【プロローグ】
最高な朝。
それはきっと人によって違うだろうが、例えるなら、物静かで心地よい目覚め、優しい小鳥のさえずり、はたまた柔らかな太陽の日差しや澄んだ空気、そういったモノを指すのだろう。
そう――『普通』ならば。
いや、少し言葉に語弊があったかもしれない。
ここでも『普通』ではあるのだ、おおよそ形は違うだけで、それはきっと相違ないのだろう。
けたたましい騒音が聞こえる。
銃声だ。発砲するごとに乾いた音とそれに伴う空薬莢の金属音が心地よく響く。
同時に野太い男たちの叫声や耳を劈くような女の高い悲鳴もだ。
男はいつもの朝の目覚ましに答えるように眼を開け、ベッドの脇にあるテーブルの上に手を伸ばし、覆面を握る。
悲鳴を象った覆面を被りながら、寝起きで怠い身体へと鞭を打ち男は窓へと足を運ぶ。
そして、施錠を外し、朝一番の空気を吸うために開け放つ。
まず男を歓迎したのは、カラスの声だった。手頃な電線で足を休め、眼下で増える朝食たちを前に楽しそうに鳴いている。
次に出迎えたのは霧だ。視界いっぱいを灰色に染め、光の差し込む隙もないどころか問答無用で部屋に侵入してくる傍若無人っぷりだ。
否が応にも吸い込まなくてはいけないその霧は、とても高濃度な強酸性の空気であり、むせ返るほどに有害である。
そんないつもの『普通』なる日常に男はただ一言ポツリと呟いた。
「あぁ、最高な朝だ」