019 レーゼイン家時計館
アンズに引っ張られながら王宮を抜け、城門へ向かう広場へ出た。
ガラゴロガラゴロ。
巨大な車輪が、城壁沿いに一列に並んでいる。
ハムスターが滑車を回すように、リザードマン達が車輪を回す。
車輪はロープでクレーンに繋がり、巨大な石を天高く運び上げていた。
人力起重機ってヤツだ。
「お城は今、魔物の襲来に備えての補強工事中です……」
アササギが引きずられながら喋った。
「アンズ、もう起きているみたいだから、離してやれ」
「うん、わかった」
足首から尾が離れると、アササギはバネのように飛び起きた。
さすがハーフウルフ、身のこなしが軽い。
「この先で、レンリちゃんが待ってるよ」
先ほどの戦闘で破壊された城門を避けて、城の外に出る。
巨大な空堀の向こうに、馬車があった。
幌つきの立派なものが新調されている。
引いているのは、レンリのコカトリスだった。
「お帰りアンズちゃん。あれ……? アササギも一緒なの?」
「知り合いなのか?」
「私の従者なの。といっても、それも今朝まで。王宮に呼び出されて、国王付衛兵の辞令が下ったって聞いたけど……」
「レンリ様、アササギは今、こういう状況です……」
ぎゅーっと、見せつけるようにオレの肩に腕を絡めるアササギ。
「あ、ずるい~。アンズも~」
ぎゅーっ。
反対の腕はアンズに取られた。
「へぇ……ずいぶん楽しそうじゃない、コハル君……」
心なしか、レンリがキレている気がした。
「アササギは身も心もコハル様のもの。もはやコハル様なしでは生きていけません。ついでに、先ほど胸も揉まれました。コハル様は変態です……」
「ちょっ、バカ! 余計なこと言うな!」
「へぇ……」
レンリが懐から宝玉を取り出す。
「さよなら変態のコハル君。私達の冒険はここで終わりよ――」
巨大な光弾が、詠唱なしで撃ち込まれた。
――ズドン!
火柱が吹き上がり、石のつぶてが周囲に散った。
これは死ぬ!
直撃で死ぬ!
「オイこら待て! 呪文の詠唱が必要とか――って危ねっ! そもそも魔力切れじゃなかったのかよ!」
「今フルチャージされたわ。コハル君殺したらゼロに戻るから、安心して」
――ズドン!
――ズドン!
――ズドン!
コハルは助けを求めるようにアササギを見る。
「右手さん右手さん、ご主人様が救いを求めてますよ……」
「左手さん左手さん、今尻尾の毛繕いでそれどころじゃないですね……」
アササギは助けてくれそうになかった。
「アンズ! こういうとき尾っぽ出して――って、リンゴ食ってんのかよ!」
「はわぁ、レンリちゃんからリンゴ貰いました~。おいしー♪」
アンズも助けてくれそうになかった。
「コハル君の冒険の書をここで消すけど、最後に何か言うことは?」
宝玉を鼻先に突きつけながら、レンリが脅す。
目のハイライトは消えているので、きっと冗談では済まない。
「そんなにオレのこと軽蔑してるのか?」
「ええ、してるわ。心の底から。おぞましいもの」
「だったら――」
どのみちレンリにぶっ殺される。
コハルの選択肢は一つしか残されていなかった。
「オマエの胸も揉んでやる!」
わっしと、両手で行った。
「――――っ!?」
どうせ魔法で殺されるなら、揉んどいた方が良いとの判断。
「はっはっは! さすが高貴なお胸だな! 貴族様なだけあるぜ!」
コハル君のセリフがセクハラ全開であるが、元おっさんである。仕方ない。
「どうしたレンリ? オレをぶっ殺さないとこのまま揉まれ続けるぞ?」
「……っ」
レンリはなすがままだった。
細かく肩をふるわせ、目を瞑ったままコハルの愛撫を受け入れている。
キツク閉じた瞼の隙間から、潤んだ雫が溢れるのが見えた。
(え? どうして逃げないんだ?)
コハルは混乱していた。
混乱したままレンリの胸を揉んでいた。
小ぶりで張りのあるアササギと違い、柔らかくて包容力があり、手のひらすべてを包むような高貴さがあった。
軽く身をよじり、唇をキツク結んでいる。
レンリの頬が、真っ赤に染まった。
「……はっ……んっ……くぅ――」
か細い喘ぎ。
身体から力が抜けて、コハルの胸に落ちてくる。
美しい銀髪が鼻先を掠めて、少女独特の甘い香りがした。
レンリが吐息混じりに囁く。
「好きに……すれば……いいじゃない。アササギにも、したんでしょ……?」
胸キュンするような甘い言葉。
こそばゆい吐息が、首筋にかかって理性が飛んでいく。
「コハル君がそうしたいなら、何だって……我慢するわ。その代わり……アササギじゃなくて、私を――」
コハルの腕は、奪われていた。
「はわぁ! レンリちゃんばっかりずるいです~!」
思いっきり自分の胸に誘導するアンズ。
あ、これ三人の中で一番大きい。
「ねえ、コハル君。一応聞くけど、ビンタは何発がいい?」
アンズの出現により、レンリは通常状態に戻っていた。
凍り付くような視線でコハルを睨んでいる。
「いっ、一発でお願いします……」
「ひゃんっ! お兄さん手つきやらしーです~!」
――バチン!
