022 死龍ティアマト
「あう゛う、ひぐぅ……」
エンリ様がデカイたんこぶをさすりながら、廊下を歩いていた。
「私これでも女神なんですけどぉ」
「女神らしいことをしたら、ちゃんと認めてあげるわ」
「うぐ、ひぐ、レンリちゃん当り強いです~。私ハイエルフなんですよ~。女神なんですよ~」
燭台を手にしたレンリが、これ見よがしに手のひらでぽんぽんしてる。
ロウソクが3本刺さる、青銅製の巨大なヤツだ。
アレで殴られてたんこぶで済むなんて、エンリ様の頭はかなり固いらしい。
「気にしないでコハル君。ここの角を曲がれば、倉庫になるから」
コハル達はレーゼイン家に眠る装備を探していた。
ハイエルフが数千年暮らしている屋敷だ、伝説の武具がゴロゴロしているだろう。
レンリの言うとおり、廊下を曲がった所に渡り廊下が見えた。
廊下を進むと、巨大な倉庫が現れる。
いや、これは倉庫というより倉だな。
扉の上に、殴り書きされた日本語がある。
”♥えんりさまの まどーそうこ♥”
「…………」
コハルはびみょーに嫌な気分に包まれた。
こんな場所に本当に伝説の武具なんてあるのだろうか。
「入らないんですかぁ?」
インテリジェンス3くらいのしゃべり方をするエンリ様。
これはいらつく。
「入るといっても」
扉は固く閉ざされている。
見るからに分厚い扉で、指先で触れると波紋が広がる。
きっと敵の手に渡らないように、魔法で防御してあるのだろう。
「開け~ごま~!」
ゴゴゴゴゴ。
間抜けな呪文と共に、扉が開く。
開けていく視界、そこには……。
「これは、すげーな」
「私もはじめて入るけど、すごいわね」
レーゼイン家魔道倉庫。
そこは、アイドル現場の控え室みたいだった。
「ステージ衣装ばっかりだぞ。本当にこれ、防具なのか?」
「3期生のちーちゃんとはなちゃんが使ってた装備ですね。懐かしーなー」
以前装備を使ったであろう冒険者の女の子のプリントシールと共に、装備が掛けてある。
やたらと装飾華美で、装備というより衣装だ。
なんかやたら制服っぽいし。
「あ、これ伝説の2期生のファイナルライブのマイクなんですよ~♪ かっこいーでしょー!」
「歌うと攻撃力あがったりするのか?」
「少なくとも、えっちなマンガのセリフよりかは強いんじゃない」
王宮での一件を根に持っているのか、レンリが嫌みを言った。
ぷいっとそっぽを向きながら、衣装の山に突入していく。
ガチャガチャとハンガーにかかった衣装……もとい、ローブを物色するレンリ。
「ローブなんてただの布だろ? あっちに鎧があるみたいだぞ」
オレの指さす方向に、レンリは興味を示さない。
「エルフは俊敏(DEX)が最優先ですからね。鎧になっちゃうとどうしても重いので、回避が下がるんですよ~」
エンリ様の解説に、コハルはなるほどと納得する。
見たところ限界までアーマークラスは強化してあるようで、ローブといえどフルプレートの鎧よりも頑丈なようだ。
「古代のローブに、エルブンローブ。ミスリルやオリハルコンが縫い込まれてるのもあるわね、迷うわ」
アパレルショップで洋服を選ぶみたいに、姿見の前でレンリがローブを身体に当てていた。
これは試着~買い決めまで3時間コースになるな。
てゆーか姿見はおろか、プリントシールまでぺたぺた貼ってあるってどういう原理なのだろう?
2期生とか3期生とか言ってるけど、それ何千年か前なのでは……?
「何かお探しのものありますか~? こちらですね、これからの季節にぴったりの~」
アパレルショップ店員のように、絶妙な馴れ馴れしさでエンリ様が話しかけてくる。
「ごめん、服選んでるとき話しかけられると、超うぜぇ」
「うう、しくしく……」
倉庫の奥に乱雑に積まれた鎧を物色する。
どれもこれもミスリルやオリハルコンでできた、強そうな物ばかり。
「邪神倒して卒業ネズミーランドしたあと、みんなが置いていったものですので。最強クラスばっかりですよ~」
「扱いが高校卒業後の制服かよ」
コハルはいくつか鎧を装備してみるが、どうもしっくりこない。
「みんな就活とかでリアルが忙しくなって、卒業しちゃうんですよ~」
「完全にネットゲーの世界だな」
……ん?
