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017 奴隷の獣人少女


「あー……えーっと」


 コハルはまじまじと、レンリを見ていた。

 異世界転生でいろいろな手違いがあったと思う。

 武器やスキルも持たず、左手の眼だけしかなかったこと。

 その眼がアンズを呼び出し、規格外のアンデッドだったこと。

 そして、眼の中には魔術スクロールが格納されていて、エロ漫画のセリフの羅列だったこと。

 大好きというワードを、レンリが読んでしまったこと。

 そして今、レンリは赤面しているということ。


「…………」


「何か言えよ、レンリ」


「アンズちゃんが危なかったから、読んだのよ。し、仕方なく」


「……そっすか……」


 レンリの声はうわずっていた。

 彼女と向き合おうとしても、レンリは頑なに顔をコハルに向けようとしない。

 そっぽを向き続けている。


『はわぁ……良かった。レンリちゃんのさっきの言葉……。演技ダッタンデスネ……』


 暗黒の尾を生やしたアンズが、いつの間にか二人の間に入っていた。

 アンズの目からハイライトが消えた。

 不穏な冷たい空気が王宮を冷やしていく。

 メキメキと巨木の芽吹きのように、アンズの尾は増殖していった。

 城の天井を突き破り、幾度かの戦闘で破損した石柱の残りをへし折り、床を砕く。

 たまらず、国王が声をかける。


「待て待て待て! その魔獣はダメ! ダーメ! 謝れ勇者」


 周囲を見渡すと、兵士達が怯えていた。

 もはや勇者ご一行というより、早く帰ってくんねーかなこの疫病神、の空気である。


 レンリのさっきの魔法もすごい威力だったが、ヤンデレアンデッド化したアンズもヤバい。

 まともに二人がぶつかったら、この城簡単に崩れそうだ。


「あ、アンズは大切な妹だぞ~」


「はわぁ! 良かった~。お兄さんは私一筋ですもんね!」


「…………」


 ああ、助かった。

 なんかレンリが変だけど、とりあえずアンズの機嫌は治ったみたいだ。


 怯える群衆の前で、国王がパンパンと手を打つ。


「これから勇者殿には旅の支度を整えてもらう。皆のもの、解散だ」


 王が退席する。

 従者の一人がコハルの前に立つと、恭しく礼をした。


「コハル様、こちらへ」


 一人で来いということらしい。


 コハルは従者に続いて渡り廊下を進む。

 豪華な作りの石柱が続いていた。

 石柱の向こうは美しい中庭。

 砂漠にある城とは思えないほど草木や花が満ちていて、ふんだんに水が流れている。

 これが、バビロンの空中庭園ってヤツなのだろうか。

 ひときわいかめしい扉の前に案内されるコハル。

 従者はおもむろに、扉を開けた。


 この世界にはガラスがない。

 窓の開口部にはまっている木製の格子くらいで、光の調節は窓を開けるか閉めるかしかなかった。

 王に招かれた部屋は窓が閉じられており、松明たいまつの明かりがぼんやりと、ビロードの絨毯を照らしている。

 松明の光に照らされた王が、揺らめくように現れ言った。


「芝居を強要して悪かったな、勇者殿」


「芝居?」


「わしはそこまで愚かに見えるか? 貴殿が何の心づもりも覚悟もなく転生してきたことなど、最初からわかっておったわ」


「じゃあどうして、試すようなことを?」


「あれを見よ」


 王が窓を開くと、微かな風が流れ込む。

 窓の外には一面の丘が広がっていた。


 砂で覆われた丘の上に、無数の剣が突き立てられている。

 何百、いや何千という数だ。

 ゲームやアニメでよく見る光景だが、実際に目撃するとインパクトがすごい。


「勇者の眠るの丘だ。あそこには、剣の数だけ転生してきた勇者が眠っておる。邪神討伐のために出かけた強者どもの、夢の後だ」


 王は身体を逸らすと、コハルに向き直る。


「すべて、別の世界からやって来た者達。つまり、貴殿の先輩だ」


 コハルに、戦慄が走った。

 どういうことだと、かぶりを振る。


「6000までは数えたが、そこから先は諦めた。皆正義感に溢れ、才能を滾らせ、勇敢で、そして、伝説の武具を身に付けていた」


(は? は? は?)


(いまだにまともな魔法すら使えないオレより、何百倍も強そうじゃないか)


「勇者殿。こうなってしまった以上は、むざむざと死地に赴かせるようなことはさせたくない。だが、国民には希望が必要なのだ。わかって、くれるな?」


 王の瞳の奥に、絶望とあきらめがあった。

 最初から死ぬとわかってる戦いに、兵士を向かわせる目だった。


「餞別だ。そこの宝箱を開けるが良い」


 バコっという8ビット臭のする効果音と共に、宝箱が開いた。


 ”コハルは 棒 と 3カッパー を手に入れた”


