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ひとつ屋根の下 ~It`s happening life~  作者: 建野海
千沙都の章
5/40

はじめの一歩は追いかけっこから

一日の授業の終了を知らせるチャイムが教室に鳴り響いた。教師は教室に持ち込んだ教材を手に持ち、職員室へと向かい、生徒たちはこの後始まる部活の準備を開始したり、帰宅の準備を早速始めていた。

 晃一は長時間の着席で凝り固まった体をほぐすためウンと背伸びをした。パキパキと骨が音を立てて鳴り、一瞬で身体に爽快感が走る。


「ふあ~ぁ、疲れた~。早く帰りてえな」


 思わず口から欠伸と共にそんな言葉が零れ出る。最も、言葉とは裏腹に晃一の表情は嬉々としていた。

 今日は晃一が所属する部活の活動日だからだ。そそくさと必要最低限の荷物だけを鞄に詰め込み残りの教材は机の中に置き勉し、浮き足立ちながら廊下へと向かう。


「……あっ」


「……あっ」


 廊下に出ようとしたその時、扉の前で予期せず千沙都とぶつかりそうになり、お互いにその場で足を止める。

 お互いに何か言いたいことがあるはずなのに、遠慮という名の建前が邪魔をして言葉が咄嗟に出てこない。しかし、晃一はここ三ヶ月の停滞している現状を打破するための決意を先日抱いたばかりであった。

 だから、普段ならここでお互いに黙ったまま何もなかったかのようにそれぞれ自宅まで帰るまで接点を持たないようにするところを


「あ、あのさ……」


 と、千沙都へ声をかけてその後に続く言葉を紡ごうとしたところ……。


「――ッ!?」


 晃一の言葉を最後まで聞く前に千沙都は教室から駆け足で出て行ってしまった。ポカンと一瞬状況を理解できなかった晃一であったが、〝逃げられた〟そう理解した時には反射的に身体が動いていた。

 足早に階段を駆け下りていく千沙都。さすが現役体育会系。趣味程度の運動と体育の授業くらいしか身体を動かしていない晃一との距離が次第に開いていく。


「ちょ、ちょっと待てよ! 話があるんだって!」


 声は届いているはずなのに、まるで聞こえていないとでもいうように晃一の呼びかけを無視する千沙都。

 そんな彼女の様子に最初は驚きを見せていた晃一も次第に腹の底から沸々と怒りが湧いてきた。


(ああ、そうかよ……。そっちがそんな態度取り続けるのなら俺だって少しは態度を考えるぞ!)


 冷静に考えれば晃一はこの三ヶ月かなり春日家の人間に対して遠慮をしていた。それもそのはず。再婚相手の家とはいえ見知らぬ他人の家でいきなり共同生活を行うのだ。

 その家のルールを覚え、自分にできる限り協力をしてきた。だが、両家の間にはどこか互いにとっての見えない壁が存在していた。

――三ヶ月。まだ三ヶ月しか経っていないのだ。それまで彼らは少なくとも十何年という月日をお互いの家庭のペースで過ごしてきた。それがいきなりの再婚で大きく乱されたのだ。

 そりゃ、遠慮だってするものだ。しかし、それを理由にいつまで経っても現状を停滞させたままでもいたくない。それが晃一の今の考えだった。


「……ち」


 まだ僅かに心に残る遠慮と、男子高校生特有の気恥ずかしさから〝それ〟を口にするのを晃一は躊躇った。しかし、それも一瞬。意を決して、晃一は徐々に距離が開く彼女に呼びかけた。


「千沙都! ちょっと待ってくれ!」


 彼女の名前を呼ぶのに意気込みすぎたのか、思っていたよりも大きな声を上げてしまい周囲の生徒たちの注目を集めてしまう。

 最も、一年生の教室がある三階から物凄い勢いで階段を駆け下り、追いかけあいをしていた時点で周囲から怪訝な目で見られていたのだが……。

 それはさておき、晃一の必死の訴えが届いたのか千沙都はようやく足を止めてその場に立ち尽くした。

 息を切らしながら彼女の傍に晃一は駆け寄り


「はぁ、はぁ。ようやく止まったか。……あのさ、千沙都」


 千沙都に声をかけたところでようやく彼は千沙都の様子がおかしいことに気が付く。プルプルと肩を震わせて羞恥からか頬は熟れたリンゴのように赤く染まっている。

 そんな彼女の様子に気が付いたと思ったら、いつの間にかグイッと強い力で晃一は手を引かれた。


「ちょ、おい。ま、待った! 待てって!」


 ムスッとした態度のまま晃一を引っ張り校舎の外へと出て行く千沙都。そのまま千沙都は晃一をプールのある別棟裏まで連れて行った。


「馬鹿! どういうつもり。あんな大声で私の名前呼ぶなんて。周りに変な誤解を生んだらどうするのよ!」


「そもそもお前が逃げるからだろうが……」


「そりゃ、私も悪かったけれど。だいたい今までだって必要がなければ学校での接触は持たなかったじゃない。なのに、急にどうしたのよ」


「……それは」


「それは?」


「お前と、一度きちんと話がしたかったんだよ。陽菜や美咲さんとはそれなりに話とかしているけど、お前とはまだ一度もちゃんとした話をしたことなかったろ?」


「別に……必要ないでしょ。無理しなくてもいいって。どうせ父さんにでも頼まれたんでしょ?

 私たちと仲良くしてくれって」


「違うって。俺がそうしたいって思ったんだよ。

 なあ、一度でいいんだ。お互い腹割って話をしようぜ」


 頼む、と頭を下げて千沙都に願い出る晃一。そんな彼の姿を見て千沙都は苦虫を噛み潰したように顔をしかめて小声で呟いた。


「なによ、これまでお互いに不干渉を決め込んでたくせに。さりげなく名前まで呼んでくれちゃってさ」


 ハァ、とため息を零した後、観念したかのように千沙都は晃一に待ち合わせの時刻を指定した。


「――六時。六時になったら練習終わるから校門で待ってて。今日、陽菜と父さんたちは外食の予定だしお姉ちゃんもバイトで帰ってくるの遅いから。

 お互いに本音を話すにはちょうどいいかもね」


 それだけを伝えると千沙都は用は済んだとばかりに晃一に一瞥も視線を向けることなく練習場へと歩いていった。

 そんな彼女の後姿を眺めながら晃一は内心で安堵のため息を吐き出した。


「とりあえず、最初の一歩は成功した……か」


 そう呟き、晃一もまた自身の部活動に参加するために来た道を戻っていく。

 二時間後。夕方六時。短いようで長く感じる待ち合わせの時刻まで二人はお互い所属する部活にて意識を没頭させるのであった。

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