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015 30を過ぎて童貞だと魔法を使えるそうですよ?


 王位継承権第1536番。

 そんな冗談みたいな王子に生まれたら、何を思うだろうか?

 福引で貰った宝くじの、当選番号みたいなものだ。

 きっと王位継承権なんて存在を忘れて、公職試験の勉強を続けていることだろう。


 アガド・ケンネルグ少年は悠々自適な生活を送っていた。

 勉強は苦手なので、公職は諦めコカトリス飼いにでもなろうと思っていた。

 そんな彼の生活が一変したのは、邪神との終末戦争が開始されてからのこと。

 ある日家に賢者が訪ねてきた。

 その瞬間ケンネルグ少年は、自分以外の王子1535人が死んだのを悟った。

 第6代国王は、こうして生まれた。


「はっはっは! 我が名はハンムラビ・アガド・ケンネルグ! 偉大なる王、王の中の王、バビロン・ハチオージの王である!」


 第6代国王は、こうして生まれてしまったのだ。


「え? マジで?」


 コハルはドン引きしていた。


「ちょっとコハル君、アンズちゃん、頭下げなさい。失礼でしょ!」


 宰相にすら平伏しなかったレンリが、頭を下げていた。

 本物らしい。


「バビロン・八王子……? なんだこの、パルテノン多摩、感のある国名」


 時は邪神との終末戦争のまっただ中。

 生き残った者が王となり、国を治めるのだ。

 強いも弱いも関係ない。

 生き残った者こそが、王者の証明。


「まさにキングオブキング! 力こそパワー! ふははは、恐れるが良い、震えるが良い、我が気迫に圧倒されるが良い、ふは、ふははは! 善いぞ! 善いぞ!」


「なあ、王様。そろそろ晩飯の時間だし、アンズも腹を空かせてる。用があるなら手短に済ませてくれねーか」


 ぎゅっと、レンリがコハルの太ももをつねる。


「失礼でしょ、コハル君」


 王の隣に控える従者が、何かを耳打ちした。

 コハルやアンズに関しての情報らしい。


 王はあごひげを撫で、真顔で言った。


「レンリよ。レーゼイン家は我が国家を鎮護する、重要な職に就いておる。そなたが連れてきた人物ということなら、勇者とそれに準ずる要人ということになるが、よろしいな?」


「はい、そのように捉えていただいて構いません」


 おいおいなんだ、レンリが真面目なこと言ってるぞ。

 コハルはこういう真面目な場が苦手だった。

 しかし、王の目がコハルに向いていることに気づく。


「では、貴殿が勇者か。横におるアンデッドも、貴殿が召喚したのだな?」


 責めるような視線だった。

 不穏な空気を嗅ぎ取ったのか、レンリが反論する。


「王様、確かにアンズちゃんが魔獣化し、王都で暴れたのは事実です。ですが、先に攻撃を仕掛けたのは――」


「レンリ。わしは勇者殿と話しているのだ」


「……はい。申し訳ありません」


「で、勇者殿。どうなのだ? アンデッドを召還したのは、貴殿なのかな?」


「オレだ。レンリがゴロツキに襲われたんだ。だからこの世界に召還した。攻撃してきたのは、アンタの兵士が先だ」


「……ふむ」


 王はあごひげを撫でた。

 何事か考えているようだ。


「勇者殿、このアンデッドは我が国民を60人は殺めておる。いくら勇者の仲間とはいえ、その罪を帳消しにすることはできぬ」


「……あ? なんか数字増えてねーか? 60人は盛り過ぎだろ」


「ごめんコハル君、言い忘れてたけど、この世界は60進数なの」


 そっとレンリが教えてくれたが、コハルにとってどうでもいい情報だった。

 王宮内にそそぐ冷ややかな空気。

 明らかにコハルもアンズも歓迎されていない。


「先刻、我が国の宰相もアンデッドによって命を落とした」


「……は? 攻撃してきたの宰相の方だろ。しかもモンスターで――」


「――我が宰相を殺め、国民や兵士に犠牲を強いた事実、どう責任を取るのだ!」


「いや、だからっ! 誤解だっつーのっ!」


 弁明は通らなかった。

 いきり立った兵士の一人が、コハルの肩を掴む。


「陛下に向かってなんたる口の利き方! 無礼者めっ!」


 次の瞬間――。


 ――ズシンッ!