「3カッパーって、銅貨じゃねーか!! こっちの世界なら30円だぞ30円!! おまけに棒って何だよ!? 棒って!? もっと強い武器よこせよ!! ちくしょう!!」


「えー。だって、すぐ死ぬもん」


「すぐ死ぬもんじゃねーだろ! オレの命軽いなおい! 棒とか渡してっから死人バッカ出るんだろ!! しかも日光山って掘ってあるぞこれ! 完全土産屋の木刀じゃねーか! うっわ、これしかも捨てられねーし。なんでだよ!? 手から離れねーぞ!!」


「勇者殿の世界では、大切なものというのは捨てられないのであろう? その棒は夜な夜なワシが舌先でねぶっておったからな。せいぜい大切に扱うが良い」


「いらーねーよ!! マジで捨てさせろよ! うっわ触っちった!! 汚ったねぇ!! あーもーいらねぇええええええ!!」


 水差しの水でジャバジャバ棒を洗い、布で包む。


「マシな防具寄越せ」


 コハルは退悪の剣(エゾロディネガル)を左眼から出すことができる。

 コイツはアンズの暗黒の尾を一振りで切り裂くことができるため、攻撃力に関しては問題ない。

 だが、防具に関しては短パンTシャツで、いまだに防御力0のままだった。


 国王はお年玉をねだられた親戚みたいな顔をしながら、言った。


「だってさー、どんだけ軍団育てても邪神つえーんだもん。異世界の勇者共もいっぱい来るけど、口ばっかですぐ死ぬし。なんですぐ死ぬヤツに防具あたえないといけないわけ? 結構高いんだぞ、防具って」


「いや、こっちも命かかったんだよ」


「まあでもわし王様じゃん? 立場上宝物を与えないわけにはいかないじゃん? 金渡すじゃん、道案内つけるじゃん、行く先々の村々に協力させたり、そこでも護衛の兵とかつけなきゃじゃん? で、だいたい国境あたりで負けるじゃん? 渡した旅の支度金やら装備やらが、むざむざモンスターの手にわたるじゃん? 相手はその奪った金で装備強化してくるじゃん? 敵強くなる、こっち弱くなる。いやー、もうこれ詰みだろー詰みー」


「おい王様、だだ漏れだぞ。王様」


「王様はもう王様やめてさー。魔物いないあたりで家庭菜園とか始めよう、とか思っちゃったりして。賢者とかテイマーはいいよなー。最強最強いいながら魔王倒さずスローライフしやがってさー。じゃあ王様も全部投げちゃおっかなー。もーいーよー世界とか。勝手に滅べばー?」


「おい王様、ブレーキ。ブレーキだ、王様」


「というわけでコハルよ。貴殿には丸腰のまま敵の拠点の一つ、ダンジョンに向かって貰う」


「それ死んでこいって言ってるだけじゃねーかよ。欲しい物リストとか書いとくと、そっと宅配されたりしないのか?」


「ふむ……」


 王は逡巡した。


「では、奴隷の女の子を与えよう」


「獣人か?」


「さようだ」


「受けよう!」


 コハルは受諾した。


「ダンジョンの名前はパーク・ダンジョン・ハチオージだ。さっそく向かうのだ。褒美は与えたぞ、向かえ」


 すごいマンションみたいな名前だなーと、コハルは思った。


「好評分譲中?」


「何が分譲中だこのたわけ。数多の勇者を屠りし、暗黒の魔境ラビリンス。入ったが最後二度と出られぬダンジョンだ」


「なあ、王様。あの丘から剣をいくつか、貰ってもいいか?」


「ふん、たわけめ。言ったであろう、あの丘に刺さっているのは異界から招かれた勇者達の、神聖な武具。専用装備だ、他人には使えん。もしも使えるのなら、我が軍団に装備させて戦力を増強しておるわ」


 そりゃそうだった。


「だから貴殿をここに呼んだのだ。今までの勇者は何かしらの聖なる武具や、スキルがあった。だが、貴殿にはまだ何もない。わかるか、勇者殿」


「全然わかんねーよ」


「今まで送られてきた者達は、伸び代がなかったのだ。育てようにも強くはならなかった。だが、貴殿は違う。最初空からハエのように落ちてきたそうではないか。それが数時間の内に、金貨3000枚のお尋ね者と渡り合えるようになってしまった」


 国王はコハルの肩に、ぽんと手を乗せる。


「期待しているぞ、真の勇者になるその刻を」


「そういうのいいから、早く奴隷よこせ」


 ちっと、国王は舌打ちした。

 カッコイイ感じで送り出したかったのに、の顔である。

 ぽんぽんと、国王は打ち手をする。


「お呼びですか。国王様……」


 部屋の暗がりに隠れていた少女が、一歩前に進む。

 質素なローブをまとった少女で、顔はフードをかぶっているためわからない。

 いつからそこにいたのだろう、コハルは少女の気配をまったく感じ取れていなかった。


「コハル殿に付き従い、ダンジョンへ向かえ」


「かしこまりました……」


 少女がフードを下ろす。

 ぴんと張ったウルフ耳に、ふさふさの尻尾。

 その顔に、コハルは見覚えがあった。


「オ……オマエは――!!」


 先刻アンズが暴走したとき現れた、正義の味方だった。


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