009 孤高のハーフウルフです。ぐるるー……
「二人で止めるって、どうする気よ!?」
無茶な要求に、レンリは狼狽していた。
アンズの降らす花を少し吸い込んだのか、寒気に震えている。
「あの花びらは瘴気を帯びてる。吸い込んだだけで死ぬわよ!? 接近するなんてバカのすることよ!」
レンリはコハルがノープランなのを、すでに見抜いていた。
「で、左眼。ここからどうすればいい?」
――そこの娘に風の魔法を使わせるがいい。瘴気はそれで吹き飛ぶ。風に紛れて接近しろ、あとはすべて我が行う――
「だ、そうだ」
左眼が気を利かせたのか、声はレンリにも届いてるみたいだった。
「そんな簡単に接近できるなら……ね」
怪訝な表情のレンリ。
カバンを地面に置くと、胸元から宝玉を取り出す。
「――!? 待って!? 何か来る!!」
地面を影が滑った。
水銀のように広がると、つややかな漆黒からこぽりと泡が沸く。
影が液体のように沸き立つと、不気味な骸骨が現れた。
明らかに二人の会話を聞いた上で、妨害に現れたような魔物だ。
――ジュッ!!
即座にレンリから放たれた魔法で、焼き尽くされる。
「アンズちゃんが暴走したのかと思ったけど……。ちょっと違うわね」
無数に影が沸き立ち、コハル達の行く手を遮る。
レンリは視線を周囲に這わすと、街並みの一点を捉えた。
「鐘楼の上。見える?」
石造りの塔ノ上に、不気味な人影が立っている。
黒いローブをまとった、魔女のような出で立ち。
人影の周りを、骸骨が護衛していた。
人影と、目が合う。
「……微笑った?」
人影の微笑みに、コハルとレンリは身震いを覚える。
アンズの暴走の原因は、ヤツだ。
「コハル、貴方の……不完全だけど誰も持ってない可能性に賭けるわ」
レンリは宝玉を掲げると、詠唱した。
「瀝青の丘よ! 今こそ天高く舞い昇れ! アテンの宝玉を持ちてレーゼイン家血統のレンリが命ずる! テル=アル=ウバイド!」
宝玉から、星が散った。
風が渡ると波のようにがれきが、影の骸骨が、吹き飛んでいく。
道は開けた。
アンズに接近できるチャンスは、今しかない!
走った。
アンズを元に戻すため、走った。
人の形に、花が咲いている。
かつて人だったもののなれの果て。
もはやここは死者の街だ。
アンズの身体からは、魔獣の尾が生えていた。
近づく度に人を押し潰すような、圧倒的な威圧感を覚える。
がれきを乗り越え、アンズの前に躍り出た。
「止まってくれ! アンズ!」
コハルは叫び、両手を広げた。
身じろぎもしないアンズ。
うっとうしそうに、目の前に立ち塞がるコハルに触手を向ける。
邪魔者を排除するかのように、巨大な尾が持ち上げられた。
「アンズッ! オレが――! わからないのか!?」
コハルの必死の呼びかけも空しく。
漆黒の触手が振り下ろされた――。
――ガギン!!
ブロードソードでガードするも、衝撃を受け止めきれない。
「何とかしろっ!! 左眼っ!!」
剣が砕けるのと同時に、左眼が閉じた。
空間が圧縮され、重い空気の塊が世界を押し潰す。
――ズンッ!
アンズの尾の一本が、根元から切断された。
この眼は……視界に入れた対象を潰す能力でもあるのか……?
――では、屍魔獣を消滅させるぞ――
左手が独りでに動いて、アンズの正面を向く。
ダメだ――今ここで瞬きされたら、アンズ諸共吹き飛んでしまう。
コハルは慌てて、左手を押さえた。
「やめろ!! 元に戻すだけでいい! 尾だけやりゃいいんだ!」
――ダメだ! それでは二撃目でやられる! 死ぬぞ!――
アンズの尾が振られ、火花を散らしながら移動を開始した。
右から一本、左からも建物を突き破って一本。
耳を聾する轟音を蹴立て、二本の尾がコハルを狙う。
ギギギギギ。
不気味な音を響かせ、尾が軋んだ。
逃げなければいけない。
だが、コハルはアンズの顔を見つめ、動けなくなっていた。
「……泣いてる――?」
巨大な尾に飾りのように乗るアンズの顔。
そこに、一筋の涙が見えた。
――主! 上だっ!!――
左眼が叫んだところで、手遅れだ。
コハルの頭上に、巨大ながれきが降ってきた。
…………。
……。
(あれ? 生きてる……?)