「卒業……? もしかして、現実世界に帰れるのか……?」
「ええ。みなさん邪神倒されたあと、帰ってますよ~。倒せたらですけど」
「ふーん、そうか」
コハルは帰る、ということに興味を示さなかった。
誰があんな現実帰るものかと、かぶりを振る。
でも……。
(レンリやアンズが一緒だというのなら……)
一瞬の心の迷い。
がしっと、コハルの腕を掴む人物がいる。
「コハル様。アササギを置いて、帰ってしまわれるのですか……?」
アササギだった。
最近ちょっと影が薄かったので、思わずコハルはドキリとする。
「置いてっちゃ嫌です~勇者様~!」
反対の手をエンリ様が取る。
コハルはしっしと、エンリ様だけ追い払った。
「帰らないよ、アササギ。安心して欲しい」
「はい、コハル様。アササギは安心しました……」
「それはそうと、アササギは装備を強化しないのか?」
コハルは倉庫の中央まで戻ると、ローブを一つ掴む。
「精霊のローブですね。限界まで魔法強化されてますから、回避の高いウルフ族にはぴったりです。ありがとうございます、コハル様……」
「いいんだ、アササギ。受け取ってくれ」
「あ゛の゛~、それ、私の持ち物なんですけど~」
仲間はずれにされたのが悔しいのか、エンリ様は不機嫌そうだ。
「わかったわかった。じゃあオレと、アンズの装備を選んでくれ」
アンズはまだ食べ足りないのか、食堂に残ってリンゴを囓っている。
装備が決まったあと、渡せば良いだろう。
「アーマークラスと魔法防御を考えるだけなら、プロテクションマジックメイルとかがオススメなんですけど~」
がさごそと、装備の山をほじるエンリ様。
出るわ出るわの伝説防具のバーゲンセール。
サービス開始10年目のネットゲーとかに、ありがちな光景だった。
「あっ! これなんかオススメですよ~! 蒸発覚悟の魔法スクロール10枚がけ! 酔った勢いで全財産注ぎ込んで完成させた、超強化エルブンローブ!」
「名前だけでヤバいもんだとわかるぞ」
ネットゲー世界では、基礎の防御力の高低はあまり関係ない。
それよりも、いかに強化できるかにかかってくる。
防御力の高い鎧よりも、軽いローブなどを限界強化した方が回避を含め考えると有利なのだ。
しかし、魔法スクロール10枚がけとか、正気の沙汰ではない。
「こんなに転がってるなら、王様にわけてやりゃいいのに。装備が足りないって嘆いてたぞ」
「ええ~。絶対渡した装備使ってこっち攻めに来るに決まってるじゃないですか~。そんなの~」
「確かに。あの王様ならやりかねん……」
「背中見せたら殴られて当然。コハル君、覚えておいてくださいね!」
「じゃあ強化エルブンローブと、強化古代のローブを貰おう」
「まいどあり~♪」
「うーん。やっぱりエルフだったら、ローブよりも胸当てかしら?」
レンリは装備の山の中で、悩んでいた。
これはあと4時間はかかるな。
「防具は決まったけど、まだ武器がないな」
「コハル様は退悪の剣を使えるじゃないですか……」
「へー、ごいす~。退悪の剣なんて最強装備じゃないですか~♪」
アササギの話しに興味がわいたのか、エンリ様がコハルをぺたぺた触り始める。
「あれ? でも、退悪の剣なんてどこに……?」
「出してくれるんだ」
「……出す?」
「コイツが」
コハルが左手を突き出すと、手の甲に目玉が開いた。
ぎょろりとエンリ様を睨み付ける。
「ひょわ!? ひょわああああ! ……って、何だ。眼持ちなんですか」
「なんか会う人間会う人間眼持ち眼持ち言ってくるけど、眼持ちって何なんだ?」
「眼持ちはですね~、強力なモンスターに掛けられた呪いなんですよ~」
「そうなのか? アササギ」
「はい。モンスターと同一の力を発揮できる、呪いというよりは契約に近いものです。コハル様の場合は退悪の剣を出せますから、眼持ちの中でも超上位のモンスターかと……」
――我をモンスターなどと。ふん、そんな低級、相手にもならん――
「うわビックリ! その声誰かと思ったら、死龍じゃないですか!」
――うるさい、ハイエルフの死に損ないめ――
「知り合いなのか?」
エンリ様はきょとんとした表情を浮かべる。
「知り合いも何も……」
「死龍は神様ですよ。邪神に匹敵するほど強大な……」
アササギとエンリ様の視線が、コハルの左手に注がれていた。




