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デッド・ドランカーズ・パレード  作者: 緑藤 春雨
2/2

【第一章:Have A Nice Death】

 先も見通せぬ霧の中、乱れ建つビル群の隙間を縫うように男は走っていた。

 血相を変え、顔から汗、涙、鼻水を無様に垂れ流しながらがむしゃらに逃げている。

「くそ! くそッ! なんでだ! 俺はただ……なのに……なんでこんな」

 いくら叫ぼうとも現状を打開するには益体無きことこの上なく、何かに怯え切ったように男は背後を何度も振り返っては、脚に鞭を打ち裏路地を駆ける。

 男は感じていた。眼には見えずとも今この瞬間も刻一刻と自身に“恐怖”が迫っていることを。

 警察や英雄(ヒーロー)がいるならぜひ手を差し伸べて欲しい、そう思わずにはいられないほどに。

 しかし、男はもう破裂しそうなほどに稼働している肺が限界であることを認識せざる負えない状況でもあり、現状を理解しつつも身体が自然に脚を制止させた。

 仕方なく手頃な路地を曲がりもはや誰も使っていないのではないのかと思うほどに汚れた業務用のゴミ箱へ自身を投げ入れる。

 幸いというべきなのか、生ゴミは少なくダンボールといった資源ごみが多かったため、身を隠すにしてもそこまで苦ではなかった。しかし、蓋があるため密封された空間の匂いは言わずもがなである。

 そこでやっと男は小さく安堵の息を吐く。

 もしかすると自分は逃げ切れたのではないか。そう思考を巡らす程度には心も落ち着き平静を取り戻そうとした、その時だった――

 アスファルトに靴底を打ち付ける音がわずかに男の鼓膜を震わせる。

途端に男の額からは再度、冷や汗が溢れ出し、咄嗟に声を殺すように口を抑え込む。

 たまたま通り過ぎた奴の足音ではない。間違いなくあの男だと、そう確信するほどに本能があの音を拒絶する。

 おそらく何の変哲もないただの安い革靴であろうことは男には分かっていた。

 良家に産まれ金のない人間を毛ほどにも留めていなかった自分がまさかこんな品のない音に怯える日が来るなんて夢にも思わなかったであろう。

 だが、現実は非情。その足音は今も間違いなくこちらへと向かって更に音を響かせる。

 コツ、コツ、と男にとって心底憎たらしいほどに一定で小気味良い音が大きく、また大きくなってくる。

 これでもかという程に心臓は跳ね、体は抑止が利かなくなったように激しく痙攣する。そして、もうその場から逃げ出したいほどに近づいてきたその刹那だった。

 ――音が止んだ。

 何が起こったのか分からず頭の中で混乱が渦巻く。

 “ヤツ”の足音は間違いなく、このゴミ箱の前で治まった。

 よもや、自分を焦らしているのか、自首しろというのか。そういった思考が巡っては蓋を開けるべきか否か葛藤が続く。

 だが、そうこうしているうちに男は無性に腹が立ってきた。なぜ大金を叩いて買った“モノ“で遊んでいただけで、このような得体の知れない男に追いかけられねばならないのか。自分は正当だとそう思わずにはいられないほどに。

 そう思ったが最後、男は怒りを動力源に蓋を生きよく開け放つ、表で自信を追い詰めた敵に少しでも一矢報いるために。

 だが、そうはならなかった。

 なぜなら、そもそもゴミ箱の前に誰もいなかったからである。

 男は数秒ほど放心状態だったが、何もない状況を理解した途端、笑いが込み上げてきた。

 あぁ、実に自分は小心者だと。そう思っては声高々に笑いながら、外の空気を噛みしめるように空を見ようとした――

「ハロー! 楽しそうでなにより。死ぬ前に楽しいことが思い出せたならよかった。俗に言う走馬燈ってやつかい?」

「ッ!?」

 そこに“ヤツ”がいた。

 壁に片手を掛け、見下すように佇んでいた。

「いやー、出てくるの遅いよー。もう腕パンパン。どうやって驚かしてやろうかと色々考えたんだけど、こんな方法しか思い浮かばなかった。次はもうちょっと頑張りたい」

 そう言いながら手を放して着地した男の格好は、なんとも珍妙なものであった。

 煤汚れた安っぽい革靴にヨレヨレのスラックス、見るからに長らくアイロンにかけられていないであろう水色のワイシャツが更に哀愁を誘う。

 だが、そんなみすぼらしい印象もどこかに吹き飛ばしてしまうように、頭に被った『悲鳴(スクリーム)』を象った覆面が異質を放っており、故に男の名前はただシンプルにスクリームと呼ばれていた。

「な、なぁ。頼む。俺は……ほとんど関わってない。ちょっとした遊びのつもりだったんだ。……金、そう金ならある。だから――」

「見逃してくれ、でしょ?」

 男の言葉を遮るようにスクリームが言葉を挟む。

「悪いがそれはできない。君はやりすぎたんだ。文字通り、殺しすぎた」

 残酷なまでに淡々と告げるその言葉には同情や憎しみなどはなく、どこか事務的な冷酷差が感じられた。

 だが、その発言が却って男の怒りを買う引き金となった。

「なんでだ! この世界を見てみろ。命がゴミのように扱われるなんて日常茶飯事だ。誰も気に止めやしない。なら、弱者は弱者らしく、権力(ちから)ある人間のおもちゃであるべきだろうが!」