 暗黒の尾が、兵士に叩きつけられた。

 はじき飛ばされた兵士は、石の支柱に叩きつけられる。

 柱を三本折ったところで兵士は止まった。

 兵士は、丸めたミカンの皮みたいになっていた。


 瞬きする間に、兵士の死体は空間に溶け、消えた。


『……お兄さんを傷つけるヤツ、許さない……』


 3本の暗黒の尾が、アンズから伸びている。

 目は、濁った沼の底のような色をしていた。


 その光景に恐怖した人物がいる。

 アガド・ケンネルグ国王だ。


(あ、これ、ヤベーヤツだわ。城の中呼んじゃいけねーヤツだ)


 魔獣と言えばおとぎ話の中でしか聞いたことのない存在。

 祭りの舞台で動き回る、木々と布で作られた張りぼて程度を想像していた。

 だが、目の前で繰り広げられているのは――。


「ま、魔獣アンズーだーーーっ!」


「王を守れ! 防御陣形を取れ!」


「討ち取って名を上げよ!」


 兵士の一団が、アンズに向かって飛びかかる。


 ――ひゅんッ!


 尾っぽの一つが振られると、彼らは視界から消えた。

 強大な質量で吹き飛ばされたとか、魔法を使ったとか、そういう次元の話ではない。

 消えてしまったのだ、兵士の一団が。

 戦うとか逃げるとかそういう問題ではない。

 アンズが尾を振るうだけで、何もかもが消える。


「「「…………」」」


 得がたい恐怖と沈黙が、城内を覆っていた。


 兵士全員が伏し目がちになっていた。

 それぞれそっぽを向き、アンズと視線を合わせようとしない。

 剣や槍を背中に隠し、さも非武装ですよみたいな顔をしていた。

 目を合わせたら、消される。

 殺されるとかじゃない、消される。

 天国も地獄も行けずに最初から存在をなかったことにされる。

 なら反逆罪で殺された方がマシだ。

 抗うこともできない本能の警鐘が、兵士をまんじりとも動けなくさせていた。


(え? 何? なんか、王様くらい死んでもいーんじゃね? の空気になってない? 何何何? え? お前ら兵士だよね? 命捧げるとか誓約書取ったよね? 何俯いちゃってんの? ここで王様魔獣に狙われても、もしかして無視?)


 王様ビビっていた。


「……あー……何だ、その、勇者よ。き、きき貴殿の到来を心より待っていた。待ってたんだなー、これが」


 へらへら笑いだすアガド・ケンネルグ国王。

 威厳台無しである。


「さっきと言ってることちげーんだけど」


「はっはっはっ! 嫌だなぁ、勇者殿! ラブアンドピースの精神だよ!」


「宰相殺した責任は? 国民とか兵士の命は?」


「ふははは! 必要な犠牲だ!」


「……わかった? コハル君。国王はこういう方なの」


 ずいぶん調子のいい国王だなと、コハルは思った。


「いやははは! 強いのう、貴殿のアンデッドは! それで……その」


 アガド・ケンネルグ国王は指をぐにぐにさせながら言った。


「じつはな、このバビロン・ハチオージ王国は滅亡の危機に瀕しているのだ」


 そりゃあまあ、こんな脳筋IQ3が王様してれば……。

 しかも旗色悪くなるとへりくだるし。

 この国の人間はみんなこうなのかと、コハルは暗澹あんたんたる気持ちになる。


「国の至る所で魔物が暴れ回っておる。それもこれも、1000年に一度破られるという、邪神の封印期限が迫ってるからだ」


「いやいやいやいや! 邪神かんけーねーから! いなくても滅びるのは時間の問題だから!」


「コハル君、国王の悪口言ったら許さないわよ? レーゼイン家の後ろ盾なんだから」


「かたじけないのう、勇者殿。我が王国の行く末を案じて、涙を流すか。そうかそうか」


「泣いてねーっつーの。むしろ国民が哀れでそっちの面で泣きそうだ」


 可哀想過ぎる、この国の民。


 アガド・ケンネルグ国王は真顔になり、王宮に響く声で言った。


「勇者殿は邪神との終末戦争に備え、魔獣アンズーを召還したのだ! 魔獣アンズーがこちらの手にある限り、我が国に敗北はない!」


 王が立ち上がり、腕を伸ばす。

 叫び、鼓舞した。


「兵士諸君! 勇者殿に従え! 召還魔法を操る勇者がこちらに加われば、必ずや勝利するだろう!」


(うっわー……調子良いなー……この国王)


 冷ややかなコハルと対照的に、王の発言は波紋を呼ぶ。

 ざわざわと、兵士たちが小声で話し始める。


「召喚というのは、公認会計士試験よりも難しいと聞く」


「ほ、本当か!? 俺の兄貴資格浪人10年やって受からなかったのに!?」


「あ、あんな子供が……公認会計士試験より難関な召喚を!?」


「聖賢ですら簿記二級でなれるというのに!?」


 この国家、大丈夫なんだろうか。

 レンリをちらりと眺めると……。


(まあ見てなさい)