――バチン!
――バチン!
ビンタ3発炸裂したあと、馬車はレーゼイン家に向けて出発した。
…………。
……。
深い森を抜けた先に、うずくまるように巨大な建物があった。
レンガ造りのいかめしい風貌に、趣味の悪い装飾が走っている。
不思議なことに、この世界には存在しないはずの窓ガラスが連なっていた。
レンリのつけている懐中時計といい、エルフ族はオーパーツ的なものを持っているのだろうか?
コカトリスを操っていたアササギが、馬車を止めた。
「到着しました。こちらがレーゼイン家邸宅の一つ、時計館です……」
「一つってことは、別棟もあるのか?」
「そうよ。レーゼイン家はね、エルフを隠して暮らしているの。まあ、上流階級はわかっているけど、庶民には特に隠してるわ。エルフだとバレたらどうなるか、貴方もわかるわよね?」
「レーゼイン家は人間に協力しているエルフです。もちろんエルフは人間から良く思われていませんし、エルフから見ても裏切り者なのです……」
複雑な事情だなと、コハルは思った。
だからレンリは、人間からもエルフからも命を狙われている。
どっちつかずのコウモリに見えるのだろう。
アササギが重い金属製の扉を開け、中に招いた。
扉をさするコハルは、その材質に気づく。
「鉄……?」
「そうよ。この世界はまだ鉄精練の技術がないから、オーパーツってことになるわね」
「人間に知識がないだけで、ドワーフに頼めば作って貰えるのですよ……」
「はわぁ! おっきなお屋敷です~」
4人で鉄の扉をくぐる。
しかし、屋内は真っ暗だった。
誰もいないのだろうか?
ギィ……バタン。
お約束のように扉がひとりでに閉まり、松明が次々と灯っていく。
絵に描いたような幽霊屋敷だった。
「ここにはレンリが一人で暮らしてるのか?」
「いいえ、ここには一週間前転生してきただけ。エンリ様がいるわ」
エンリ様?
レンリが様づけということは、よっぽど高貴な人物なのだろう。
「話の流れ的に、エンリ様とやらのおっぱい揉んどかないとダメだな」
「そこは揉まなくていいと思いますが。変態ですね、コハル様……」
「エンリ様はハイエルフよ。レーゼイン家当主にして、公爵の位を授かってる。この国で意見できる人間なんて、国王陛下以外いないわ」
「……ハイエルフ?」
「神の加護を受けながら、世界を救う存在よ」
しんと静まりかえった屋敷内。
松明の暗がりの向こうに、大きな柱が見える。
「……時計?」
コハルの目に、不思議な光景が映った。
おびただしい数の時計が並んでいたのだ。
この世界には存在しないはずの、壁掛け時計や柱時計。
それらが柱や壁にびっしりと並んでいた。
だから、時計館というのかと、コハルは一人納得する。
「あらあら、珍しい。お客さんですか」
暗がりの奥から、優しい女性の声が聞こえる。
「ふふ、くすくすくす。カッコイイ男の子ですね」
ふわりと大広間に風が渡ると、中央に花びらが舞った。
鼻孔をくすぐる甘い香りと共に、花びらは人の形に集合していく。
そこには豪華なローブをまとった気品溢れる少女が立っていた。
年の頃18、19という感じだ。
レンリと並ぶと、お姉さんのように感じる。
「貴方がウワサの、勇者様ですか」
「この方がレーゼイン家当主、エンリ様よ」
「お名前を聞かせてください、勇者様」
「……コハル。新沼田 コハル」
「……ニヌルタ? まあ、あなたが選ばれし勇者様ですか」
「選ばれた……かどうかは知らないけど、王様からもそう呼ばれてる」
「伝説の通りですよ」
「……伝説?」
「バビロン・ハチオージ国に古くから伝わるお話です」
エンリは優しくコハルの手を取る。
「世界に災いが降りかかるとき、遠くの世界から伝説の神ニヌルタが降臨する。
そして――」
手のひらを胸元に引き寄せた。
「――魔獣アンズーと戦い、勝利する――」
エンリ様は顔をほころばせながら、そう言った。