「だからって芸術と評してバラバラにした人を組み立てるのには賛同できないな。そうだろう? 名匠さん」

「チッ……これだから芸術の分からないヤツは嫌い、なんだよッ!」

 舌打ちと共に男は懐に手を伸ばし、拳銃をスクリームに向ける。

「まぁ、色々煽ったのは謝るけど。一応、僕なりに君を救うつもりで来たんだけど。聞く気はあるかい?」

 渋々と両手を上げながらそう発言するスクリームに対し、男は依然として銃口を下げない。

「……お前のことは知っている。ここらじゃ有名な私刑執行人クライムファイターだからな。想像していたよりずっと弱そうだが、仲間からは油断するなと耳がおかしくなりそうなほどに聞かされている」

「……仲間、ね。で、その仲間の話なんだけど。もし、君が仲間の居場所を教えてくれるなら解放してあげるけど、どうする?」

 だが、その言葉に男は一蹴するように、

「お前、この状況見て言ってんのか? 俺は銃をてめぇに向けている状態なんだぜ!? 今からお前が何かしようと動いた瞬間に撃てる自信がある。覚悟もある! なんならさっきまでお前ごときにビクビクしてた自分自身にも撃ち込んでやりたいくらいだ」

「そんな震える手で言われてもね。なら、お互い丸腰なら対等に話を聞いてもらえるわけだ。そういうことなら――」

 スクリームは上げた両手のうち右手の指を鳴らす。

 その刹那――空間を穿つような何かが男の手を拳銃ごと貫通する。

 突然、弾け飛んだ拳銃と自分の手に何が起こったか分からず、男は唖然とした形相で立ち尽くす。

「……ア……あァ……え? て、手……が……手がァァアァアアァァ!!」

 遅れて飛ばされた手と拳銃を見て現状を把握した男は、その場に腕を抱え込むように(うずくま)る。

「……聞いて、ないぞ。魔法が……使える……なんて」

「いや、今のは僕じゃないよ。そもそも魔法使えないし」

 その言葉にまるでため息を吐くようにスクリームは肩をすくめる。

「しかし、油断するなって言われていたのにね。何も学習できていないじゃないか」

 じゃあ、お勉強の時間だ。と小さく漏らしながらスクリームは男へと近づき、どこから取り出したのか分からないマイナスドライバーを何の躊躇いもなく男の大腿へと大きく突き立てた。

「ッ……ァ……ァ」

もはや声にならないのか、男は嗚咽をこらえるように泣き続ける。

「ほら、仲間の場所を言って。ほら、さぁ」

「……い、言えない。……言ったら……後で、殺される」

 スクリームは大腿に刺さったドライバーをかき回すように激しく動かす。

「ウ、ぐッ」

「今死ぬか。後で死ぬかだよ。どっちがいい? ただ――」

「……ただ?」

 男はおずおずとスクリームの顔を覗き見る。顔はマスクに隠れていて確認はできないが、少なくとも優しく笑いかけているような雰囲気が感じられた。

「君が話してくれれば解放してあげるし、他の奴らにも絶対に殺させないと約束しよう」

 明らかな脅しであることは男も理解していた、ただ今味わっているこの苦痛から1秒でも早く解放されるならば、もはやその選択肢は選ぶ余地などなかった。

「……イースト・ウォールの……ゴーン博物館、にいる……ベイリー、とかいう警備員……に『クラフトガーデン』と伝え、ればいい」

「クラフトガーデン、ね。ちなみに他になにか知っていることは? 例えば、元締めの名前とか」

 その質問に男は、これでもかと頭を左右に振る。

 それを見てスクリームは一人で納得したように小さく頷きながら立ち上がろうとした。

「な、なぁ……知っている、ことは……全部話した、助けて……くれるんだよな?」

 男は縋るようにスクリームのスラックスに血が滲みそうなほどに今あるありったけの力で握りしめる。

「ん? あぁ、解放するって約束したしね。ちなみに、君は鶏肉って好きかな? 後、パイナップルも」

 質問の意図が分からず、男はしばし沈黙を続けていたが、ただ小さく頷く。

「そっか。よかったよ。なら――」

 その問いに肯定をされるや否や、うれしそうな声音と共にスクリームは再びどこからか取り出したのか拳銃を男の口内に突っ込む。

「ア、がっ!」

「知っているかい? 銃弾って鶏肉の味がするらしいよ」

 その言葉を最後に乾いた銃声が2発、虚空へと消えていった。

「しっかりと味わうといい」

 スクリームは、無残に顔に風穴が開いた力なき屍にグレネードを添えると、緩やかにその場を後にする。

 そして、壮大に肉片を撒き散らす爆発を背景にスクリームは霧の濃い憂鬱な街へと静かに消えていった。

 



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