023 お風呂回だそうですよ!
石造りの巨大なコカトリスの石像。
その開いた口から、滝のような湯が流れていた。
列柱の立ち並ぶ地下室。
いや、地下神殿というような広さであろう。
あのあと、コハルは風呂に逃げた。
死龍を持つコハルに興味を抱いたエンリ様に、解剖されかけたからだった。
コハルは腰を湯に沈め、ため息を吐く。
雫がしたたる左手の甲を撫で、言った。
「オマエは本当に、死龍なのか?」
ぎょろり。
睨むように左眼が、見つめ返してくる。
――左様。最高位の神獣、死龍とは我のことだ――
「そんな最高位様が、どうしてオレの左手に?」
――何も好きこのんでこんな場所にいるわけではない。身体を失い、ここにしか居場所がなくなった。それだけのこと――
「オレに力を貸してくれるのか?」
――たわけ。貴様に死なれては困る。居場所が他にあるなら、助けぬ――
「力を貸してくれるってことだな?」
――そうなるな――
「アンズはどうしてアンデッドに? 何故、オマエが召喚できた?」
――貴様に我が力が宿ったのと同じ理由だ――
「返答になってない。アンズはどうして、アンデッドに?」
――貴様と違い、すでに死んでいたからだ――
「トラックに轢かれたのはオレも同じだ。アンズが死んだ理由を、聞きたい」
――答えても構わぬが、本当にいいのか?――
「どういうことだ? さっきから意味がわからない」
――アンデッドとは呪いによって存在しているようなもの。死因を答えてしまえば呪いは解け、この世から消滅するぞ。いいのか?――
「それは迂闊に聞けないな。だけどまあ、オマエに答える気がないのもわかったよ」
コハルは左眼をさすった。
本物の瞳とは、手触りが違う。
表面が水晶で覆われているように、ゴツゴツしていた。
「オマエは邪神と戦うつもりなのか、左眼……」
ちゃぷん。
左眼は答えない。
代わりに、湯の上を波が走った。
湯気の合間から、人影が現れる。
「ティアマトは邪神と戦う宿命。この世界の神話に、そう書いてあるんですよ」
妙に艶のある女性の声。
エンリ様ではない。
「コハル。ティアマトに選ばれし少年。その眼は危険です」
顔を上げたコハルの目に、美しい女性の上半身が映る。
彫刻のように均整の取れた裸体。
一糸まとわぬ美人のお姉さんが、湯につかっていた。
乳房に濡れそぼった金色の長い髪がかかっている。
コハルにとって刺激が強すぎる登場の仕方だった。
ちゃぷん。
全裸の女性は、水面を蹴立ててコハルに近づいた。
「これは危険な眼です。早急に取り外さないと、あなたに危害が及んでしまいます」
瞬きする間もなくコハルの横に立ち、左手を取る女性。
誰なのかと、考える間すらなかった。
「創世神話の中に、ティアマトの記述があります。最高神マルドゥク様に反逆した愚かな神、ティアマト。身体を二つに裂かれて、片割れは空に、もう片割れは地面に返ったと……」
波が落ち着いた瞬間、うつむくコハルの目に彼女の下半身が映る。
その姿に、コハルは戦慄した。
彼女の下半身は、長く伸びるヘビの尾だったのだ。
(コイツ……ラミアー……?)
「甘いですね。今頃気づいたんですか――!」
ラミアーは右手を振りかざすと、鋭い爪を伸ばした。
「邪神様に反逆する愚か者め! ここで死ぬが良い!!」
爪が振り下ろされるその瞬間。
――ヒュン!
コハルは退悪の剣で首を叩き落としていた。
「そこまでです! 不届き者! このエンリが駆けつけたからには……あれぇ?」
「ちょっと遅かったみたいです。エンリ様……」
ぶっしゃあ!
