018 奴隷少女とスキンシップ
ハーフウルフの少女が、コハルの前で傅く。
「私の名前はアササギといいます。先刻のご無礼、お許しください……」
「いや、別に無礼とか思ってねーよ。助けてくれなかったら、アンズに潰されてたしな。仲間に加わってくれるなら、百人力だ」
「では、契約の印章を……」
懐からコンパクトのようなものを取り出し、蓋を開く。
コハルの手を取ると、コンパクトの中に沈めた。
温かくてねっとりとした感触が指先に伝わる。
引き抜くと、ぽうっと、不思議な光が指に灯った。
(これはインク? か何かなのだろうか)
不思議な魔術をまとったインクだというのは、すぐにわかった。
アササギはコハルの指を自分の手のひらに導き、見上げる。
「名前を刻んでください。それで、アササギはコハル様のものになります……」
彼女の手のひらに、コハルは名前を書いた。
足下に巨大な魔方陣が浮かび、生ぬるい風が少女のローブをはためかせる。
名前を書き終わると同時に、周囲は静かになった。
「契約は締結されました。これで私の命は、コハル様のものです……」
潤んだ瞳が、コハルに向けられる。
許しを請うような、心細い視線。
その艶めかしい姿に、コハルはドキリと胸を鳴らした。
「褒美は確かに渡したぞ、では勇者殿。わしはこれで失礼する」
去り際、王はコハルの脇をすり抜ける。
「試しに胸の一つでも触ってみるがいい」
からかうように囁くと、扉の向こうに消えていった。
あとに残ったのはコハルとアササギのみ。
暗がりの部屋に二人っきり。
相手は年の頃14、5歳の少女、しかも奴隷である。
「えーっと」
「どうしたのですか? コハル様……? あ、そうですね。指が汚れたままでしたね……」
アササギがインクのついた指先に、舌を這わした。
ビクリとコハルの背中が震える。
ちゅぱちゅぱと指が唇でもてあそばれ、舌が皮膚を滑っていく。
くすぐったくて気持ちいい。
「ぷはっ、これで綺麗になりました……」
コハルの心臓の高鳴りが、限界に近づいてきていた。
「コハル様、私……何か変でしたか……?」
今日だけでレンリに腕を舐められ、アササギからも指を舐められた。
キスすらしたことない男が、ガンガン身体を舐められるのは刺激が強すぎる。
「ごめんなさい。アササギ、男の方に仕えるのは初めてで。何か、不手際が……」
「ないから!」
「でも……」
アササギは自分に落ち度があったのではないかと、落ち込んでいる。
奴隷として不適格であるため、捨てられるのではないかと。
「お願いですコハル様。アササギのこと、捨てないでください……。命尽きるまで、コハル様を愛しますので……」
コハルは奴隷というものが信じられなかった。
彼が今まで出会ってきた女の子というのは、基本無視か、無言で防犯ブザーを鳴らすか、そういうたぐいの人々だ。
無条件に何をしても怒らない、受け入れてくれて、好いてくれる。
いくら奴隷だからとはいえ、出会ったばかりの男に尽くせるものなのか?
それが不思議だった。
(王様に言われたこと、試してみるか)
コハルはアササギを立たせると、胸の前に両手を差し出す。
「コハル様……?」
「王様に言われたからな、胸を揉んでみる」
アササギが頬を赤らめ、うつむく。
「ほれほれ、拒否しないと本当に揉んじまうぞー」
「……コハル様がそれをお望みでしたら。どうぞ……」
冗談のつもりだったのに、受け入れられてしまった。
両手首が掴まれて、アササギの胸に誘導された。
「――っ。はぅ」
か細く少女の喉が鳴った。
ローブに包まれた華奢な身体。
先ほど人間から外れた膂力を見せたが、それは獣人故のものなのか。
小ぶりだが張りのある胸が、コハルの手のひらの向こうにあった。
柔らかくて、酷く熱を帯びている。
ドキドキとした鼓動が、布越しに伝わった。
「嫌だったら拒否していいんだぞ、アササギ」
アササギはふるふると首を振る。
「ようやく名前を呼んでいただけました。アササギは、とても嬉しいです……」
先ほどの契約の印章。
もしかしたら魔術的な主従関係を結ぶものなのかも知れない。
「コハル様。もっとアササギを必要としてください。アササギ、頑張りますから……」
アササギの髪が、ふわりと舞った。
彼女の腕がコハルの背中にかかり、そのまま抱きつく。
熱い吐息が、首筋にかかった。
体重がかかったことにより、コハルの手に思いっきり胸が押し当てられる。
こんな幸せなことがあって良いのだろうか?
勢いに任せて関係が何段階か進んでしまいそうである。
「…………?」
しゅるり。
足下に、不穏な気配を感じた。
「コハル様っ!? 危ないっ!!」
危険を感じたアササギが、コハルを突き飛ばした次の瞬間――。
ズゴゴゴゴゴ……。
暗黒の尾が、床を突き破ってせり上がってきた。
どう考えても、アンズの尾っぽだった。
『……お兄さん……ッッッ』
破滅の響きをまとったアンズの声が、暗黒の褥からわき上がってくる。
自らの尾に身体を持ち上げさせ、階下から現れたアンズ。
すとんと、床に飛び移る。
(まずい、殺される)
尾は5本出ていた。
今までの経験から、アンズがどれだけキレているかは尾の本数を見ればわかるようになっていた。
5本……これは、かなりマズイ。
下手すると王宮が跡形もなく消滅する。
ちらりと横目でアササギを追った。
先ほどの一撃で、気絶しているみたいだ。
とてとてと、アンズがコハルに近づく。
地面が沈むようなプレッシャーを感じた。
コハルの前に立つと、口を開き、言った。
「えへへー♪ お兄さんはアンズのものーっ!」
ぎゅーっと、アササギ以上にコハルを抱きしめる。
しゅるしゅると、5本の尾っぽは消えていった。
どうやら対抗心があっただけだったっぽい。
「レンリちゃんがね、今日はもう遅いからお家に招待してくれるんだって! 一緒に行こう!」
コハルの手を引き、アンズが歩き出す。
「待て、アンズ。アササギ……えっと、ハーフウルフの子が仲間に加わったんだ。置いていくわけには――」
「ん? 大丈夫だよ」
よく見るとアンズからは尾っぽが出ていて、気絶したアササギを引きずっていた。