 と、傍観の構えだった。


 兵士たちの言葉は、次第に熱量を帯びていく。


「しかし、召喚というのはいわゆる……魔法だろ?」


「ああ、超上級魔法だ。エルフですらエルダークラスでないと発動できないそうだ」


「人間にそんなことが……?」


「ということは……」


「まさか本当に存在したのか」


「ああ、伝説のジョブ」


「「「――マホーツカイ――!!」」」


「マホーツカイ、マホーツカイだと? まさか、そんな!? 人間でありながら、魔法使い!?」


 どよめくような感嘆の声が、そこかしこでわき上がる。

 城内の兵士達が、畏怖の念のこもった眼差しで、コハルを見つめた。


「王様、そんなに人間の魔法使いは珍しいのか? どうして、他の人間は使えないんだ?」


「それはだな……」


 逡巡するような、数秒の沈黙。

 王はあごひげを撫でると、おもむろに口を開く。


「30歳を過ぎて……清童……であることだ」


「……はい?」


「「「「ドウテイ!」」」」」


「「「「ドウテイ!」」」」」


「「「「偉大なるドウテイマホーツカイ!!」」」」」


 やんややんやの大歓声が、城内を包んだ。

 兵士達は槍を高々と掲げ、乙女達は花びらを投げ、巫女達がエアリアルシルクをば っさばっさなびかせて舞い踊る。

 城内は宴一色。

 邪神なんか勝ったも当然の浮かれ騒ぎっぷりだった。


「よもや齢30を超え童貞というものもおるまい」


 ぎくり。


 やめろその発言。

 どんな強力な魔法よりもオレに効く。

 コハルの目は、泳いでいた。


「「「「ドウテイ!」」」」」

「「「「ドウテイ!」」」」」

「「「「救世主!」」」」」


 コハルの心配をよそに、壮大な童貞胴上げが始まった。


「ふむ。この国で18を過ぎて童貞などおらん。国家の恥じゃ、そんな汚物」


 お、汚物。

 泣いちゃうぞ! 勇者なのに!

 コハルは胴上げされながら、ダメージを追っていた。


「そなたは見たところ15、16。その歳で魔法を使えるのならば安心である。来年復活した邪神を倒してしまえば、婚礼の歳までにきちんと卒業できるだろう」


 わっしょいわっしょい胴上げされながら、コハルは聞いた?


「なんすか、その、卒業って」


「童貞でなければマホウは使えん。喪失した折には、能力を完全に失うのだ」


(な、なんだってー!?)


「そなたがマホウを使えなくなってしまったら一大事。邪神の呪いによって女子の比率が異常に上がってしまったこの国で、思春期特有の性欲が抑えきれない女生徒達との、ぱつんぱつんの甘々学園生活を送るほかない」


(王様、キングオブキング、オレ……そういうのでいいっす。)


「筋肉ダルマのブラックオークや、動く火山のようなドラゴンと命をかけたシバき合い、危険と隣り合わせな冒険もできず、寄宿舎でシャイで読書が好きな眼鏡少女や、お兄ちゃんの欲しくて仕方ない甘えんぼ年下少女とキャッキャうふふなど――」


 王はこぶしを握り締め、ふるふると震えた。


「勇者として全く不健全! 全くの名折れ! 貴殿は! そんな生き方など我慢できんだろう!! そうだろう!! 勇者殿!!」


(王様……王様。オレ、帰りたくねえっす)


(勇者やらずにここで女子と乳繰り合っていてぇっす)


 王は腕を伸ばした。

 その合図とともに、胴上げから降ろされる。


「して、勇者殿。貴殿の魔法を見せてもらいたい」


 レンリがやっぱーいの顔をしていた。


「レーゼイン家は勇者の到来を予言しておった。偽物だったらぶっ殺すつもりでおったが、予想以上に本物であったからな」


「いやそこは大切にしろよ」


「聞けば勇者は剣の腕だけでなく、強力な魔法を使えるという。その証明をしてもらいたいのだ」


「悪いがオレはな、アニメかゲームの話しかできねーんだよ」


「その知識も案外中途半端よね……って、そこでボロ出さないでよ! せっかくうまく行きかけてたのに!」


 レンリ、さらりと心をえぐる発言。

 思い返して見れば特に何も頑張ったことがない、そんな人間の心臓を突き刺す言葉のナイフ。

 だが、レンリには悪気はない、ないのだ。

 レンリの発言自体が墓穴掘ってることも、気づいてはいない。


 だが、この国の兵士は想像以上に脳筋だった。


「ゲーム? アニメ? なんだそれは?」


「魔術スクロールの名前なんじゃないのか?」


「魔術の話しかできないのか! それは頼もしい!」


「さすがは勇者様だ! 剣術だけでなく、魔法にまで精通しているとは!?」


(うっわー……。恥ずかしー)


(絵に描いたようにプラス方向に勘違い、恥ずかしー)


(ついさっき切りかかって来たのにこの身の返しだよ、うっわー)


 コハルは、王の探るような視線に気づく。


「見たところ魔術ロールを所持しているようには見えないが。その左手にある眼……それが――」


 しわがれた声が、王の言葉を遮った。


「どれどれ、このババに見せてみぃ」


 柱の向こうから歩いてきたのは、どう見ても魔女だった。


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