気がつくと、コハルは空を飛んでいた。
いや、少女に抱えられ、がれきをすんでの所で避けたのだ。
一息で数十メートルのジャンプ。
人間業ではない。
着地しても、まったく衝撃はない。
なんというバネだろう。
少女はしゃがみ込み、コハルを物陰に下ろす。
「えーっと……」
戸惑うコハルをよそに、少女は立ち上がると、両手で狐を作る。
「右手さん右手さん、危ないところでした……」
「左手さん左手さん、あとちょっとでペチャンコだったね……」
ぱくぱく、ぱくぱくぱく。
右手と左手とで会話を進める少女。
あの状況でコハルを救出した瞬発力。
そしてひとっ飛びで物陰まで運んだ脚力。
ものすごい少女のはずなのに、ちっともすごく思えなかった。
「君は?」
「お気になさらず。私はただの、正義の味方です……ね、右手さん」
「そうですよ。正義の味方が人助けするのは、普通のことです……ね、左手さん」
変だ。コイツ変だ。
少女の身体は、人間とは違っていた。
いや、大部分人間なのだが、頭とおしりに大きな違いがある。
ピンと立った獣耳に、ふさふさのしっぽ。
「犬っ娘か!」
「ハーフウルフです。ぐるるー……って、怒ってます右手さんが」
「いや、犬耳だろそれ!」
「ウルフ耳です。がおー……って、怒りますよ左手さんが」
「ちゃんと牙も生えてます。見るからにウルフ。強いんです……証拠を見せてあげましょう、右手さん」
「わかりました。このあんぽんたんにウルフの証拠を見せましょう……、左手さん」
むぺーっと、唇の端を引っ張り牙を見せる少女。
見るからに……犬歯だった……。
とても強そうには見えない。
怪訝な表情のコハルに気づいた、少女。
「ちょっとした戯れです……不敬をお許しください、ね、右手さん」
「それはそうと、私達はあの怪物を倒しに行かなきゃいけません、そうですよね……左手さん」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! アイツは妹なんだ!」
「それは困りましたね。でもここはお兄さんに喪主を務めて貰いましょうか……左手さん」
コハルは鐘楼の人影を指さし、言った。
「そこの塔のところ、見えるか? アイツに妹が操られてる。残りの尾は二本だけ、切り落とせればアンズは元に戻る。殺す必要はないんだ、頼む」
少女は手の狐をかしげながら、思案した。
「頼む、正義の味方。助け欲しい」
コハルは頭を下げた。
「……だそうですよ。あまり考える時間はありませんけど、どうします……右手さん」
「この人よく見たら、”眼持ち”ですね……左手さん」
「あら珍しい。”眼持ち”なら、眼に頼めば良いんですよ。ね……右手さん」
(眼に……頼む?)
「さっきから頼んでるけど、コイツはアンズごと消し去ることしか……」
非難するように左眼を見つめるコハル。
――ふん。仕方のない主だ――
ブゥウウウン!!
――ボト。
「雑ーになんか出てきたぞ!? 雑ーに!?」
「ね? なんだかんだでツンデレなんですよ、眼は。可愛いですね……右手さん」
「出てきたのは退悪の剣ですね。一回限りの使用しかできませんが、あの子を戻すだけなら十分ですね……左手さん」
「では、怪物は”眼持ち”さんに任せて、私達は塔の人物を片付けましょうか……右手さん」
睨め付けるように、少女が鐘楼に視線を向ける。
ものわかりのよい人物でよかったと、コハルは胸をなで下ろした。
「そうそう……」
少女は両手を降ろし、コハルを見つめて、言った。
「あんまりその眼を使うと、死にますよ……」
コハルに退悪の剣を放ると、少女は鐘楼めがけて走り出した。
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