要塞ですからね。攻めるとしても、苦労すると思いますよ」
「数千人規模ってことは、食料消費だけで毎日数トン。一年こもって持久戦となると、小国単位の食料と物資が必要になるな」
「だから人間を味方に引き入れる必要があって――」
「積極的に、外に戦争を仕掛けられないってことか」
邪神がダンジョンを築く理由が、なんとなく理解できた。
人間を滅ぼすためにモンスター軍団を動かしたいところだろうが、それでは食料が持たない。
1万の軍勢を動かすなら、毎日数十トンの食料を消費するのだから。
まずは進行ルートにあらかじめダンジョンを設営、周囲の村落を懐柔する。
その村落の食料を確保しつつ、エルフやドワーフの村を襲って労働力を確保。
これを繰り返し、数年単位の計画で人間側を追い詰めていく。
なかなかどうして、賢い連中じゃないか。
「コハル君、入り口とは別に、水の流れている出口があるの、わかりますか?」
巨大な正面入り口の横に、人が一人通れるような口が開いている。
溝が掘られたその口から、濁った水が流れていた。
「下水口ですよ。でもそんなものが流れているということは、洞窟内にわき水があるということですね」
「エンリ様。もしかして、水源外から引いてる場合……毒を使うつもりだったのか?」
「もちろん、水の手を切るのは最善の手段。洞窟攻めの基本ですよ」
エンリ様は慎重だった。
入り口に突入する前に、ダンジョンの周囲をくまなく調べる。
「レンリちゃん達を人質に取られていなければ、頂点部に孔でも開けて、爆薬投下するんですが……」
「それをさせないために、村を襲って人質取ってるんだろ」
目に見える範囲の通用口を、メテオストライクで潰していくエンリ様。
退路を断ってモンスターを皆殺しにするつもりなんだろう。
絶対に敵に回したくないタイプのエルフだった。
「私は入り口以外の出入り口全部潰しますので、コハル君は馬車を調べてください」
コハルは慎重に馬車に近づく。
ダンジョン入り口前には、馬車の停車場が整備されていた。
周囲の村落から集めた物資を、ここでダンジョン用の馬車に積み替えているらしい。
コハルの接近を警戒したのか、ダンジョンの周囲は無人だった。
きっと、モンスター達は洞窟内に隠れてしまったのだろう。
馬車の内部を見渡し、どのような種族が連れてこられたのかを調べる。
荷台には木製のくびきがいくつも残されていた。
くびきはロープにくくりつけられている。
移動中はコイツに固定しているみたいだった。
あらかた出入り口を潰したのか、エンリ様もやってくる。
「小人族、巨人族、エルフ、獣人、ドワーフってところでしょうか。精霊の類いにはまだ手を出していないようですね」
「ほぼ全部ってことだな。固定具が積まれてない馬車もある。コイツは人間用か……」
「選択は二つです。正面突破してレンリちゃん達を救出するか、高火力の魔法を叩きつけてダンジョンごと破壊するか」
コハルは左眼からエゾロディネガルを取り出し、構えた。
「決まってる、正面突破だ」
「……そう言うと思ってました。魔法で支援しますが、私はモンスターしか攻撃できません。人間とエルフの対処は、コハル君に任せます」
行く手に数十メートルはあろうかという、鉄の扉が立ち塞がっていた。
連れ去ったドワーフが建築した、大作だ。
エンリ様はただじっと、コハルの様子を眺めている。
この扉をどう破るのか、試している様子だった。
「左眼、頼む」
――まったく、情けない主だ――
左手の甲に宿る、死龍の瞳。
瞬きした瞬間に、鋼鉄の扉は崩れた。
砂糖菓子でも壊すみたいに、容易く。
「ふふ、なかなかどうして。やるじゃないですか、コハル君」
満足そうに、エンリ様が微笑む。
自分が支援するに値する人間だと思ったようだ。
長い髪をなびかせ、振り返る。
「さよなら、コカトリス達」
杖を天空にかざすと、ダンジョン前に停車している馬車の群れに、メテオの雨を降らせた。
メテオの範囲は広がり、周囲に広がる畑をも更地に変えていく。
「これでダンジョンは機能を失いました。行きましょう、あとは中を潰すだけです」
崩れた入り口を乗り越え、二人はダンジョンに向かって歩き始めた。