と、ラミアーの返り血を浴びているコハル。
その姿を呆然と見つめるエンリ様とアササギ。
どうやら助けに来てくれていたらしい。
「あらー……。格好良く助けようと思ったんですけど……。必要なかったみたいですね」
「コハル様は金貨3000枚の賞金首とも渡り合ってますし、アンズちゃんも倒しています。強いんです、コハル様……」
ぜぇぜぇと、静かな浴場にコハルの荒い呼吸が響いていた。
……そして。
「ごーしごーし♪ どうでしょー♪ コハル君♪ お背中流されるのは~♪」
「エンリ様、血にお湯を掛けたら固まってしまいます。何千年も生きてるのにそんなこともわからないんですか。この抜けエルフ……」
「うぇーん、アササギちゃんイジワル~」
バスタオル一枚だけをまとったエンリ様とアササギ。
二人の白肌に囲まれ、身体を洗われるコハル。
ぴたりと、エンリの胸がコハルの背中に密着した。
「エンリ様にコハル様を独占されるのはムカツキます。アササギも加わります……」
アササギは石けんを泡立てると、そのままコハルの身体にこすりつける。
すべすべとした皮膚の感触が、コハルをくすぐった。
まさかの素手!?
「あ、あのー……二人とも……」
「コハル様は黙っていてください……」
「アササギちゃんずるーい! 私ももっと密着する~!」
胸の谷間に液体石けんを流し込むと、エンリ様の身体がのしかかった。
にゅるり。
バスタオル越しの柔らかな胸の感触が、コハルの背中に伝わる。
さすがレンリのお姉さん分、胸が……はるかに大きい。
「何自分の身体、スポンジにしてるんですか……」
「へっへーん、アササギちゃんにはマネできないでしょー! 主に胸の意味でー!」
「ア、アササギにだってできますから……!」
対抗心を燃やしたのか、アササギも自分の身体に石けんをつける。
つうと、柔肌がコハルの腕を滑った。
二人の嬌声が耳元で響き、コハルの理性も限界に迫ったそのとき――。
『……お兄さん……』
……ちゃぷん。
水音が立った瞬間、足下に暗黒の尾が伸びた。
「アンズ……?」
どこから現れたのか、水面にぬっとアンズの顔が浮かぶ。
「こ、これはだな……」
ヤバイこれ殺される流れだとコハルは身構えた。
バシャバシャ。
水面から幾本もの暗黒の尾が現れ、魔獣の姿をさらすアンズ。
湯気が流れて、尾の先端が現れると……。
『家の外にたくさんいたよ。危なかったね』
アンズの尾は、ボロぞうきんみたいになったラミアーを掴んでいた。
その数数十体。
妙に殺気立っていたのは、外で戦っていたから、らしい。
「エンリ様、結界が破られてますよ……」
「ティアマトの名前を出したのがマズかったですねー。邪神の天敵ですから」
「ということは、放棄ですね。ここも……」
深いため息を吐くアササギ。
以前にも同じことがあったのだろう。
「アンズちゃんも混ざりませんか~?」
アササギの心配をぶち壊すように、間抜けに声を掛けるエンリ様。
『混ざらない。お兄さん、返して』
ひょいっと、コハルの身体が尾に持ち上げられる。
ばっしゃーん。
そのまま湯に引きずり込まれた。
「はわぁ! えへへー、お兄さんとお風呂です!」
アンズに抱きつかれて、湯に沈められるコハル。
自分の手の中にコハルを収めて気が済んだのか、殺気が消えていた。
ぶくぶくぶく。
「いいな~、アンズちゃん。お兄ちゃん独り占めで」
「コハル様沈んでますが……」
「この館がここまで賑やかになったのも、久しぶりだな~」
「エンリ様。誰かお忘れになってませんか……」
「そういえば、レンリちゃんいないね~」
「レンリ様はいつも、はぶらレンリされてますね」
……。
はぶらレンリはその頃、屋根の上で星を見ていた。
「くちゅん! 何か階下が騒がしいけど、どうしたのかしら?」
ちょっぴりホームシックになっているレンリ。
浴場の一件を聞いてぶち切れるのは、翌日なってからだった。
「後書きだそうですよ、右手さん……」
「それはそうと、アササギはちっとも活躍しませんね、左手さん……」
「アササギは強いんですよ、ぐるるー。ね、右手さん……」
「アササギの出番を増やすヒントは、評価ボタンにあるそうですよ。左手さん……」
「最新話のページにあるアレですね。ポチリすると、アササギの出番が増えます。すばらしいことです、右手さん……」
「ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。これからもアササギは頑張ります。読者様……!」




